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論文紹介 2006年のレバノン戦争でイスラエル軍の作戦術が失敗した要因は何か?

不確実な軍事環境の中で軍隊はしばしば既存のドクトリンを見直す必要に迫られます。この見直しが成功するには、専門軍事教育とそれを支える調査研究活動を一体的に展開することが重要です。教育で提供される知識はすでに一定の手続きで検証された知識であるものと考えますが、実際には十分な検証が実施できていない知識が教育される場合もあり、それが結果として大きな失敗を招く場合があります。

2006年の第二次レバノン戦争でイスラエル軍はレバノンに侵攻し、ヒズボラの勢力を撃破しようとしましたが、その際に適用した「システミック作戦デザイン(Systemic Operational Design: SOD)」のドクトリンは部隊の行動に否定的な影響を及ぼしたとされています。次の論稿では、未成熟なドクトリンを組織的に導入することの危険を指摘した研究であり、軍事的イノベーションの試みが常に報われるわけではないことを明らかにしています。

Przybyło, Ł. (2023). Systemic Operational Design–a study in failed concept. Security and Defence Quarterly, 42(2), 35-54. https://www.ceeol.com/search/article-detail?id=1132044

イスラエル軍における軍事思想の停滞

1948年5月の第一次中東戦争以降、イスラエルは多くの軍事的衝突を経験してきましたが、その軍事的ドクトリンの基盤は脆弱であったことが指摘されています。イスラエルはイギリス、ソ連、ポーランド、アメリカなど複数の国から集まってきた移住者によって形成された国家であるため、彼らの軍歴は国際的であり、共通のドクトリンが確立できていませんでした。

1967年の第三次中東戦争でイスラエル軍は軍事的に大きな成功を収めることができましたが、その内部では反知性主義的傾向が強まっており、戦場における成果が昇任の重要な基準と見なされ、軍事学、軍事史の研究が軽視されるようになっていました。その結果、イスラエル軍の教育訓練は戦術レベルの訓練に多くの時間が割かれるようになり、運用レベル、戦略レベルの教育が不足し、将官を対象にした高等教育機関が一時閉鎖されていました。

1973年の第四次中東戦争は、こうした戦術偏重の教育訓練方針をイスラエル軍に見直させた出来事でした。この戦争でイスラエル軍は辛うじて勝利を収めましたが、政治的、戦略的な失敗と、多くの人的・物的な損害で、強い批判を招くことになりました。イスラエル軍は士官の教育訓練のあり方を見直していますが、依然として実戦の経験は重視な評価尺度とされており、戦術偏重の傾向と理論の軽視は続いていました。これは結果として1982年の第一次レバノン戦争1987年の第一次インティファーダで非対称戦争(ゲリラ・テロ組織との戦い)に対応することを困難にしました。

システミック作戦デザインの特性

1993年、イスラエル軍はドクトリンを基礎づける理論の不完全さを認識し、新たな教育プロジェクトを立ち上げ、シモン・ナヴェー(Shimon Naveh)准将を中心にして、1994年に作戦理論研究所(Operational Theory Research Institute: OTRI)が設置されています。ここでナヴェーらの調査研究に基づいて教育されたのがシステミック作戦デザインでした。

システミック作戦デザインとは、システム理論を作戦術に応用することを目指した分析アプローチであり、その目的は複雑性が大きな環境であっても、戦略上の命令を有効な作戦を導き出せるように作戦立案の自由度を高めていることです。政府は司令部が戦略に基づいて設定する任務には、ある程度の解釈の余地があることが普通であり、これを具体的な戦術的任務に落とし込む必要があるため、作戦レベルで戦略と戦術を結ぶ必要があります。この際に、システミック作戦デザインでは、作戦立案で彼我の軍事力をそれぞれシステムとして捉え、継続的に彼我のシステム特性を細かく検討します。具体的な手順は以下の通りです。

  1. システム・フレーミング:グローバルな繋がりも含めて問題が起きている場所の範囲を明確にし、どの要素が重要であるかを判断します。

  2. ライバル・アズ・ラショナル:戦域の中で活動する敵を一つのシステムとして理解し、達成しようとしている目標と行動のパターンを分析します。

  3. コマンド・アズ・ラショナル:我の部隊の指揮構造が計画した行動に適合しているかどうかを検討します。

  4. ロジスティクス・アズ・ラショナル:計画した行動に装備、人員、後方支援が適合しているかどうかを検討します。

  5. オペレーション・フレーミング:ここから本格的な作戦デザインに入ります。戦略上の指令を作戦計画に変換するため、最終的に達成したい状態(end state)を定義します。

  6. オペレーショナル・エフェクト:達成すべき状態に到達するために必要な作戦効果(operational effect)を検討します。例えば、敵を物理的に殺傷せずとも、敵システムを崩壊させ、無力化する作戦効果が見込める弱点が敵システムに見出されるのであれば、そこに注目します。

  7. フォームズ・オブ・ファンクション:作戦効果を引き出すような具体的な戦術的任務を導き出し、その実行計画を立案します。

ナヴェーの意図としては、こうした柔軟性を備えた作戦の組み立て方を採用すれば、複雑な状況でも幅広く対応を調整することができます。ただ、こうしたドクトリンに用いられる用語は難解であり、混乱を招く恐れがありました。軍隊で教育に投じることができる時間はごく限られているため、ナヴェーらが提唱したシステミック作戦デザインは、過度に知的なアプローチを採用していました。過去の経験から有効性も検証できていませんでした。これらの問題がシステミック作戦デザインを普及させる過程で大きな問題となりました。

戦場の現実で浮き彫りとなった問題点

2000年、イスラエルとパレスチナの和平合意の形成が頓挫したことを契機として勃発した第二次インティファーダに対処するため、イスラエル軍はヨルダン川西岸地区において盾の防御作戦(Operation Defensive Shield)を実施しました。この作戦はシステミック作戦デザインの擁護者からは成功事例とされましたが、批判者からはシステミック作戦デザインそれ自体が決定的な要因ではなかったとされました。事実、この作戦で用いられた戦術に新規性があったわけではありませんでした。

2006年の第二次レバノン戦争ヒズボラの武力攻撃に対してイスラエル軍が反撃を加える態勢で始まりましたが、この作戦では2006年にイスラエル軍がシステミック作戦デザインを導入した「作戦構想(operational concept)」が適用されました。しかし、ドクトリンの変更に必要な教育訓練は十分ではなく、イスラエル軍の戦術レベルの指揮官は曖昧な命令や不明瞭な任務に混乱しました。戦後、作戦理論研究所では財政的不正が発覚し、また教育任務にも失敗したと評価されたことで、ナヴェーを含む主要な指導者は職を解かれています。

システミック作戦デザインはまったく新しい作戦術のドクトリンを構築しようとしたものでしたが、既存の軍事理論を軽視しており、現場での適用が困難でした。軍事ドクトリンは全軍に対して教育と訓練が必要であるため、その内容が複雑になるほど普及が妨げられることが十分に考慮されていなかったといえます。その後、イスラエル軍はドクトリンを定期的に更新することで適応力を向上させていますが、以前より現実的なドクトリンを開発するようになりました。

歴史的にシステミック作戦デザインはまったく無意味だったというわけではありません。特に軍事的分野におけるシステム思考の可能性を検討する価値があったと思います。しかし、ドクトリンは組織内の協働を助けるコミュニケーションの共通言語を提供できなければならず、その制約を無視したドクトリンの問題はよく認識されるべきだと思います。

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