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【VOL.121】南蔵院|篠栗四国第1番札所、釈迦涅槃像と祈りをつないだ国際交流

こんにちは。

いつもブログをお読みいただき、ありがとうございます。

12月4日から11日まで巡った九州旅行の途中、2022年12月6日に参拝しました。

この日は太宰府天満宮から天開稲荷社、宇美八幡宮へと参拝し、その後、福岡県篠栗町の南蔵院を訪ねました。

この日は朝から晴天。

神社への参拝が続いた一日の中で、篠栗四国八十八ヶ所霊場の総本寺である南蔵院へと足を運びました。

南蔵院と聞いて、まず思い浮かべる方が多いのは、全長41mにも及ぶ巨大な釈迦涅槃像ではないでしょうか。

また、住職が宝くじで高額当選したというエピソードから、金運にまつわるお寺としてご存じの方も多いと思います。

実際に調べていくと、その二つだけでは南蔵院を語りきれません。

篠栗四国八十八ヶ所霊場を守り続けてきた歴史、弘法大師信仰、ミャンマーとの長年にわたる仏教交流、その交流によって贈られた仏舎利、大不動明王や大師堂、七福神、奥の院。

今回は、南蔵院を一つのお寺として、その歴史と祈りの積み重なりをご紹介します。

境内案内図

■ 南蔵院とは|篠栗四国八十八ヶ所霊場の総本寺

南蔵院は、福岡県糟屋郡篠栗町にある高野山真言宗の別格本山です。

そして、篠栗四国八十八ヶ所霊場の総本寺・第1番札所でもあります。

本堂には、南蔵院の御本尊である阿弥陀如来と、篠栗四国第1番札所の御本尊である釈迦如来がお祀りされています。

ここは少し整理しておきたいところです。

巨大な釈迦涅槃像があまりにも有名なため、「南蔵院の御本尊は釈迦如来」と思われることもあるかもしれません。

南蔵院そのものの御本尊は阿弥陀如来です。

篠栗四国八十八ヶ所霊場の第1番札所として釈迦如来をお祀りしています。

この二つの信仰が重なっていることも、南蔵院の特徴の一つです。

■ 尼僧・慈忍の祈りから始まった篠栗四国八十八ヶ所

南蔵院を知るには、まず篠栗四国八十八ヶ所霊場の歴史にふれる必要があります。

篠栗町観光協会によると、その始まりは天保年間までさかのぼります。

四国八十八ヶ所を巡拝した帰途、姪浜の尼僧慈忍(じにん)が篠栗を訪れたことが、霊場開創のきっかけになったと伝えられています。

当時、この地域では暮らしに苦しむ人々が多くいたとされます。

慈忍は篠栗に留まり、弘法大師に祈りを捧げ、四国八十八ヶ所を模した霊場をこの地に開くことを願ったと伝わっています。

慈忍が亡くなった後、その思いを受け継いだのが藤木藤助らでした。

彼らは四国八十八ヶ所を巡拝し、各札所から持ち帰った砂を篠栗の地へ納めながら札所を整えていき、幕末には八十八ヶ所の霊場として形が整えられたとされています。

資料によって細かな年代には違いがあります。

天保年間に慈忍の発願から始まり、その志を継いだ藤木藤助らによって幕末に八十八ヶ所の霊場が整えられた

と受け止めるのがよさそうです。

現在の篠栗四国八十八ヶ所は、町の山や谷、集落の中に札所が点在し、全行程は約50km。

徒歩で巡る場合は3泊4日ほどが一つの目安とされています。

一つのお寺を訪ねるだけではなく、地域そのものを歩く巡礼の道です。

■ 弘法大師と篠栗に伝わる信仰

篠栗には、弘法大師空海にまつわる伝承も残されています。

篠栗町観光協会では、弘法大師が唐から帰国した際に若杉山を訪れ、修法を行ったと伝わることを紹介しています。

これは史実として確定している話ではなく、地域に受け継がれてきた伝承です。

その伝えとともに、若杉山周辺では山岳信仰と真言密教への信仰が育まれてきました。

慈忍もまた、弘法大師ゆかりの地と伝えられる篠栗で祈りを重ねたとされています。

四国八十八ヶ所と同じ弘法大師信仰を、この九州の地でたどる。

篠栗四国霊場が今も多くの方に巡拝されている背景には、こうした長い信仰の積み重なりがあります。

■ 霊場存続を支えた、南蔵院の篠栗への移転

現在では南蔵院が第1番札所となっていますが、篠栗四国霊場が生まれた当初から現在の南蔵院がここにあったわけではありません。

南蔵院公式によると、明治19年、1886年。

篠栗四国霊場は廃仏毀釈の影響を受け、県令によって霊場廃棄命令を受けたと説明されています。

地域の人々は霊場を残すため、その後十数年間にわたって存続を願い続けました。

そして明治32年、1899年9月。

高野山から南蔵院を篠栗へ招致することで、霊場の存続が認められました。

第21世・林覚運住職も南蔵院とともに篠栗へ移り、九州各地で布教を続けながら霊場の興隆に尽くしたとされています。

一方、篠栗霊場史を研究した資料では、少し違った角度からの指摘もあります。

明治19年には全国的な廃仏毀釈の激しい時期はすでに過ぎており、札所や堂宇を当時の行政制度の中でどのように登録するかという問題も、霊場存続を難しくした背景の一つではないかと考えられています。

南蔵院公式が伝える歴史と、後世の研究から見えてくる制度上の背景。

いくつもの事情の中で地域の方々が霊場を守ろうとし、南蔵院の招致へとつながったことを大切にしたいと思います。

現在の南蔵院は、そうした歴史を経て篠栗四国総本寺・第1番札所として大切な役割を担っています。

■ 本堂、大師堂、そして大不動明王

南蔵院というと釈迦涅槃像へ目が向きますが、境内には真言宗寺院として大切にされてきた多くの仏さまがお祀りされています。

本堂には、先ほど触れた阿弥陀如来と釈迦如来。

大師堂には、剣を持つ姿から秘剣大師と呼ばれる弘法大師像がお祀りされています。

そして、境内でひときわ大きな存在感を見せるのが大不動明王です。

不動明王は、右手に剣、左手に羂索を持ち、背後に炎を背負った姿で表されます。

南蔵院の大不動明王は、左右の眼や歯をそれぞれ天地へ向けた「天地眼」の相を持つと公式に紹介されています。

現在では釈迦涅槃像が南蔵院を象徴する存在として広く知られていますが、涅槃像が建立される以前は、この大不動明王が南蔵院を代表する存在として親しまれていました。

巨大な涅槃像だけではなく、一つひとつのお堂や仏さまへ目を向けていくと、篠栗四国霊場の総本寺としての南蔵院の姿が少しずつ見えてきます。

■ 第45番札所・南蔵院奥の院と、篠栗霊場発祥の地

南蔵院には、第1番札所だけではなく、第45番札所・南蔵院奥の院もあります。

御本尊は不動明王です。

この周辺には、

  • 霊水窟

  • 平家岩

  • 城戸不動の滝

などがあります。

平家岩には、平家の落人が身を隠したという伝説が残されています。

そして城戸不動の滝は、古くから滝修行が行われてきた場所。

南蔵院公式では、この地を篠栗霊場発祥の地とも説明しています。

八十八ヶ所の第1番札所として現在の霊場を支える南蔵院。

その一方で境内には、霊場が生まれる以前から続く祈りや修行の記憶につながる場所も残されています。

大不動明王
大不動明王

■ 七福神トンネルを通って、涅槃像側へ

南蔵院の本堂側と釈迦涅槃像側をつなぐのが、七福神トンネルです。

トンネルの中央には七福神がお祀りされています。

また、左右には参拝記念として奉納された「仲良し地蔵」の銅板が並びます。

七福神というと親しみやすい印象がありますが、ここも南蔵院の境内にある大切な参拝場所の一つ。

本堂側から涅槃像側へ移動する通路の途中にも、手を合わせる場所が続いています。

■ 大黒堂と、住職の宝くじ当選の逸話

南蔵院について語られることの多いエピソードが、林覚乗住職の宝くじ当選です。

南蔵院公式によると、1995年6月。

第23世・林覚乗住職がジャンボ宝くじで1等前後賞合わせて1億3,000万円に当選しました。

大黒堂には、その当選時に奉納された大黒天がお祀りされています。

この出来事をきっかけとして、南蔵院には財運や福徳を願う方も多く訪れるようになりました。

大黒天は、もともとインドに由来する仏教尊で、日本では七福神の一柱として、食物や福徳、財福などへの祈りを集めてきました。

宝くじの逸話を入口にしながら、その奥にある大黒天への信仰にも目を向けたいところです。

また、福岡県の観光公式では、住職が当選金の多くを福祉事業へ寄付したことも紹介されています。

南蔵院は国内外への支援や寄付活動にも取り組んできたお寺です。

宝くじの話は、その後の活動まで含めて知ることで、このエピソードの見え方も変わってきます。

■ 第60番札所・神変寺と境内の稲荷社

釈迦涅槃像の前には、篠栗四国八十八ヶ所の第60番札所・神変寺(しんぺんじ)があります。

御本尊は大日如来。

堂内には、

  • 大日如来

  • 不動明王

  • 弘法大師

  • 役行者

がお祀りされています。

神変寺は、もともと八木山峠の中腹にあり、移転を経て1984年に南蔵院の別院として現在地へ移りました。

「神変寺」という名は、役行者に贈られた諡号「神変大菩薩」に由来するとされています。

また、現在の南蔵院公式案内では、涅槃像側に稲荷社が鎮まっていることも確認できます。

ただし、公式資料では御祭神や詳しい由緒までは確認できませんでした。

ここでは境内に稲荷社があることだけをご紹介します。

寺院の境内に神社がある場合もありますが、神社の「摂社・末社」と同じように整理せず、その場所で大切にされてきた信仰として敬意をもって拝したいものです。

■ 全長41m―釈迦涅槃像

そして、南蔵院を代表する存在が釈迦涅槃像です。

完成は1995年5月。

全長約41m。

高さ約11m。

重量は約300t。

現在、南蔵院公式ではブロンズ製の涅槃像として世界最大級と紹介されています。

巨大な仏像ではありますが、この涅槃像は単に大きさを競うために建立されたものではありません。

その背景には、南蔵院が長年続けてきた海外との仏教交流がありました。

釈迦涅槃像

■ ミャンマーとの交流から贈られた、三尊の仏舎利

南蔵院では長年にわたり、ミャンマーやネパールなどの子どもたちへ医薬品や文房具を送る支援を続けてきました。

その活動への返礼として、1988年。

ミャンマー国仏教会議から、

  • お釈迦様

  • 阿難尊者

  • 目連尊者

の三尊の仏舎利が南蔵院へ贈られました。

南蔵院公式では、お釈迦様の仏舎利を「ご真骨」として案内しています。

その貴重な仏舎利をお祀りする場所として建立されたのが、現在の釈迦涅槃像です。

日本とミャンマーをはじめとする海外との間で続けられてきた支援と交流、その返礼として託された仏舎利を大切にお祀りするために建立された仏さまです。

完成後には、国内外から多くの僧侶が集まり、千僧供養と呼ばれる大規模な法要も営まれました。

南蔵院の釈迦涅槃像は、一つの巨大仏であると同時に、国を越えて続いてきた仏教交流の証でもあります。

■ 横たわるお釈迦様―「涅槃」とは

涅槃像を初めて目にすると、

「なぜ、お釈迦様が横になっているのだろう」

と思う方もいらっしゃるかもしれません。

これは眠っている姿ではありません。

涅槃像は、お釈迦様が生涯の教えを説き終え、入滅された姿を表しています。

仏教の伝承では、お釈迦様は沙羅双樹の間で右脇を下にして横たわり、最後の教えを説かれたとされています。

その姿を表したものが涅槃像です。

巨大な像の前に立つと、その大きさへ目を奪われます。

その姿が何を表しているのかを知ると、単なる巨大仏とは違った意味が見えてきます。

釈迦涅槃像

■ 大きな足裏に刻まれた仏足

釈迦涅槃像では、大きな足裏も印象的です。

そこには、さまざまな文様が細かく表されています。

仏教では、仏像が一般的になる以前から、仏足―お釈迦様の足跡を表したもの―が礼拝の対象とされてきました。

法輪などとともに、お釈迦様の存在を象徴するものとして大切にされてきた歴史があります。

南蔵院の公式資料では、足裏に描かれている個々の文様について「この文様にはこの御利益がある」といった説明まではされていません。

そのため、一つひとつを金運や願望成就などへ結びつけるのではなく、仏足として丁寧に拝したいと思います。

仏足
仏足

■ 涅槃像の体内には、仏舎利をお祀りする空間も

現在、釈迦涅槃像は体内へ入って参拝することもできます。

内部には、仏舎利をお祀りする部屋があり、さらに四国八十八ヶ所のお砂踏みが設けられています。

南蔵院が篠栗四国霊場の総本寺であることと、釈迦涅槃像に仏舎利がお祀りされていること。

その二つが、像の内部でも一つにつながっています。

なお、これは現在の参拝案内です。

螺髪

■ 今も続く法要と祈り

南蔵院では現在も、さまざまな法要や行事が営まれています。

月例の護摩法要や三宝荒神祭をはじめ、

  • 節分厄除大法要

  • お釈迦様御誕生祭・花まつり

  • 弘法大師御誕生祭

  • 不動明王柴灯大護摩法要

  • 釈迦涅槃像のすす払い

  • 除夜の鐘

などが行われています。

南蔵院を訪ねる人の数が増え、釈迦涅槃像が広く知られるようになっても、ここがまず祈りを捧げる寺院であることに変わりはありません。

巨大な仏像も、宝くじのエピソードも、その背景にある信仰や歴史とともに受け止めることで、南蔵院というお寺の奥行きが見えてきます。

■ 2022年12月6日、九州旅行の途中で訪ねた南蔵院

2022年12月6日は、朝から太宰府天満宮、天開稲荷社、宇美八幡宮へと参拝し、その後に南蔵院を訪ねました。

一日の中で神社への参拝が続いたあと、高野山真言宗の寺院であり、篠栗四国八十八ヶ所霊場の総本寺へ。

そして南蔵院をあとにしてからは、志賀海神社へ向かいました。

神社と寺院。

祀られている神仏も、そこに受け継がれてきた信仰も異なります。

それぞれの場所の歴史や祈りを尊重しながら一日を巡ることで、九州という土地に重なってきた信仰の広がりにふれる旅にもなりました。

晴天に恵まれた一日。

南蔵院への参拝は、この日の中でも神社巡りとはまた異なる時間として記憶に残っています。

■ このお寺は、こんな方におすすめです

南蔵院は、巨大な釈迦涅槃像を見て終わるだけではなく、篠栗四国霊場の歴史や弘法大師信仰、国を越えた仏教交流まで丁寧にたどりたいお寺です。

  • 篠栗四国八十八ヶ所霊場の歴史にふれてみたい方

  • 世界最大級の釈迦涅槃像を、その建立の背景とともに拝したい方

  • 弘法大師や不動明王への信仰に関心のある方

  • 仏舎利やミャンマーとの仏教交流について知りたい方

  • 大黒天や七福神など、境内のさまざまな祈りの場を丁寧に巡りたい方

  • 福岡で、歴史と信仰の両方にふれる寺院を訪ねたい方

■ 位置関係・アクセス

所在地

福岡県糟屋郡篠栗町大字篠栗1035。

南蔵院は福岡市中心部からも比較的訪ねやすい場所にあります。

電車

最寄り駅は、JR福北ゆたか線の城戸南蔵院前駅

駅から南蔵院の参道入口までは徒歩約3分。

博多駅から城戸南蔵院前駅までは、快速利用で約20分が目安です。

駅から釈迦涅槃像までは、境内を歩いて約10分と案内されています。



福岡ICから国道201号を利用して約15分。

現在、南蔵院公式では無料駐車場が3か所案内されています。

境内には坂道や階段もありますので、歩きやすい靴での参拝が安心です。

現在の参拝時間

2026年8月現在、釈迦涅槃像、第60番札所、大黒堂、稲荷社など涅槃像側は9時から17時まで。

最終受付は16時30分、最終入場は16時45分と案内されています。

本堂と第45番札所は24時間参拝可能とされています。

現在の参拝料

2026年3月から参拝料制度が変更されています。

現在は500円ですが、19歳未満と日本在住者は無料と案内されています。

また、涅槃像の体内参拝には別途祈願・供養料が必要です。

服装・撮影について

現在の南蔵院では、寺院への敬意から服装や撮影について明確な参拝ルールが設けられています。

肩や腹部、膝より上が大きく露出する服装を避けることや、境内での撮影可能場所、自撮り棒・三脚などに関する決まりがあります。

※参拝時間、参拝料、涅槃像の体内参拝、駐車場、服装・撮影ルール、法要や行事などは変更される場合がありますので、参拝前に南蔵院公式案内をご確認ください。

釈迦涅槃像のお顔
釈迦涅槃像の足裏

■ まとめ|巨大な涅槃像の向こうに続いていた、篠栗の祈り

南蔵院を初めて知る入口は、巨大な釈迦涅槃像かもしれません。

全長41m、高さ11m。

その大きさだけでも、十分に印象へ残る仏さまです。

また、林覚乗住職の宝くじ高額当選というエピソードも、多くの方が南蔵院を知るきっかけになっています。

ただ、その背景をたどっていくと、まったく違った南蔵院の姿が見えてきます。

天保年間に尼僧・慈忍の祈りから始まったと伝わる篠栗四国八十八ヶ所。

その志を受け継ぎ、霊場を整えた人々。

明治時代に霊場存続のため高野山から招致された南蔵院。

長年続けてきた海外支援への返礼として、ミャンマーから贈られた三尊の仏舎利。

その仏舎利を大切にお祀りするために建立された釈迦涅槃像。

巨大な姿の前に立つだけでは見えない歴史が、そこには重なっています。

そして境内には、本堂、大師堂、大不動明王、第45番奥の院、七福神、大黒天、第60番神変寺など、篠栗の信仰を伝える場所が今も残されています。

2022年12月6日。

太宰府天満宮、天開稲荷社、宇美八幡宮と巡ったあと、晴天の篠栗で南蔵院を参拝し、その後は志賀海神社へ向かいました。

九州旅行の一日の中で立ち寄った一寺院。

あらためて歴史をたどってみると、その背後には篠栗の人々が守ってきた霊場と、国を越えて結ばれた仏教交流がありました。

次に南蔵院を訪れる機会があれば、釈迦涅槃像の大きさだけではなく、その姿がここに建立されるまでに積み重ねられてきた祈りにも、静かに手を合わせたいと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

この記事が、あなたを次の旅へと、背中をやさしく押せますように。

どうか良い一日をお過ごしください

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