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アイとマコトⅡ1 さよならは出逢いの始まり 


アイの就職祝いは、駅前の居酒屋になった。

ココミの会社への就職が決まった祝いとしては、少し庶民的だったが、アイ本人が、

「高い店だと緊張して味しなくなる」

と言ったので、焼き鳥が一本百八十円の店になった。

「乾杯」

「おめでとう」

ジョッキが軽く鳴った。

アイは生ビール。
マコトは梅酒のソーダ割り。

「ココミさん、喜んでた?」

「うん。『本当に来るのね』って」

「リツさんは?」

「雇用契約書を三十分説明してくれた」

「聞いたの?」

「途中から枝豆食べてた」

「リツさん、かわいそう」

「本人、楽しそうだったよ」

マコトは笑った。

笑ったあと、黙った。

アイは焼き鳥を一本取った。

「マコちゃん、つくね食べる?」

「いらない」

「珍しい」

「……うん」

「具合悪い?」

「違う」

アイはつくねを自分の皿へ戻した。

しばらくして、マコトが言った。

「アイちゃんさ」

「うん」

「ココミさんのこと、好きだよね」

「好き」

即答だった。

マコトの眉が動いた。

「リツさんも?」

「好き」

「即答なんだ」

「二人ともいい人だし」

マコトは梅酒を一口飲んだ。

「おれ、二人に勝てない」

アイは焼き鳥を持ったまま止まった。

「何の勝負?」

「そういうところ!」

突然、マコトの目に涙が溜まった。

アイが驚いた。

「え、泣くの?」

「泣いてない」

涙が一滴落ちた。

「落ちたよ」

「これは梅酒」

「目から?」

「うるさい!」

隣の席の会社員がちらっと振り向いた。

マコトは慌てて顔を伏せた。

「ココミさんは仕事できるし、店の女の子たちにも頼られてるし、アイちゃんも尊敬してるし」

「うん」

「そこは否定してよ」

「事実だから」

「アイちゃん、慰める気あるの?」

「あるよ」

「今のところゼロだよ!」

マコトは鼻をすすった。

「リツさんだって、弁護士で、頭いいし、何聞いても答えるし」

アイは首を傾げた。

「何聞いても答えるわけじゃないよ」

マコトが顔を上げた。

「ほんと?」

「この前、『恋人に嫌われない方法は?』って聞いたら、『事案によります』って」

マコトは一瞬黙った。

「……そこは少し勝てるかも」

「勝負だったんだ」

「だから勝負じゃない!」

マコトは自分で言って、自分で怒った。

アイはビールを飲んだ。

マコトはさらに泣いた。

「おれ、今まで何してたんだろうって思うんだ」

「働いてた」

「そういう意味じゃなくて」

「マコちゃん、今は服の学校も行ってる」

「そうだけど」

「コーヒーも前より上手い」

「マスターにはまだ負ける」

「そこ今言う!?」

アイは慌てた。

「ごめん。褒める途中だった」

「途中で刺さないで!」

マコトは紙ナプキンで目を押さえた。

「アイちゃん、どんどん先に行くじゃん」

「どこに?」

「仕事決まって、ココミさんに認められて、リツさんとも普通に話して」

「普通ではないよ。法律の話、半分分かってないし」

「でも楽しそうじゃん」

その言い方だけは、笑いではなかった。

アイは少し黙った。

マコトは続けた。

「おれといる時、本当は合わせてるだけじゃないの?」

「何を?」

「服とか。女装とか。おれがこういう格好してるのも、本当は変だと思ってるけど言わないだけとか」

アイの顔が変わった。

「それはない」

「ほんと?」

「マコちゃん、かわいいから」

「そこ?」

「そこ大事でしょ」

「大事だけど、今もっと深い話してる」

「深い話すると、分かりにくくなる」

「アイちゃんは浅瀬に戻るの早いね!」

マコトは泣きながら笑った。

アイも笑った。

しばらく二人とも黙った。

店員が皿を下げに来た。

「空いたお皿、お下げしますね」

マコトは反射的に、

「はい、ありがとうございます」

と涙声で答えた。

店員は一瞬だけ困った顔をして去った。

アイが言った。

「店員さん、絶対別れ話だと思ってるよ」

「今それに近い話してるでしょ!」

「まだ別れてないよ」

「まだって言うな!」

マコトはまた泣いた。

「もう嫌だ……」

「何が?」

「アイちゃん、俺、学校に、話してて楽しい人はいる」

「ハルさんね。マコちゃん、ハルさんといると、服の話が合うわけね」

「でも、それが好きなのか友達なのか、おれにも分からない。アイちゃん」

「何」

「半年、離れてみる?」

「……え。そうね。わたし、仕事始まる。マコちゃんも店と学校があるから」

「うん」

「一回、お互い別々にやってみた方がいいかも」

「別れるってこと?」

「分かんない」

「一番困る答え!」

「じゃあ半年後に決める」

「半年って長いよ」

「三か月?」

「値切るな!」

また隣の会社員が振り向いた。

アイは声を落とした。

「半年後、あの喫茶店で会おう」

「マスターの店だね」

「うん」

マコトはしばらく考えた。

「その時、まだ好きだったら?」

「続ける」

「好きじゃなかったら?」

「その時考える」

「全部その時考えるんだね」

「未来のこと、今決めても外れるし」

マコトは目元を拭いた。アイが真剣な顔で聞いた。

「半年後、マコちゃんがわたしを好きじゃなくなってたら?」

「それは……ちょっと嫌だな」

その時、店員が最後の注文を聞きに来た。

「ラストオーダーですが」

マコトは少し考えた。

「梅酒、もう一杯」

アイが止めた。

「やめときなよ。泣き上戸になってる」

「もうなってる!」

半年離れる話が決まった夜。

マコトは梅酒二杯で泣き、アイは焼き鳥を七本食べた。

どちらが傷ついているのか、見た目では最後までよく分からなかった。


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