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造山古墳。巨大古墳は吉備王権(?) 吉備路散策

巨大古墳といえば大阪の百舌鳥・古市古墳群を連想します。
日本三大古墳も百舌鳥・古市古墳群にあります。

  • 仁徳天皇陵

  • 応神天皇陵

  • 履中天皇陵

日本で4番目に大きい造山古墳は備中にあります。


古墳の外観

少し離れた所から造山古墳を見ますと小高い丘に見えます。

造山古墳

古墳の形は鍵穴式です。

岡山市造山古墳ビジターセンター

造山古墳に関する展示がビジターセンターにあります。

岡山市造山古墳ビジターセンター

日本で四番目に大きい造山古墳がある吉備。
吉備には強い勢力の吉備王権があったと言われています。
それらの資料の展示がありました。

岡山市造山古墳ビジターセンターの展示資料

ビジターセンターの外には兵士と思われる像がありました。

岡山市造山古墳ビジターセンター

造山古墳

仁徳天皇陵、応神天皇陵、履中天皇陵に登る事はできません。
しかし、造山古墳には登る事ができます

造山古墳の登り道

登ってみました。
大きさを体感することができます。

造山古墳 桜が植えられていました

造山古墳から集落を見る事ができます。

造山古墳から見た集落

お墓の上なので当時の人達が登っていたかどうかは不明です。
古墳に登る事で、よく人海戦術で建造したと感心するばかりです。
古代の巨大建造物の凄さを感じます。

植えられていた桜が綺麗に咲いていました。

造山古墳の桜

古墳時代、日本人は桜をどう捉えていたのかは不明です。

平安初期は大陸文化の影響もあって桜ではなく梅見が主流でした。
菅原道真が梅が好きなのも、そのためです。
平安中期から花見が桜になっていったようです。

ビジターセンターの資料では

  • 石室の形態が北九州地域

  • 石材が香川県産

  • 石障の石材が天草(熊本)産

という説明がありました。
吉備と周辺との交易があった事などがうかがえます。

感想

巨大建造物がある事は、それだけの権力を持った人物がいた証拠です。
大和王権が一目を置く王がいても不思議ではありません。

7世紀に築城されたと言われる鬼ノ城につながる話があるかもしれません。

奈良時代、吉備出身の官吏・吉備真備。
吉備の豪族出身ですが、そのころには勢力が弱まっていたのか、朝廷に仕官した時は下級役人からでした。
ただ、ずば抜けた頭脳で留学生になる試験に合格し、唐へ留学。
帰国後は異例の出世を果たし、最終的に右大臣になりました。
奈良時代の豊臣秀吉みたいな感じです。

吉備真備。もしかして吉備王権の末裔と妄想をしたくなりました。

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