鬼ノ城。古代の山城。桃太郎伝説と吉備路散策。
岡山県総社市にあります鬼ノ城。7世紀後半にできたと言われています。
鬼ノ城は桃太郎伝説の鬼のモデル・温羅の城と言われています。
鬼城山の頂上にあります。
鬼ノ城までの道中
鬼ノ城があります鬼城山までの公共の交通機関はありません。
私はJR吉備線(桃太郎線)の服部駅から歩きました。1時間40分でした。
自動車道路がありますので自動車やバイクでも行く事ができます。

服部駅から徒歩30分で砂川公園に到着します。
途中、砂川公園の中を歩きます。
桜が綺麗です。花見をしている人達を見ました。

砂川公園ではキャンプができるようです。
炊事場があったり、テントを張っている人、バーべーキューをしている人を見ました。
砂川公園を過ぎると急な山道を登ります。

鬼ノ城近くには鬼の釜があります。

鬼ノ城の温羅が使用していた伝説があります。
この地は平安時代から室町時代にかけて山岳仏教の聖地でした。
釜が寄贈されたと言われています。
鬼城山ビジターセンター
鬼ノ城の案内施設です。


ここで鬼ノ城について予習する事ができます。
西門周辺
再現された西門がありました。

高台から見た西門も撮影しました。

敷石
西門付近に当時の敷石があります。

敷石。現在でいう道の舗装という所です。
重機のない時代に大量の石を運んだだけに凄いと思いました。
版築土塁(城壁)
西門周辺の城壁です。

古代の城壁は石塁と土塁でした。
当時の土木技術がどれくらいなのか私にはわかりません。
鬼城山からの眺め

標高400mの山を登ってきた甲斐がある感じの眺めでした。周囲が一望できます。
当時、敵が攻めてきても、目の良い人なら大軍を見分けられたかもしれません。
第2水門

どうやら排水施設のようです。
山城ですが山頂付近の湧き水を貯める貯水施設があったようです。
実際、山頂付近にはいくつかの湿地帯があります。

雨が降った時の保水力が抜群で水の確保には困らなかった可能性があります。
南門跡

鬼ノ城の正門は西門なのか南門なのか。
はっきりした事はわかっていないようです。
巨大な石が敷かれているため人海戦術で運んだ凄さを感じます。
石仏

特に案内板がなかったため、何の石仏かわかりません。
築城された7世紀後半なのか、その後なのかもわかりません。
平安時代後半から、この周辺が山岳仏教の聖地だった事を考えますと、何者かが掘った可能性はあります。
倉庫群跡
礎石群のある場所です。
ここに倉庫が立ち並んでいたと言われています。

7世紀後半
桃太郎伝説の吉備津彦は第10代天皇・崇神天皇の時代です。
鬼ノ城は7世紀後半に築城されたと言われています。
天武天皇・持統天皇の時代です。
この時代に最強の山城があれば日本書紀の天武天皇、持統天皇の章に載っていても不思議ではありません。
しかし、実際には記載されていません。
いくつもある山城の1つだったため、わざわざ記載する事もなかったかもしれません。
戦国時代、江戸時代も重機はありません。
7世紀の場合、土木技術が戦国時代と比べて、まだ未熟だった事
人口も少なかった事も考えますと、人海戦術をしたくても、人手をかき集めるのも難しかった可能性があります。
どれくらいの年月をかけて築城したのか気になりますね。
