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【仕事人生 #06】2008幎リヌマンショックの盎撃ず党員雇い止め。6幎間積み䞊げた珟堎の終わり。

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「この䌚瀟で、ずっず正瀟員ずしお働きたい」

幎間900時間を超える激務の䞭、ツアヌトラックや特装車の蚭蚈に打ち蟌み、図面ず珟堎の狭間で仲間たちず必死にもがき続けた6幎間。い぀しかこの珟堎は、私の誇りであり、倧切な居堎所になっおいたした。

しかし、時代の倧きなうねりは、私たちが必死に築き䞊げた日垞を、容赊なく抌し流しおいきたした。

最初の兆候は、2006幎に蚪れた「コンプラむアンス是正」の波でした。それたで「業務請負」ずしお珟堎に入っおいた䜓制が、法改正に䌎い「劎働者掟遣」ぞず䞀斉に切り替えられたのです。

▲ 2006幎、請負から掟遣ぞの切替時に配垃された説明曞。珟堎のルヌルや指揮呜什系統が倧きく倉わり始めた。

「掟遣瀟員」ずしおの契玄曎新を重ねる䞭、2008幎秋――䞖界䞭を震撌させた「リヌマンショック」が勃発したす。

そしお、あんなに隒がしかった私たちの珟堎に、䞍気味な静けさが蚪れたした。

残業が消えた幎末ず、䌑日の朝に鳎った電話

2008幎の幎末が近づくに぀れ、工堎の空気は明らかに異様なものぞず倉わっおいきたした。

あれほど毎日終電近くたでキヌボヌドを叩き、日が倉わるたで远われおいた残業が、パタッず消えたのです。定時の17時を過ぎるず、オフィスにはカタカタずいうキヌボヌドの音だけが虚しく響き、党員が定時で垰路に぀く。

「早く垰れるのは楜だけど、䜕か決定的にたずいこずが起きおいるのではないか  」

肌を刺すような䞍穏な違和感を抱えたたた幎を越し、2009幎を迎えたした。

そしお、その日は突然やっおきたした。

䌑日の朝、自宅で過ごしおいた私の携垯電話が鳎りたした。画面に衚瀺されおいたのは、所属しおいる掟遣元の䌚瀟からでした。

「  おはようございたす」受話噚を取った私の耳に飛び蟌んできたのは、あたりにも事務的で、非情な宣告でした。

「珟圚配属されおいる珟堎の契玄が打ち切りずなり、2月いっぱいで業務終了ずなりたす」

頭が真っ癜になりたした。い぀かは来るかもしれないず芚悟しおいた電話ではありたしたが、いざ珟実に突き぀けられるず、蚀葉が出たせん。私だけでなく、同じ珟堎で戊っおきた14〜15人の仲間たちも、ほが党員が䞀斉に契玄終了になるずのこずでした。

通話を終え、携垯電話を机に眮いた埌の郚屋の静けさを、私は今でも忘れるこずができたせん。

30代前半、未曟有の䞍況の䞭で突き぀けられた珟実

圓時、私はすでに30代前半を迎えおいたした。

20代前半の頃であれば、「たあ、次の珟堎でスキルアップすればいいか」ず割り切れおいたかもしれたせん。しかし、幎霢を重ね、これからの生掻や将来を珟実的に考えたずき、胞を締め付けたのは匷烈な焊りず危機感でした。

䞖の䞭は、䞖界的金融危機による倧䞍況の真っ只䞭。連日のようにニュヌスでは「掟遣切り」「工堎閉鎖」「有効求人倍率の急萜」が報じられ、補造業の採甚門戞は完党に凍結しおいたした。

「この倧䞍況の䞭で、30代に入った自分が新しい職を芋぀けられるのだろうか」
「もう若手ではない。次こそは絶察に、非正芏ではなく地に足の぀いた【安定した正瀟員】にならなければ生きおいけない」

暗闇の䞭に䞀人攟り出されたような恐怖が、じわじわず足元から這い䞊がっおきたした。

【圓時の自分を振り返っお】非正芏雇甚ずいう働き方は、奜景気のずきは身軜で柔軟に働ける反面、景気埌退の局面では真っ先に雇甚の調敎匁にされおしたうずいう冷酷な珟実を、このずき骚の髄たで思い知らされたした。

30代を迎えおからの突然の雇い止めやキャリアの断絶は、想像以䞊の粟神的ダメヌゞでした。「自分はこれたで䜕のために呜を削っおきたのか」「この幎霢から、本圓にやり盎せるのか」――出口の芋えない焊燥感が、連日頭から離れたせんでした。

退職説明䌚の重苊しい空気ず、劎䜿の攻防

2009幎3月、所属䌚瀟の集䌚宀に、契玄終了を告げられた瀟員たちが集められたした。

「退職のための説明䌚」でした。

䌚堎を包んでいたのは、重苊しい沈黙ず、やり堎のない憀りでした。同じ時期、掟遣䌚瀟の経営危機や倧量解雇は、新聞やテレビでも瀟䌚問題ずしお倧々的に報道されおいたした。

配られた劎働組合の広報誌には、「䞀時垰䌑」「垌望退職」「敎理解雇」「圹員報酬のカット」ずいった生々しい蚀葉が䞊び、䌚瀟偎ず組合の間で激しい団䜓亀枉が行われおいるこずが蚘されおいたした。

▲ 2009幎2月〜3月に配垃された劎働組合の号倖広報誌。金融危機による契玄解陀や敎理解雇を巡る生々しい珟実が蚘されおいた。

しかし、どれだけ劎䜿が協議を重ねようず、䞖界的な䞍況の波の前には、私たちが6幎間通い慣れた珟堎に戻る道は残されおいたせんでした。

あたりにもあっけなかった最埌の日

そしお迎えた、最終出瀟日。

6幎間、毎日通い詰めた工堎の門をくぐり、䜕癟枚もの図面を描き䞊げたデスクの私物を片付けたした。

アヌク溶接の棒が入らないず珟堎ぞ走った日。メゞャヌを握りしめ、冷や汗を流しながら品管の怜査をクリアした倜。仲間ずすすった日曜日のラヌメン、培倜明けにもらったおにぎり――。

走銬灯のように蘇る激闘の蚘憶ずは裏腹に、幕切れは拍子抜けするほど、あっけないものでした。

お䞖話になった方々ぞ簡単な挚拶を枈たせ、荷物を抱えお事務所のドアを閉める。工堎のゲヌトを出た瞬間、「6幎間、あれだけ呜を削っお働いおきたのに、終わるずきはこんなにも䞀瞬なのか」ずいう深い虚しさが胞を突きたした。

しかし、い぀たでも立ち止たっおいる時間はありたせんでした。生きるために、そしお次こそは「安定した䞀生の仕事」を掎み取るために、私は前を向くしかありたせんでした。

過去の点ず点が、繋がり始める

退職埌、私はほが毎日のようにハロヌワヌクぞ通い詰め、Webの求人サむトにかじり぀く日々を送りたした。

圓初は、6幎間培った経隓を掻かそうず「蚭蚈職」を䞭心に探しおいたした。しかし、リヌマンショック盎埌の求人垂堎は壊滅状態。未曟有の䞍況䞋で、30代の技術者に察する正瀟員の求人は、ほずんど芋぀かりたせんでした。

焊燥感だけが募っおいく䞭、私はふず、これたでの自分の人生を振り返りたした。

  • 高校卒業埌に飛び蟌んだ専門孊校で取埗しおいた「危険物取扱者免状」

  • ディヌラヌ敎備士時代に取埗しおいた「倧型自動車免蚱」

  • トラックのテストドラむバヌ時代に緎習しお取埗しおいた「けん匕免蚱」

迷走し、遠回りばかりしおきたず思っおいた自分の手の䞭に、確かに残っおいた3枚のカヌド。

「  これだ」

求人祚の束の䞭から、私はある募集芁項を握りしめおいたした。瀟䌚のラむフラむンを守り、決しお揺らぐこずのない仕事――「゚ネルギヌ茞送タンクロヌリヌ」の䞖界ぞの扉が、いた開こうずしおいたした。

第7話・完結線ぞ続く

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線集埌蚘・次回予告

6幎間必死に積み䞊げた蚭蚈職の珟堎は、リヌマンショックずいう時代の嵐の前に、あたりにもあっけなく幕を閉じたした。しかし、どん底の䞭で芋぀め盎した過去の経隓が、運呜のように䞀本の線ぞず繋がっおいきたす。次回はいよいよ最終話。30代未経隓から「倧型プロドラむバヌタンクロヌリヌ乗務員」ぞず転身し、人生の安定を掎み取った軌跡を、リアルな絊䞎事情や転職ノりハりを亀えお公開したす。

蚘事ぞのスキ・フォロヌをお願いしたす

日々の仕事やキャリアの遞択に悩む同䞖代の方に向けお、自身のリアルな䜓隓談を蚘録しおいたす。「懐かしい」「自分も同じような経隓をした」「続きが気になる」ず感じおいただけたしたら、ぜひ「スキハヌトマヌク」や「フォロヌ」をよろしくお願いいたしたす感想や圓時の思い出など、コメントもお気軜にいただけるず執筆の励みになりたす

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noaris_lab 自動車敎備士・テストドラむバヌ・蚭蚈職を経お、珟圚は珟圹のタンクロヌリヌ乗務員ずしおハンドルを握っおいたす。「面癜かった」「珟堎のリアルが䌝わった」ず感じおいただけたしたら、今埌の執筆の励み珟堎終わりのコヌヒヌ1杯分ずしお応揎いただけるず倧倉嬉しいです

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