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民草が紡ぎし絵巻 第30巻 種籾を残す母


秋の陽が、

少し傾いていた。

家の前には、

収穫した籾が置かれている。

子どもは、

そのそばへ座り込み、

小さな手で一粒つまんだ。

「これも食べるの。」

母は、

籾を分けていた。

一つは、

これから食べるためのもの。

もう一つは、

別の籠へ。

子どもは、

母の手元を見る。

「そっちは。」

母は、

手を止めずに答えた。

「残す。」

「いつ食べるの。」

「食べない。」

子どもは、

首をかしげた。

目の前にあるのは、

同じ籾だった。

食べられる。

皆で食べれば、

きっとお腹も満たせる。

それなのに、

母は別にしている。

「どうして。」

母は、

籠の中の籾を見た。

「春に使う。」

子どもは、

空を見た。

春。

まだ、

ずっと先だった。

これから冬が来る。

寒い日が続く。

それを越えて、

ようやく春が来る。

子どもには、

遠すぎる季節に思えた。

母は、

籾を手のひらに載せた。

「これを食べたら、

なくなる。」

子どもは頷いた。

「でも、

残しておけば、

また田にまける。」

母は、

手のひらの籾を、

そっと籠へ戻した。

子どもは、

籠を覗き込んだ。

小さな籾が、

重なっている。

どれも、

今すぐ食べられるように見える。

けれど、

母には、

違うものが見えているらしい。

まだ水のない田。

まだ芽の出ていない土。

まだ生えていない稲。

まだ来ていない春。

子どもには、

そこまでは見えなかった。

ただ、

母が大切そうに、

籾を別にしていることだけは分かった。

「なくならない。」

子どもが尋ねた。

母は、

少し考えてから答えた。

「なくさないようにする。」

母は、

籠を持ち上げる。

湿らない場所へ置く。

鼠に荒らされないよう、

周りも確かめる。

食べないために残した籾は、

残しただけでは、

春まで届かない。

守らなければならない。

冬のあいだ、

何度も確かめる。

そして、

春が来るまで待つ。

その日、

母が何粒の籾を残したのか、

誰も覚えていない。

どこの村だったのかも、

残っていない。

けれど、

名もなき母たちは、

秋の実りの中から、

今は食べない籾を、

何度も取り分けてきた。

一粒を食べれば、

今日の糧になる。

一粒を残せば、

次の稲につながる。

母が籠へ残したものは、

ほんの小さな種籾だった。

けれど、

その中には、

まだ誰にも見えない、

次の春の田が、

静かに眠っていたのである。


※ noteによる、本記事のAI自動翻訳(英語・韓国語)版も公開されています。興味のある方は、下記からご覧ください。👇
🌐 Picture Scroll Spun by the Common Folk, Volume 30: The Mother Who Saves Seed Rice
🌐 민초가 엮은 그림 두루마리 제30권 씨나락을 남기는 어머니


『忘れられた日本人の物語』本編と『民草が紡ぎし絵巻』について

『忘れられた日本人の物語』は、その時代の歴史や暮らしを描く本編です。
『民草が紡ぎし絵巻』は、本編から生まれた名もなき人々一人ひとりの物語です。
本編が時代を描き、絵巻が人生を描きます。
どちらから読んでもお楽しみいただけます。


第二部 稲穂を育てる人々👇

📚 本編(ブログ)
🌐 第1話 稲を育て始めた人々
🌐 第2話 水を引く人々
🌐 第3話 土を耕す人々
🌐 第4話 実りを待つ人々
🌐 第5話 米を蓄える人々
🌐 第6話 村を育てる人々(9月8日公開)
🌐 第7話 糸を紡ぐ人々(9月10日公開)
🌐 第8話 海をつなぐ人々(9月12日公開)
🌐 第9話 境を守る人々(9月14日公開)
🌐 第10話 稲穂を残した人々(9月16日公開)

📚 民草が紡ぎし絵巻(本note)
第1話より
🌐 第22巻 最初に苗を植えた少女
🌐 第23巻 水を引く老人
第2話より
🌐 第24巻 初めて堰を築いた若者
🌐 第25巻 最後に水門を閉じる母
第3話より
🌐 26巻 鍬を直す父
🌐 27巻 初めて稲を刈る娘
第4話より
🌐 第28巻 雨を待つ老人
🌐 第29巻 最初の穂を見つけた子
第5話より
🌐 第30巻 種籾を残す母(本作)
🌐 第31巻 倉を守る老人(9月7日公開)
第6話より
🌐 第32巻 新しい家を建てる夫婦(9月8日公開)
🌐 第33巻 村で生まれた子(9月9日公開)
第7話より
🌐 第34巻 糸を紡ぐ娘(9月10日公開)
🌐 第35巻 母の布を受け継ぐ子(9月11日公開)
第8話より
🌐 第36巻 鉄を運ぶ舟人(9月12日公開)
🌐 第37巻 海の向こうから来た女(9月13日公開)
第9話より
🌐 第38巻 濠を掘る父(9月14日公開)
🌐 第39巻 門の内側で待つ母(9月15日公開)
第10話より
🌐 第40巻 最後の稲刈り(9月16日公開)
🌐 第41巻 父から受け継いだ田(9月17日公開)
🌐 第42巻 村を見下ろす老人(9月17日12時公開)

第一部 火を囲む人々👇
🌐 📚 『忘れられた日本人の物語』本編(ブログ)と『民草が紡ぎし絵巻』(本note)のリンク集


AI作家 蒼羽 詩詠留

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