ヤスパースを甘くみるな:とことん誠実な実存の守り人
ヤスパースという人が好きなのですが、彼は西洋哲学史において、どうにも軽く見られがちな存在です。
アーレントの記事でも書きましたが、西洋哲学史は基本的に一直線のトレンドによって語られます。19世紀〜20世紀中頃のトレンドは実存主義です。ヤスパースもその一人として語られることが多いものの、その系譜のなかで彼はちょっと異質であり、すみっこに追いやられているように思います。
ふつう、実存主義の代表選手となれば、先駆者であるキルケゴールやニーチェはまあ当然としても、そのあとにつづく代表選手としては、ハイデガーやサルトルという有名どころをあげるのが通例です。
たしかに彼らに比べると、ヤスパースの存在感はひかえめだと言わざるを得ません。げんに、私が読んだヤスパースについての書籍内ですら、著者みずからが「昔は、ハイデガーは深遠であり、ヤスパースは平板であると思っていた」と告白していたくらいです。
しかし、このイメージを逆手にとって、ヤスパースの魅力を紹介するならば、ハイデガーが権威と知名度を志向した、いわばタレント的な人であったのに対し、ヤスパースは反権力と個人の現実に寄りそった現場主義の人、だと申せます。そう思うと、むしろヤスパースこそが、もっとも誠実に人間の実存に向き合った人なのではないかと、私は思ってしまうのです。
本稿では、彼の特異性と、どれだけ誠実に人間に向き合っていたかを取り上げ、私が彼を尊敬してしまう理由について語ってまいります。

思考と活動、理論と生活の「二階建て」問題
さっそく、ヤスパースの特異性について語ってまいりましょう。
政治学者の丸山眞男さんは、かつて、日本の思想を取りまく状況を「階段のない二階建ての家」にたとえました。いわく、一階には古くからの生活実感があり、二階には西洋から輸入された高度な思想や理論がある。しかし日本人には両者を繋ぐ階段が存在しないため、二階の思想は一階の現実とは何の関係も持てない、という指摘です。
丸山さんが言うには、その結果、日本人にとって西洋哲学は偉人の名前と専門用語の羅列を記憶するだけの、記号的アクセサリーにしかなりえないのだそうです。つまり「日本人にとって、西洋哲学を学ぶことは、それっぽい西洋哲学史を学ぶこと」でしかないのだというのです。これは今を生きる私たちとしても、ものすごく実感がわく指摘だと思います。西洋の哲学者の名前とか、その概念の名前を羅列していると、ついそれだけで賢くなったような気がしたり、クールに思えてしまいますよね。
丸山さんは、この二階建ての構造を、日本人特有の外来文化の受容のしかたとして提唱していたと理解していますが、私は、これは何も日本人特有のことではないし、欠陥でもないと考えます。
むしろ、西洋においても、権威化された哲学や思想は、しばしば人々の存在とか、そこにある営みを無視して、みずから二階に閉じこもってきており、一階と二階の断絶はあったのではないかと。
ここでヤスパースに話を戻すと、彼の生涯にわたる取りくみは、インテリやエリートが二階の都合をふりかざし、一階の現実を無視しようとする「権威的な暴力」との対決だったと言えるのです。
ヤスパースの原点、奇人の父親と病魔について
彼がいかに反権威的であったのか。それについて語るには、彼の生い立ちに触れる必要があります。
第一に、ヤスパースの父親の存在です。
彼の父親は、当時の欧州人として奇特なことに、自らキリスト教を棄教しました。
その理由というのは、「自殺した若者の葬儀に、牧師が参列することを拒否した」ことに憤慨したのだそうです。よく知られているように、自殺は神の教えにそむく罪であるので、自殺した人は正当手順で葬られることはありません。地獄ゆき確定です。
ヤスパース父は、個人に対する倫理よりも、固定された教義を優先する、キリスト教のあり方に憤ったのです。キリスト教の「信仰・希望・愛」のうち、信仰よりも愛と希望が先に立つべきだろうと、ヤスパース父は主張していたそうです。
しかも、ヤスパース父のバランス感覚が優れているところは、自らの正しさを他者に強要して、村のコミュニティを破壊するような真似はせず、自分だけの問題として孤独に信念を貫いたというから、さらに特異的です。
こうした「特定の何かへの帰依を理由に、他者を裁かない」「その人の理屈でなく、人間自体と向き合うべきだ」という姿勢は、息子に強く引き継がれています。
第二に、ヤスパース自身が病弱であったことも、特筆すべき点です。
彼は幼少期から気管支拡張症と心臓衰弱をわずらっており、つねに死や苦しみを意識せざるを得ない体質でした。
自身の体でそうした苦しみを知っていたからこそ、彼は「二階」の観念的な言葉遊びに陥るのではなく、「一階」の「人間がよりよく生きるとは何か」という切迫した問題に、直面し続けることになったのです。
哲学者であり医者であったヤスパース
そんなヤスパースは哲学をこころざし、大学の門を叩きました。しかし、そこでの哲学講義をうけて、かえって哲学に絶望したのだと言います。そこで語られていたのは、誰かの説の受け売りに過ぎない、借り物の言葉の繰り返しだったからです。これは「二階」の最たるものでしょう。
彼は哲学を捨て、精神医学の道へと進みました。臨床医として、ときに発狂し、錯乱し、自意識の危機に瀕している生身の人間に対峙して、その助けとなることを選んだのです。
この遠回りは、彼独特の「現場主義」をもたらしました。
ヤスパースの精神医学における功績としては、精神現象へのアプローチを2つの軸に分けた点にあるとされています。
私は精神医学について詳しくありませんが、つまり「患者の感情の流れや動機に沿って、人間的に納得できること」と「脳の疾患や薬物中毒など、物理的な原因の証明」の両面からアプローチし、切り分けて考えることを提唱したのだそうです。
当時の精神医学は、これらは未分化のまま混在したのだといいます。医者が、理論に現実を無理やり当てはめようとする、理論先行の治療が多かったのです。
症状を無意識やトラウマという原因理論で分かろうとするフロイトの精神分析や、脳のエラーが原因と見なして、たとえば物理的に脳梁の接続を切断するロボトミー手術などは、その最たる例かもしれません。
ヤスパースは、人間としての心理、その人の立場や状況からして納得できる限界点を見極めた上で、それでも説明不可能なときに、物理的な脳や神経の異常を疑うべきだとしたのです。
これは言い換えるならば、「わからないものを無理に理論で解釈しようとせず、人間のありのままの事実に、まずは向き合う」という姿勢の表れだと言えます。医者としての「分をわきまえる」と言っても良いかもしれません。もちろん彼の功績は相当前のものですから、その後の精神医学や脳科学の進歩からすれば「礎の一つ」くらいのものかもしれませんが、当時、哲学者のバックボーンをもつ精神医学者という彼の特異性は、当時にして画期的だったことでしょう。
ハイデガーとの表裏一体の関係
ヤスパースの誠実さは、ハイデガーと対比することで、より鮮明になります。ヤスパースとハイデガーは、当初は盟友関係であり、のちに決定的な決裂を迎えることになりました。
ハイデガーは天才的な理論家でしたが、人間としては極めて自己中心的な、歪んだ権威主義者でもありました。それは彼の業績を矮小化することではないでしょうが、私はヤスパースやアーレントの方に共感する人間であるので、そのように見えるのです。
ハイデガーはナチス政権が成立した後、自らの思想を現実に適用していくことを考えてナチスに入党し、ユダヤ人であった恩師フッサールとの関係を切り捨てました。
さらに、ハイデガーは若き日のアーレントを教えていたわけですが、彼のアーレントに対する態度は、いわば「都合の良い女」(教え導くべき下位の存在、愛人、そしてユダヤ人)としての消費だと、客観的にはそう言わざるを得ません。
(ハイデガーとアーレントとの複雑な関係は第三者には推しはかれるものではないのですが、客観的な観察としては、このように言わざるを得ません)
つまり、良くも悪くも理論屋であったハイデガーは、全体主義という一貫性の罠にはまり、「二階」の都合を「一階」に適用としようとするばかりに、権力にみずから取り込まれていったのです。
対照的に、ナチス政権下でのヤスパースは、ユダヤ人の妻ゲルトルートを迎えていたこともあって、大学を追放され、常に出版禁止と強制収容所送りの恐怖に晒されていました。この時期、彼は公的な発言を控え、社会的には沈黙を余儀なくされました。
この戦時中の沈黙は、愛する妻と家族の命を守るという、実存的選択だったのだろうと思います。
しかし、彼は戦後になって、自分の選択を「ナチスの迫害による被害」として美談化することなく、自らを免罪することを拒絶しました。
彼は著書『罪の責』において、隣人が殺されるのを防げず、ただ自分が生き残ってしまったことに対する責任もまた一種の罪だとみなして、自分も罪を背負っていると認定したのです。
ヤスパースを戦後の再活動に突き動かしたのは、亡命先のアメリカから手紙を送り続けた弟子、ハンナ・アーレントとの交流でした。
アーレントは、全体主義を経験した後の世界において、哲学者が公共性をもって活動することの必要性を感じており、ヤスパースは彼女とのやりとりを通じて、自らの罪の意識も持ちながらも、公の場で活動していくことを決断したのです。
ヤスパースはアーレントのことを、互いの孤独と自由を認め合う対等な友人として接しており、刺激しあい、励まし合う存在であり続けました。
このようなヤスパースの誠実さと、公平で広い視座は、彼の思想にも表れています。
つづいて、彼の提唱した哲学的な概念についても触れてまいりましょう。
ヤスパースの限界状況と私のうつ療養について
彼の主要な概念である「限界状況(死、苦悩、争い、責)」というのは、キャッチーなフレーズとしては弱く、彼の扱いが小さい原因の一つでありましょう。のちの哲学者の批判の対象とされることもあまり無かったので、注目されにくいものです。
彼の主張は、「人間は限界状況を通じて、初めて今を生きる人間としての自己認識(実存)を得ることができる」というものです。(大ざっぱ)
しかし、これは何も「メメント・モリ」みたいな一元的なことではないし、ましてや、「命の危機を感じるような苦行や闘争をするべきだ」みたいな主張ではありません。
そもそも、考えてみれば、死・苦悩・争い・罪というのは、人間とは切っても切り離せません。つまり限界状況とは、生まれた瞬間から死ぬまで、私たちと隣り合わせにあるものなのです。
しかし、私たちがこのことに日頃ピンと来ていないのは、それは近代文明が技術力や物質的豊かさによって、死や病といった危機を隠してしまい、あたかも自分からは遠いことのように感覚を麻痺させているからではないかと。ヤスパースはそう指摘しているのです。
私自身、現在はうつの療養生活を送っています。今でこそ文章を発信する余裕ができましたが、発症当初や症状の重い時には、文字通りの「実存的危機」にありました。
まず痛感したのは、人間が何かしら活動するためのエネルギー自体、きわめて有限であるということでした。
発病以前の私は、そんなことはほとんど意識せず、できるだけの時間を仕事に突っ込んで、力尽きたら寝ればいいと思っていました。そして、そんな毎日が続けば、いずれは成長と能力が追いついて、成功できる。そう信じていたのです。
うつの治療にあたり、薬によって補助的に脳内の働きを持ち上げることはできても、それだけで治るわけでも、ましてや元通りになるわけでもありません。アリ地獄からの脱出に必要なのは、考え方の切り替えです。
以前まで「自分のキャパシティ」だと思っていたものは、無理をしていた結果であったこと。今のエネルギーの限界状態が本来であり、無理が効かなくなったことを受け止めること。これらを認めなければなりません。
それは、「成長」、「成功」、「仕事ができることが偉い」といった幻影を剥がして、そうでなければ無価値だという自己洗脳を解くプロセスでもありました。
これがまさに、ヤスパースのいう「限界状況で実存に気づく」ということです。
近代社会は、合理性と効率性を重視し、それによる「成長」でもって、実存的な危機を覆い隠します。
「人生100年時代」「老後2000万円問題」とかの一時期話題になったワードも、そういう意味では非常に「鈍感」なワードでした。
来年の話をするだけで鬼が笑うというのに、次の瞬間に死ぬかもしれない私たちが、老後のことばかり心配するなど、可笑しいものです。
うつに限らず、体力の乏しい人、持病のある人、障がいを抱える人、あるいは特性が偏っている人。そういった人々もまた、この近代文明という、成長で痛みを紛らわしている「躁」のような状態において、否応なく自らの限界と向き合うことを余儀なくされやすいと言えましょう。
ヤスパースが説いた限界状況とは、この近代社会のまやかしを打ち砕き、人間の有限性を直視させるためのリアルな考え方なのです。
それは、まやかしとは関係なく「この世界があること」を見つめ、その広大さ、自らの矮小さを意識して、自分を相対化することです。
まやかしに振り回されずに生きるために
私はヤスパースを信奉しているわけではありませんが、人として尊敬できる人物だろうと思っています。それはひとえに、彼がとことん地に足をつけて世界を実際に生きた人だからです。
彼は、空理空論に振り回されずに生きることの大切さに、生涯をかけて向き合いました。
宗教やイデオロギーという記号に惑わされず、目の前の生身の人間そのものを見る姿勢をとり続けたこと。
彼に派手さはないかもしれませんが、だからこそ、近代社会に生きる先達として、私たちに大事な示唆を与えてくれると思います。
参考資料、関連作品
ヤスパースの思想への入口として。
手軽に足を踏み入れるのに最適の書。
本稿で取り上げた、ハイデガーとアーレントの複雑な関係についての書籍。矛盾に満ち、相手を愛したり、コントロールしようとしたり、それでも寄り添ったり。
<本論了>
本論はここまで。
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「自己肯定感」や「レールから外れろ」という甘い言葉について
近代社会はいわば「躁」状態だという比喩を使いましたが、その反動としてか、「自己肯定感を上げるためには」「人生のレールから外れてみよう」という声も多くみられます。
私が思うに、これに飛びつくのは注意が必要です。
もし、あなたが「限界状況」に近いのであれば、なおさらこうした言説にふれるのは毒になりうると、強調しておきたいのです。
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チップとは、旅芸人への投げ銭のようなもの。ご厚意、確かに受け取ります。あなたの一手が、私のエネルギーとなります。
