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#074バむク旅完結、結局ゞョヌゞアのこずなんお分からない䞖界攟浪-ナヌラシア倧陞暪断線-Day6164🇬🇪

前回はこちらから。


なぜ人は岩を掘るのか

バむク旅も早くも終盀に差し掛かっおきた。

アハルツィヘを出お東ぞ進む。
岩山を䞡手に川沿いを進み、たずはノァルゞアぞ向かった。

盞倉わらずの絶景。

やがおノァルゞアに到着。
ここは12䞖玀埌半、断厖の䞭に無数の郚屋が掘られた岩窟郜垂が残る堎所。
修道院だけでなく、居䜏空間や通路たで岩の䞭に぀くられおいる。

実際に歩くず、屈たなければ通れないような道が迷路のように぀ながり、堎所によっおは今でも岩山の内郚ぞ深く入っおいける。

ここでふず思う。
宗教も時代も堎所も違うのに、人はなぜか岩山や掞窟を祈りの空間にしがちだずいう点。

むンドの゚ロヌラには、仏教・ヒンドゥヌ教・ゞャむナ教の石窟寺院が䞊ぶ。
スリランカのダンブッラでは、倩然の掞窟が仏教寺院ずしお䜿われおきた。
そしおここノァルゞアにも、岩山の䞭にキリスト教の修道院がある。

暗闇や岩山に、䜕か神聖なものを感じる感芚は時代ず宗教を越えお共通しおいるのだろうか。
掞窟は涌しく、倖から守りやすいずいう実甚的な偎面もあるだろうか。

遠く離れた堎所同士が、思いがけないずころで䌌おくる。
こういう発芋も旅の面癜さになっおいる。


ゞョヌゞアの䞭のアルメニア

さらに南ぞ進むず、景色も人も倉わっおいった。

岩山を走っおいた芖界は䞀気に開け、ひたすらに草原が続く。
どこか北海道の道倮を思い出させるような景色。
山を抜けるワむンディングもいいが、やっぱりこういう壮倧な景色も悪くない。

しばらくするず、アルメニア囜境にほど近いニノツミンダずいう小さな町に到着。
地元の人の暮らしが芋える、こじんたりずした静かな町だった。

さらに電柱の䞊にはコりノトリが巣を䜜り、自然に街に溶け蟌んでいるのが印象的。
こんなにしっかりコりノトリを芋たのは人生で初めおかもしれない。

食堂で泚文しようずするもうたく英語が通じず、翻蚳アプリでゞョヌゞア語を芋せた。

するず、
「自分はアルメニア人だから、翻蚳するならアルメニア語にしおくれないか」
そう蚀われた。

さらに町を歩いおいお声を掛けられる堎面でも、
「ロシア語は話せる」
そう聞かれるこずも増える。

ゞョヌゞア囜内にいるのに、文化的には少しず぀、そしお確実にアルメニアぞ近づいおいるこずを実感。

囜境線ぞ到着する前から、人や蚀葉はなだらかに倉わっおいくのだ。


䜕もしない湖畔

ニノツミンダで䞀泊し、翌日はさらに東を目指しお進む。
道䞭はひたすらに草原が広がり、たるでWindows XPの䞖界。

そんな気持ちの良すぎる草原を走り抜け、䌑憩がおらポカずいう小さな小さな村に立ち寄った。
湖畔にバむクを停め、そのたた草の䞊に寝転がる。

鳥の声。虫の音。颚。
ここにあるのはそれだけ。
高原地垯ずいうこずで暑さもない。

しばらく寝転がったたた䜕もしなかった。

りシュグリ以来二床目、
「ここは倩囜か 」
そう思う時間だった。

この堎所も、ゞョヌゞアにキリスト教を䌝えた聖ニノにゆかりがあるらしい。
以前蚪れたムツヘタずも話が぀ながる。

旅の途䞭では䞀぀䞀぀独立しお芋えおいた堎所が、埌から歎史の䞀本の線になる。
最初から狙っお回っおいないからこそ、䜙蚈に面癜い。


旅の圢はただただある

その日はそのたた東ぞ走り抜けサガレゞョずいう町で䞀泊。
倜に少し雚に降られたので翌朝にテントを也かしおいた。

するず出発の準備をしおいた日本人の自転車旅人がいた。
どうやら同じ堎所にテントを匵っおいたようだ。
こんなずころに日本人。

話しおみるず、共通の知り合いが次々に出おくる。

したいには、
「そういえば、バむク借りお旅しおる日本人がいるっおトビリシで聞いたな」
ず蚀われる始末。

いくらゞョヌゞアに日本人が倚いず蚀えど、決しお狭くないこの囜のこんな蟺鄙なキャンプ堎でどうしおそんなに぀ながるのか。
本圓に人の出䌚いずいうものは面癜い。

さらに、この埌の予定を聞いお驚いた。

「ロバを買ったので、しばらく自転車を眮いおロバ旅をするんです。」

ロバ旅 
圌は確かにそう蚀った。

珟地の村でロバを買い、荷物を茉せお旅をするずいうのだ。
さすがに面癜すぎる。
Instagramを亀換し、圌の動向に泚目させおもらうこずにした。

それにしおも䞖界にはただただ知らない旅の圢があるなず改めお感じる。
自分の旅がやけにちっぜけで、䜕の倉哲もない普通の旅に思えお仕方ない。


"倩空の街"シグナギ

さらに東に進みシグナギに到着した。

"倩空の街"
"愛の街"

そんな異名も持぀ゞョヌゞアらしい綺麗な街だった。

いかにもゞョヌゞア感溢れる石畳の道に、赀いレンガ屋根の家屋が䞊ぶ。
未知の脇にはお土産屋さんも軒を連ねる。

トビリシから日垰りで埀埩できる芳光地ずいうこずもあり、ツアヌ客ず思われる団䜓旅行者もかなり倚く芋かけた。

そしおこの蟺りのカヘティ地方はワむンの名産地ずいうこずで、ワむナリヌを巡りワむンの詊飲を楜しむこずもできるようであったが、バむク旅には盞性が悪い。

軜く散策するにずどめ、次ぞ向かった。


䜏んでいる人から芋るゞョヌゞア

その日の倜は、旅の途䞭ですでに二床䌚っおいたゞョヌゞア圚䜏の日本人の方の家に泊めおもらうこずになった。

䞀床目はトビリシのコミュニティスペヌスで。
二床目はこのツヌリング䞭、レンテヒの山奥の駐車堎で偶々ばったり遭遇。

そしおそこから連絡をしおおり、近くに来るなら ずいうこずで今回の流れずなった。
この短い間に䞉床も䌚うのは䜕かのご瞁だろう。
本圓にありがたい。

圌のお宅に到着するず、飌っおいるずいうワンちゃん猫ちゃんの歓迎付き。

ビヌルずワむンを飲み、料理をご銳走になりながら、倜たでいろいろな話をした。

圌は自分ず同い幎。
倧孊院進孊をきっかけにゞョヌゞアぞ来お、そのたた長く暮らしおいるずいう。

党く同じ時代を日本で育ったはずなのに、ここたで党く別の人生を歩んでいるずいうその事実だけで、なんだか話しおいお面癜いものがあった。

「日本に垰りたくならないんですか垰ろうずは思わないんですか」
そのようなこずを尋ねおみる。

するず圌は、
「䞀時的には垰りたいず思うこずはあるけど、今は垰っお生掻するたでは考えおない。ここたで蚀語も勉匷しおきたし生掻の基盀もできおる。そしおずおも自分に合っおいる囜。」
ず。
そしお笑いながらこう続けた。
「䜕より日本で瀟䌚人経隓がなくこの幎霢たで来おしたったので、半分意地もあるかもしれない 」
そんな話をしおいたのがなぜかずおも印象的だった。

やがおゞョヌゞアずいう囜の話になる。
教育、政治、仕事。
そしお、この囜で暮らすずいうこず。

䞀時的にその囜を蚪れお通り過ぎおいく旅人でもなく、期限付きで赎任しおいるわけでもない。
ここに䜏むずいう決断を自分でしお生掻をしおいる。
そんな人の目線で芋る"囜"ずいうのはずおも興味深い。

圓然だが、数週間ただバむクで走っおいる自分ずは、この囜を芋る目線が党く違うから 。
自分はどこたでいっおも、䞀時的にこの囜を蚪れおいる旅人でしかないずいうこずを痛感した。

街を歩き、歎史を調べ、珟地の人ず少し話す。
それだけでも実際に蚪れるこずで、その囜ぞの解像床は倚少䞊がる。

でも、だからずいっお"その囜を分かった"ずいうこずには圓然ならない。
旅人が芋られる囜の姿なんお、本圓に䞀郚でしかない。
その思いは匷くなった。

そんな旅をしお、それで䜕ヶ囜も知った気になっお、䞀䜓䜕になるんだろうな 。
そんなこずを酔いが回った頭で倜颚にあたりながら考える。

でもそれでいいのだ。

そこで䜕を芋お、䜕を感じたのか。
それだけでいい。

よくSNSで芋る、
「この囜はこうでした(ドダ)」
みたいなこずを語るのだけは絶察違うな。
そんな結論に勝手に到達した。


いい旅だった

翌朝、別れを告げお出発した。
さすがに四床目はもうないだろう 。

最埌の峠を越えおトビリシぞ戻る。
綺麗に敎備された山の䞭は、どこか日本を思い出すような道だった。

トビリシぞ近づくほど車が増え、気枩も䞀気に䞊がっおいく。
最埌にトビリシ近郊の湖を少し走ったが、亀通量が倚すぎお党然面癜くない。

おたけにずにかく暑すぎる。
残りはもう10km皋床だ。
ここたで終わりが芋えおくるず、もはや早く垰りたくなっおきた。

昌12時、少し早いがそのたたバむク屋に盎行しバむクを返华した。

15泊16日のゞョヌゞアバむク旅が無事終了。
数字以䞊に長く感じる、濃すぎる16日間だった。
そしお無事故、ノヌトラブルで戻っおこられたこずにも䞀安心。

最埌に蚘念撮圱。

カズベキの朝。
名前も知らない峠。
雚ず廃墟。
りシュグリの倧絶景。
アブハゞアずの境界。
黒海に沈む倕日。
橋の䞋で飲みたくった昌。
湖の畔の高原。
そしお、いろいろな人ずの出䌚い。

この囜の色々な偎面を芋たからこそ、"ゞョヌゞアずいう囜はこう"ずは蚀いたくないし、そこたで囜を理解するこずなんおこの短期間では無理なんだず思えた。

でも、この囜を倧満喫したこずだけは間違いない。
本圓にいい旅だった。


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