胃と大腸の同日カメラ|人生で、いちばん透明を目指した日|エッセイ
胃カメラは、わりと好きだ。
とはいえ、大の怖がりである。鎮静剤ありの検査しか受けられない。気づいたら終わっている、あのタイプだ。検査というよりほぼ昼寝、みたいな。
ところが。
大腸カメラとなると、急に話が変わる。
「そろそろやった方がいいよなあ」と思いながら、はや四年。四年て。軽くオリンピックである。まだ、一回も開催されていない。
胃はあんなに平気なのに、大腸というだけでこの腰の引け方。理由は、まあ、察しがつく。というか、察してほしい。
そんな私の前に現れたのが、友人である。
この友人、健康診断に対する姿勢が、尋常ではない。毎年なぜか「去年よりいい数値」を狙っている。健康診断って、自己ベスト更新する競技だったっけ、と思うが、本人はいたって真剣である。
会うたびに言う。「大腸カメラは一回やっときな」この圧がすごい。
「なんにも怖くない。寝てるうちに終わる」その言い方は、胃カメラと同じ文脈に聞こえる。本当に同じなのだろうか。半信半疑のまま、とりあえず申し込みをした。
かかりつけの病院にあった、「胃と大腸の同日カメラ」コース。
この響きが妙にいい。どこかで聞いたことがあると思ったら、共通テストの「同日受験」だ。
どうせやるなら一日で終わらせたい派としては、かなり魅力的な選択肢である。
というわけで、今年こそ受けることにした。
まずは三日前からの食事制限。厳密には前日からでいいのだが、ある目的もあって、少し早めから調整に入った。
きのこ、海藻、ごぼう、れんこん。普段は「体にいい代表選手」みたいな顔をしている面々が、きれいにスタメン落ちする。代わりに並ぶのは、消化のいい控え選手。
地味である。なんとなく、食卓が弱い。これでは元気が出ない。食事って大事なんだなと、変なところで実感する。
そして当日。
下剤は自宅で飲んでから行く方法もあるが、どこまで飲めば「合格」なのか、自分では判断できない。初心者なので素直に病院ルートにした。不安なときは、プロに任せるのがいちばん。
持ち物は2リットルの水。
下剤は病院から、480mLのボトルが2本。
一気飲みは厳禁。水と交互に、2時間ほどかけてゆっくり飲む。
案内されたのは、小さな半個室。しかも、そばに専用のトイレあり。
ここが一番うれしかった。まわりを気にすると、出るものも出ない。人間とは繊細な生き物である。
下剤、水、トイレ。
下剤、水、トイレ。
やることは単純だが、目的は明確。
目指すは、ただひとつ。
限りなく「透明」なレモン色になること。
看護師さんが判定する。
完全に透き通っていれば合格。
少しでも濁りがあれば不合格。
これ以上ないほど明快な採点基準である。
とはいえ、一緒に仲良くトイレを覗き込むわけではない。「その時」が来たらブザーで呼び、こっそり確認される仕組み。よく考えられている。
しかも、説明によると、うまくいけば1.5リットル程度で早期合格もあるらしい。
全部飲み切らなくてもいい人もいる、ということだ。
——狙うでしょう、それは。
三日前から繊維を抑えて整えた、ベストコンディション。これはいける。いける気がする。
展開は、驚くほどスムーズだった。お腹が急に痛くなることもなく、淡々と進む。順調にきれいになっていく。
やがて、水1.5リットルあたりに到達。まだ下剤は残っているが、ほとんど透明。
これは、いけるだろう。
そう確信して、控えめにブザーを鳴らした。あくまで謙虚に。
判定を待つこと、4分。
「やっぱり2リットル、飲み切りましょうか。その方がきれいに見えますから」
ああ。早期合格、ならず。
そんなに甘くはなかった。人生も、腸内も。
ここまで来ると、妙な達成感すらある。
人生でこんなに「透明」を求められたことが、他にあっただろうか。
気を取り直して、ここからが本番である。
お尻の部分だけ穴のあいた、2枚重ねの検査着に着替える。
ちょっと緊張する。いや、だいぶ緊張する。
リカバリー室のベッドに横になると、看護師さんが笑顔で点滴をつないだ。このままベッドごと運ばれる仕組みらしい。ありがたい。
「今からお薬入ります〜」
語尾が終わるか終わらないかのうちに、記憶がぷつりと途切れた。
気づいたときには、すべてが終わっていた。
運ばれている途中で、うっすら意識が戻る。「まだ寝てていいですよ」と言われ、その言葉に全力で甘える。
結局、体感としては昼寝だった。二科目受験したはずなのに、負荷はゼロ。検査自体は、本当に何も苦しくなかった。腹部に違和感もない。
しいて言えば、あの下剤を飲む工程は、積極的に好むものではないが、まあ、許容範囲内である。
結果は、問題なし。
あんなに怖がっていたのに、終わってみれば拍子抜けだった。
ただ、少しだけ、ひやりともした。私はこれを、四年も先延ばしにしていた。忙しいだの、お尻だの、来年でいいだの。もし何かあったら、後悔していたかもしれない。
来年も続けていこう。同日受験で。
目標はもちろん、自己ベスト更新の早期合格で——と意気込んでいたら、先生にこう言われた。
「この様子なら、大腸は二年に一回。胃カメラは毎年受けましょう」
なるほど。私の同日受験は、やさしく一年延期となったが、大事なことはちゃんとつかんで帰ってきた。
こわいものの正体は、たいてい中身じゃない。
「まだ知らない」という、その一点なのだ。
