十二歳の宣言、わりと当たる説|エッセイ
子どもの小学校には、地味に手に汗握るイベントがあった。
卒業式のあと、ひとりずつ壇上に上がって、「将来なりたいもの」をマイクで宣言するのだ。
六年間よく頑張りました、の締めが、先生生徒と保護者の前での決意表明。なかなかの無茶ぶりである。
「サッカー選手!」
「ダンサーになります。」
「パティシエです!」
「お笑い芸人!」
「獣医です。」
「父の店を継ぎます。」
一人がマイクを握るたび、体育館がどっとわく。
で、見どころは、子どもより親だったりする。
なにせ、卒業式である。式の本編で、親はもうひと泣きしている。あんなに小さかったのに、よくもまあ大きくなって、と、ハンカチを握りしめ、涙腺をしぼり切ったあとなのだ。
もう出し切った。やり切った。——そこへ、この宣言が来る。
卒業生のカッコいい晴れ姿に、拭いたばかりの目尻が、ゆるむ。泣いたあとの、ふやけた顔のまま、笑う。
その場で初めて夢を知った親も、多い。
「いまの、聞いてた?」「いや、初耳」あちこちで、そんな声が飛び交う。
卒業式という総決算の日に、まさかの新情報である。でも、みんな、嬉しそうだった。泣いたあとの、晴れた顔で。どこか照れて、誇らしげに。
中には「考え中です!」と正直な子もいた。
わかるな〜、わかる。十二歳では、まだ決められないよね。
「アメリカに渡って、どでかいことをします!」
職業ではなく、所信表明演説の子もいた。何も職業に狭めることはない。
そうこうしているうちに、仲良しの子の番が回ってきた。
紺色の服に、胸には花。髪もきっちり整えられ、少し緊張した面持ちでマイクの前に立つ。
しんと静まった体育館に、はっきりと声が響いた。
「数学の先生になります。」
——渋い。十二歳で、渋い。実直な彼に向いている。
前の列のご両親が、照れくさそうにまわりへ頭を下げていた。
***
去年、まったくの偶然で、その親子にレストランで再会した。
背はぐんと伸びて、あの頃の面影は残しつつも、もう立派な青年。一人で歩いていたら、たぶん気がつかなかった。
お母さんと近況を話していると、いまは理系の道に進んで、研究者を目指しているという。
聞けば、理科や数学が好きすぎて、とことん研究に力を注ぎたくなったみたい。教える側より、まだ誰も答えを知らない世界へ。あの日の夢は、さらにその先まで進んでいた。
***
そういえば、と遥か昔のことを思い出す。
私が小学生のころ、大好きだった先生が、こう言っていた。
「言葉には、言霊があります。
迷ったときは、口に出して、誰かに伝えてごらん。
言霊が、いきたい場所に連れて行ってくれるから。」
当時は「へえ」くらいにしか聞いていなかったくせに、こういうときだけ妙にくっきり思い出す。
でも、先生、さすがだな。やっぱり。
子どもの夢なんて、その日かぎりの思いつき、ただの憧れだ。本気で言ってないことも、たくさんある。
それでも、人前で口にした言葉は、それだけでは終わらない。口に出した瞬間、いちばん近くでその音を聞いているのは、自分の耳なのだ。
何かを選ぶたび、迷うたびに、自分でも気づかないうちに、その言葉に、ちょっとずつ動かされていたりして。そんな気がする。
***
帰ってきてから、家族とアルバムをめくった。あの頃は勢いで書いたようにしか見えない巻末の言葉なのに、周りの子たちは、結構その道に進んでいる。
そのまま叶った子もいれば、形を変えた子もいる。でも、「好き」の向きだけは、案外ぶれていない。不思議だねぇと話していた。
あの日みんなが宣言していたのは、未来ではなく——自分の「好き」だったのかもしれない。
それで、十二歳の宣言は、わりと当たるのか。それとも、たまたまなのか?
***
ちなみに、うちの子も、あのマイクを握った一人。
壇上で何を言うのか、親の私たちが、いちばん知らなかった。
たしか四年生ごろまでは、宇宙飛行士だの、科学者だの、目指していたような……。
「あれっ」
いつの間に、路線変更していたのか。
……それが、まさかの。
卒業式での宣言通り、いまは、法律家への道を歩んでいる。
