🌱アイスだけは自分で食べたい
noteのコングラボードなるものが表示された。先日公開した「🛁勉強代行」というショートショートが、「#勉強」というタグで先週特にスキを集めたらしい。先週という限定つきではあるが、あの一本が誰かの心をつかんだというのだから驚くほかない(心はつかんだのに、チップが届いていないのはどういうことか)。
いや、喜ぶべきなのだ。スキを集めたのだから。ただ「先週」という但し書きが、どうにも引っかかる。先週限定の栄誉というのは、賞味期限のついた栄誉である。あとで係の者がやってきて「すみません、あれ手違いでしたので返してください」と言われそうな気がしてならない。人生でここまで来ると、良い知らせには必ず裏があると学んでいる。
試しに「#勉強」で検索してみた。三十一万件以上の記事が出てきた。三十一万。数字を見ただけで軽い眩暈がする。資格の合格体験記、東大式勉強法、朝五時起きの習慣化——タイトルからして努力の匂いが立ちのぼってくる。私が書いたのは、テスト勉強を代行してもらう高校生の話である。努力とは正反対の地点にある一本だ。この大群の中で、私の一本など砂漠に落とした米粒である。しかも周囲の米粒は全員が努力家で、私の米粒だけが昼寝をしている。
スクロールした。かなりの量を読み込んだ。いっこうに私のものは出てこない(先週スキを集めたのではなかったのか)。スキを集めた本人がスクロールしても見つからないのだから、これはもう都市伝説の類ではないか。そう考えると、あのコングラボードは私を励ますために出た幻だったのかもしれない。だとしたら、なかなか粋な計らいである(note編集部に感謝)。
しかし、である。ここで私は重大なことに気づいた。三十一万件の中には、勉強の「方法」を探している人ばかりではない。中に、明らかに勉強そのものを他人に押しつけたい人々が紛れている。「勉強 代行 格安」。「夏休み 宿題 終わらない 助けて」。「夏休み 終わっちゃう 信じられない」。おそらくこういう検索をして、私のショートショートにたどり着いたのだろう。夏休みも後半、需要が急上昇する時期である。切実さがにじみ出ていて、思わず肩を叩いてやりたくなる(学生時代に学んだことは忘れてしまったが、夏休みが終わってしまう気持ちだけは、昨日のことのように覚えている)。
だが、彼らには気の毒なことを言わねばならない。私のショートショートを読んでも、宿題は一ミリも減らない。それどころか、読み終えたあとに待っているのは、藁にもすがる思いでたどり着いた先が藁ですらなかった、という後味の悪さである。助けを求めて扉を叩いたら、そこがどういう場所だったか——それは読んでのお楽しみとしておくが、少なくとも救いのある話ではない。藁どころか落とし穴だったわけである。申し訳ない気持ちと、しめしめという気持ちが、半々に湧いてくる(この半々の配合に、私の人としての欠陥がある)。
もっとも、代行してほしいのは彼らだけではない。私だってしてほしい。歯医者。妻の愚痴の聞き役。人間ドックのバリウム。妻の愚痴の聞き役。町内会の奉仕作業。妻の愚痴の聞き役。庭の草刈り。そして妻の愚痴の聞き役。並べてみると、妻の愚痴の聞き役が異様な頻度で登場するが、これは誤植ではない。実際にそれくらいの頻度で発生しているのだ。むしろ控えめに書いたほうである(本当はあと十四回ほど入れるつもりだったが、読者がうんざりしてこのエッセイを閉じる姿が見えたので、泣く泣く削った)。
こうして並べてみて、思いがけず逆の真実に突き当たった。代行してほしくないことを探すほうが、はるかに難しいのである。振り返れば、私の一日はほとんどが、できれば誰かに押しつけたい用事の寄せ集めでできている。人生とは、代行してほしい事柄を全て寄せ集めたものらしい。認めたくはないが、認めるほかない。
では、絶対に代行してほしくないものは何か。ずいぶん考えて、二つだけ見つかった(たった二つしかなかった、というところにも、私の人としての欠陥がある)。昼寝と、風呂上がりのアイスである。この二つばかりは、他人にやってもらっては意味がない。昼寝を代行してもらったら、眠いのは私のままだ。アイスを代行で食べてもらったら、ただ私のアイスが消えるだけである。
——と、ここまで書いて、私は重大な事実に思い当たった。アイスのほうは、わざわざ代行を頼むまでもない。とっくに妻が代行してくれているのだ。風呂から上がって冷凍庫を開けると、あるはずの場所にぽっかりと空白が広がっている。犯人を推理する必要はない。容疑者は一人しかいないし、その一人は台所で素知らぬ顔をしている。証拠を突きつけたところで、返ってくるのは反省ではなく新たな愚痴だと分かっているので、私は黙って冷凍庫を閉じる。つまり私は、頼んでもいないのに、この世で最も代行してほしくないことだけを、先回りして丁寧に代行されているわけである。
世の中は、どうやら私の意向とはまるで無関係に回っているらしい。先週のスキも、冷凍庫のアイスも、私の許可を待たずにどこかへ消えていく。こうなると、せめてあのコングラボードだけは、もうしばらく画面に留まっていてほしいと願わずにいられない(あれだけは、いくら妻でも食べられないだろう)。

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