貴重な資料は誰かが守らねばなりませんーでは集めた責任上、中の人がやりましょう
戦時下資料を集めていると一口に言っても、実は敗戦後、2026年は81年も経過しているのですね。100年前となると1926年、昭和元年ですので、昭和期の最も激動していった1945(昭和20)年までについては、100年ー81年前のものとなります。戦時下資料といっても、幅は広く、2025年8月の展示会は「戦前80年展」と銘打って161年前(現在は162年前)の品まで収集しました。
中の人が集めているのは、主に庶民の生活に近い所にあった印刷物となります。紙資料となりますと、厄介なのはカビと酸化です。カビはもちろん、後利用を困難にさせます。紙が酸化すると柔軟性を失い、やがては割れて崩れてしまいます。つまり、湿気と空気の問題になります。各地の図書館や資料館で学んだところ、こうした資料は燻蒸で虫を退治し、脱酸処理までやって、その後は中性紙の間に挟んで空気の入れ替わりがある場所で保存する、といったことをやっております。
個人のレベルでは、大規模な脱酸処理はできず、ファイルや袋に入れて空気が紙の面全体に触れないようにしつつ、密閉はせず、一定の湿度も保てるようにします。中の人は大量の紙資料を自宅で保管していますが、人が生活しやすい環境は資料の保存にもよく、なおかつ、自宅は梁をさらけ出した木材多用の家ですので、木の調湿作用にも助けられています。
とはいえ、入手時点で劣化がひどいものは、どうにもできませんので、プロに補修してもらうしかありません。お金はかかりますが、100年近く前の品物が残っているだけで奇跡的なので、せっかくご縁で来たものを何とかするのは、集めた人の責任と思って努力しています。下リンク先は、業者に依頼した裏打ちで補修や補強をした双六です。
こちら、1938(昭和13)年の酒の品評会で優秀な成績を収めたことをアピールする佐賀県浜町(現・鹿島市)の岩永第二酒造場の「端麗」のポスターが、歩哨の兵士や複葉機入りの軍国仕上げです。劣化が進まないよう、袋に入れて大型のボール紙の板でいくつかのポスターと一緒に挟んで密閉していますが、劣化そのものは改善しません。

現在、酸化が進んでいて、紙の端の方から割れてきています。ちょっと扱いを誤ればすぐ断裂するとみてよいでしょう。危なっかしくて扱えませんので、裏打ちすることにしました。

こちら、テレビ番組の製作会社の要望で引っ張り出して、かなり劣化が進んでいることに気づいた富国徴兵保険のポスターです。同社は1923(大正12)年の創立で、1928(昭和3)年に契約高1億円に達していますので、基金300万円といえば、まだ創業間もないころのもの。1923-24年ごろのものではないでしょうか。100年以上前のポスターです。デザインも古めかしさがあります。

当初から巻の外側を中心に酸化が進んで劣化していましたが、あらためて見ますと、やはり状態は酷いですね。これほど劣化したモノを無理に伸ばすとまた問題がありますので、いかんともしがたく。

徴兵保険と、以前撮影したポスターの写真はこちらをどうぞ。この時点で、これぐらい劣化していたようです。
そしてこちら。労務調整令のポスターです。日中戦争が勃発した翌年の1938年、国家総動員法が通過して国民を統制するさまざまな法律が造られていきました。太平洋戦争下の1942年施行の労務調整令もその一つで、重要産業で働く工員が家業に戻ることを防ぐといった、従来の登録にさらに強制性を与える内容でした。

こちらのポスターは、平面ではありますが、折れや割れがあちこちに入っていて、扱いが難しいものです。こういう状態ですと、袋からの出し入れで破損することもあります。


労務調整令を始めとする、戦時下の個人情報把握については、下のリンク先をごらんください。
この3枚は、至急に対策が必要ですので、裏打ちの補修を依頼します。自分の手元に来たところで使い物にならなくさせるわけにはいきません。それこそ、集まってくださったモノに申し訳ないです。立派に直ったら、また報告させていただきます。
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こちらは、自分で手探りで行ったもの。ある程度はましになったものの、相変わらず塗料が少しずつ剥げますので、あまり持ち出さないようにしています。
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