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[日本人] 8300年前の彼女は、すでにお米以外のデンプンを愛していた——古代ゲノムが明かす「日本人」という混血の奇跡



こんにちは、葦原翔です。

深夜にふと小腹が空いて、キッチンで焼き芋やポテトチップスに手を伸ばしてしまうとき。私たちは密かに小さな罪悪感を覚えます。

なぜ、私たちの身体はこれほどまでに「デンプン」の甘みと香ばしさを求めてしまうのでしょうか。単なる意志の弱さだと自分を責める必要はありません。

実はその欲求は、今から8,300年前の日本列島に生きていた一人の女性から、脈々と受け継がれてきた愛しい遺伝子の記憶かもしれないのです。

【導入】キッチンから始まる、8300年前との対話

日本の土壌は、古代の遺物を残すにはあまりにも過酷な環境です。火山国ゆえの強い酸性土壌と温暖多湿な気候は、骨やDNAを加水分解し、容赦なく砕き去ってしまうからです。

そのため、日本の考古学において「古代人の完全なゲノム解読」は、半ば諦められた夢のような領域でした。従来の技術では、細切れになったわずかなDNAの破片を拾い集めるのが限界だったのです。

しかし2024年、金沢大学の石谷孝二氏らを中心とする研究チームが、『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』に発表した成果は、世界の人類学界を激震させました。

彼らは、約8,300年前(縄文時代草創期)の女性「IY1」と、約2,300年前(弥生時代中期)の男性「DO」の2体から、奇跡的な保存状態のDNAを抽出することに成功したのです。

達成されたゲノムカバレッジは、IY1が約67倍、DOが約46倍。これは古代DNA研究の世界では異次元の数値であり、現代人の臨床検査と同等かそれ以上の精度で遺伝情報を読み解けることを意味します。

酸性の土というタイムカプセルの破壊者を破り、8,300年の時を超えて蘇った彼女のゲノムは、私たちが学校で習ってきた「日本人のルーツ」に関する歴史観を、優しく、しかし根本から塗り替えることになりました。


【第1章】教科書が書き換わる——「二重」から「三重」へ揺れる日本人のルーツ

私たちが学校の社会科で習った「日本人の成り立ち」を覚えているでしょうか。

かつて列島に住んでいた狩猟採集民の「縄文人」のもとへ、大陸から稲作技術を持った「弥生人」が渡来し、両者が混ざり合って現代の日本人が出来上がった。いわゆる埴原和郎氏が提唱した「二重構造モデル」です。

シンプルで分かりやすく、どこか美しくもあるこのストーリーを、私たちは疑うことなく信じてきました。

しかし、今回のDO(弥生人)を含む高精度な古代ゲノムデータの解析は、その物語が少し単純すぎたことを教えてくれます。現在、ゲノム科学が描き出しつつあるのは「三重構造モデル」と呼ばれる新しい歴史の骨組みです。

縄文という最初の集団に対し、弥生時代にやってきた第2の波(東北アジア系)、そして古墳時代以降にやってきた第3の波(漢民族に近い東アジア系)という、大きく分けて3つの系統が波状的に合流したという仮説です。

今回の弥生男性DOのゲノムを詳細に分析すると、アムール川流域、内モンゴル、山東省など、大陸の複数の古代集団の遺伝的要素が複雑に交差していることが確認されました。

つまり「弥生人」という単一のパッケージが海を渡ってきたのではなく、ユーラシア大陸の各地から、何世代にもわたって多角的に人々が移動し、交配を繰り返していたのです。

「純粋な単一民族」という言葉は、物語としては魅力的かもしれません。しかしゲノムが明かす真実は、日本列島が古くからユーラシアの東の果てに位置する「人々の巨大なターミナル(交差点)」であったという事実です。

私たちはどこか一箇所からやってきた血統を守り抜いた存在ではなく、果てしない交雑と移動の歴史の果てに生まれた「奇跡のハイブリッド」なのです。

【第2章】ヨーロッパの常識を覆した「デンプン好き」の縄文人

しかし、今回の研究において考古学者や分子生物学者たちが最も目を見張り、声をあげて驚いたのは、実は移住のルートそのものよりも「彼女の胃袋の記憶」についてでした。

ヒトの唾液に含まれるデンプン分解酵素「アミラーゼ」をつくる遺伝子を、私たちは AMY1 と呼びます。この遺伝子の数は個人差が大きく、ゲノムの中に2個から15個ほどのコピー(重複)として存在しています。

これまでの世界的通説(特にヨーロッパの人類学)では、「人類は1万年前以降に農業(小麦や米の栽培)を始めたことでデンプンを多く摂るようになり、それに適応して AMY1 のコピー数を増やした」と考えられていました。

つまり、「農耕の開始」が先であり、「遺伝子の変化(デンプン消化能力の獲得)」が後であるという順番です。

ところが、約8,300年前の縄文女性IY1のゲノムを解析したところ、彼女は本格的な稲作が伝来する数千年も前であるにもかかわらず、すでに非常に高い AMY1 のコピー数を持っていたことが明らかになったのです。

彼女が生きていた縄文時代草創期は、完全なる狩猟採集の時代です。お米の水田など、どこにもありません。それなのに、なぜ彼女の身体はデンプンを消化する準備を完璧に整えていたのでしょうか。

答えは、縄文人が作っていた「森の食卓」にありました。

縄文人たちは、単に肉や魚を焼いて食べていただけではありませんでした。ドングリ、トチノキ、タロイモやヤマノイモといったデンプン豊富な植物を、驚くべき技術で調理していたのです。

トチノキの実には強い毒(サポニン)が含まれています。縄文人はこれを灰(アルカリ性)と一緒に煮込み、水に晒すことで毒を抜き、安全で栄養価の高いデンプン塊へと変える「化学的アプローチ」をすでに確立していました。

さらに彼らは、土器を使ってデンプンを水とともに煮込み、糊化(α化)させることで、唾液のアミラーゼが最も効率よく働く「ポタージュ」や「お粥」のような状態にして食べていたのです。

つまり東アジアの歴史においては、農耕という社会システムの誕生よりも前に、「アク抜きと煮炊きという調理テクノロジー」が先立ち、それによってデンプン食への遺伝的適応がすでに完了していたことになります。

8,300年前の彼女は、お米こそ知らなかったものの、森の恵みであるデンプンを心から愛し、工夫を凝らして味わう「元祖・食道楽」だったのです。


【第3章】身体に刻まれた歴史——現代人を悩ませる「遺伝子のミスマッチ」

さて、この古代の壮大なドラマは、遠い昔の考古学のニュースとして完結するわけではありません。その遺伝子の対話は、今この瞬間も、私たちの身体の中で続いています。

現代の日本人が抱える体質や、生活習慣病への罹りやすさの背景には、この縄文系と渡来系の遺伝的ミスマッチが深く関わっていることが分かってきました。

例えば「2型糖尿病」です。日本人は欧米人に比べ、それほど太っていなくても糖尿病を発症しやすい傾向があります。これには縄文人の「飢餓適応」が関係していると考えられています。

四季の変化が激しく、採集できる食べ物が時期によって変動した縄文時代、エネルギーを少ないインスリンで効率よく体脂肪として溜め込む「節約遺伝子(スリフティ・ジーン)」を持つ人が生き残りに有利でした。

しかし現代社会になり、高カロリーな食事に囲まれるようになると、このかつての「優秀な生存システム」が裏目に出てしまいます。膵臓が過酷な脂肪蓄積に耐えかね、インスリンの分泌を早期に諦めてしまうのです。

また、お酒の強さ(アルコール分解酵素 ALDH2 の働き)もわかりやすい例でしょう。

縄文人のゲノムを調べると、彼らはほぼ100%「お酒に強い体質(高活性型)」をしていました。一方、お酒を飲むと顔が赤くなる、あるいは全く飲めない「下戸遺伝子」は、後に東アジアの大陸部で発生し、弥生時代以降の渡来人によって列島へ持ち込まれました。

現代の日本国内で、沖縄や東北、鹿児島など縄文の遺伝的要素が比較的強く残る地域にお酒に強い人が多く、近畿や中部など渡来人の影響が強かった地域にお酒が弱い人が多いのは、古代の移住の波がそのまま地図に描かれているからです。


【第4章】進化とは「ハイブリッド」であるということ

こうして見つめ直してみると、私たちの身体とは、決して単一の設計図で作られたものではないことに気づかされます。

お酒に弱く、甘いものが好きで、少し太ると血糖値が気になってしまう。そんなあなたの体質のひとつひとつは、欠陥でも何でもありません。

それは、極寒の氷期や森の厳しい環境をアク抜き技術とデンプン食で生き抜いた「縄文の彼女」の記憶と、大陸の大移動を乗り越え新しい農耕社会を切り拓いた「弥生の彼」の記憶が、あなたの中で握手を交わしている証なのです。

生き物にとって「進化」とは、純血を守ることではなく、異なるものを取り込み、交ざり合い、変化する環境に柔軟に適応していくプロセスのことを指します。

日本列島という島国は、ユーラシアの大陸からやってきた多様な血と技術を受け入れ、それをブレンドすることで、幾多の気候変動や環境の変化を乗り越えてきました。

混ざり合うこと、多様であること。それこそが、私たちの命をここまで繋いできた一番の強みなのです。

【結論】お茶碗一杯のご飯を眺めながら

今夜、もしあなたが温かいお茶碗一杯のご飯を食べたり、香ばしく焼けたサツマイモを口にしたりすることがあれば、ほんの少しだけ8,300年前の彼女に思いを馳せてみてください。

「あなたがデンプンを美味しく食べる技術を見つけてくれたおかげで、今日も私は元気に生きていますよ」と。

私たちが何気なく日常で味わっている美味しさの裏には、時空を超えたゲノムの壮大な旅路と、生きるための愛おしい工夫が、今も優しく息づいているのです。

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