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「決定的瞬間」は、待つ人の言葉だった

『こころの眼』|
50代からの写真教養 第2章

大晦日の夜から元日の朝まで、海辺で太陽を待ったことがあります。

場所は葛西臨海公園。日の出は午前6時50分。私が現場に入ったのは前の晩でした。海からの風が吹きつける真っ暗な浜辺で、三脚を立て、暖かい格好をして、ただ待つ。アウトドアチェアと寝袋を持ち込んで「待ち」の体制に入っている人までいました。

そうやって過ごした何時間かのあと、シンデレラ城のあたりから最初の光がキラリと見えて、次の瞬間、あたりが一斉に黄金色になりました。

黄金色でいられた時間は、ほんの数秒です。

そのときのことは、noteに書きました。


第1章では「日常の中に美しさがある」という話を書きました。この章は、その真逆にあたる、年に一度の特別な朝の話です。それでも私がそこで学んだことは、たぶん同じ方向を向いていました。

その学びに名前をつけてくれたのが、アンリ・カルティエ=ブレッソンという写真家の本でした。


カルティエ=ブレッソンという人

アンリ・カルティエ=ブレッソン(Henri Cartier-Bresson, 1908–2004)
フランス生まれ。もともとは画家を志し、パリでアンドレ・ロートに絵を学んだ。1930年頃から写真に取り組みはじめ、小型のライカに50mmレンズをつけて世界中の街を歩いた。1947年、ロバート・キャパらとともに写真家集団「マグナム・フォト」を創設。20世紀を代表する写真家として知られるが、晩年は写真の第一線を離れ、ふたたび素描の仕事に戻っていった。
邦訳のエッセイ集『こころの眼 写真をめぐるエセー』(堀内花子訳・岩波書店)で、自身の写真観を語っている。

彼の名前を知らなくても、「決定的瞬間」という言葉なら聞いたことがある方は多いと思います。水たまりを飛び越える男の足が、まさに水面に触れる直前。あの一枚です。

私はずっと、この人を「反射神経の天才」だと思っていました。動体視力が並外れていて、コンマ数秒を仕留められる人なのだと。

でも、それは誤解でした。しかも、かなり有名な誤解です。

「決定的瞬間」は、誤訳から生まれた

1952年に出版された彼の写真集は、フランス語の原題を『Images à la sauvette』といいます。直訳すると「逃げ去る構えで撮られた写真」。

これが英語版になったとき、『The Decisive Moment』というタイトルがつきました。日本語では『決定的瞬間』。世界中に広まったのは、この英語版の呼び名のほうでした。

原題と訳題は、まるで印象が違います。原題は「するりと逃げてしまうものを、なんとか」というニュアンス。訳題は「決定的な一瞬を仕留めた」という宣言です。

つまり彼は、本人がそう名乗ったわけでもないのに、「瞬間の狩人」として世界に売り出されてしまった。そして実際に彼がやっていたことは、名前の印象とはずいぶん違いました。

一枚の写真のために、同じ場所に何日も通う。壁の前に立って、そこを誰かが通りかかるのを待つ。光と、線と、人の配置が、すべて揃うのを待つ。

『こころの眼』を読んで、私はこの言葉に立ち止まりました。

写真を撮るとは、頭と眼とこころが一本のおなじ照準線上(にあること)。

『こころの眼 写真をめぐるエセー』

頭と眼とこころ。三つが、たまたま同時に揃う瞬間。

すぐに揃うはずがありません。だから、待つのです。「決定的瞬間」とは、素早さの話ではなく、待つ人の言葉でした。

私が待っていた、あの何時間か

そう気づいてから、あの元日の夜のことを、私は違うふうに思い出すようになりました。

正直に言えば、待っている間はずっと退屈でした。日の出まで時間がありすぎたので、星を撮ってみました。20分ほど露光したところで、近くを通った人が三脚の脚をコツンと蹴って、星の軌道はきれいにズレました。そのうえ足元が暗いので、みんなライトを点けて歩いてくる。その光が写り込んで、結局まともな星の写真は撮れませんでした。

深夜より、日の出前がいちばん寒いということも、その日に知りました。

でも、あの何時間かがなければ、あの数秒には立ち会えなかった。

そして待っている間に、私はいろいろなものを見ています。夜の海に映り込んだホテルのあかり。空が白むにつれて、そのあかりが薄れて、代わりにシンデレラ城のシルエットが浮かび上がってくる過程。太陽が昇りきったあと、振り返った西の空で、雪をかぶった富士山が朝日に染まっていたこと。

待ち時間は、目的地までの空白ではありませんでした。あれ自体が、その日の中身だったのだと思います。

もうひとつ、あの朝に気づいたことがあります。太陽は、思っているよりずっと速く動きます。何時間も待たせておいて、いざ始まると、こちらの都合などおかまいなしに進んでいく。

待つことと、素早いこと。この二つは対立しません。長く待った人だけが、来たときに動けるのです。

「もっと早く」を手放す

50代になって、私が少しずつ手放してきたものがあります。「もっと速く」です。

若い頃は、速いことが正しさでした。すぐに結果が出ること、短時間でたくさんこなせること。時間がかかるのは、能力が足りないからだと思っていました。

写真を続けていると、それが違うとわかってきます。花が開くのは花の都合です。光が回るのは光の都合です。こちらがどれだけ焦っても、一分も早くなりません。できるのは、そこにいることだけ。

カルティエ=ブレッソン自身、決して一本道の人ではありませんでした。画家を志して絵から始まり、二十代で写真に移り、そして晩年にはまた素描に戻っています。人生の後半で、もう一度筆を持ち直した人です。

早く決めることが偉いのなら、こういう生き方はできません。

急がない人生は、遅れている人生ではない。彼の道のりを見ていると、そう思えてきます。

こんな人に読んでほしい

『こころの眼』は、写真の教則本ではありません。撮影データも、設定の話も出てきません。写真について考えた人の、静かな随筆です。

それでも、結果がなかなか出ないことに焦っている方、まわりの速度に自分を合わせようとして疲れている方、そして何かを始めるには遅すぎると感じている方に、開いてみてほしいと思います。

急がないことは、諦めることではありません。この本は、そのことを言葉で示してくれます。

おわりに

あれから、撮れずに帰る日を、以前ほど失敗だと思わなくなりました。

光が来なかった日。花がまだ開いていなかった日。猫が気まぐれで、こちらを見てくれなかった日。かつての私はそういう日を「無駄足」と呼んでいました。

今は、そこにいた時間のほうを覚えています。

あの元日、私は何時間も海風の中に立っていました。星の写真は撮れませんでした。でも、空が白んでいく順番も、人々の歓声も、振り向いた先の富士山も、全部あの日の私が受け取ったものです。

待った時間は、写真に写りません。

でも確かに、写真の中にあります。

 今日からできること

今度カメラを持って出かけたら、シャッターを切ったあと、すぐにその場を離れないでみてください。

三分でいいので、同じ場所に立ってみる。雲が動いて光が変わるかもしれないし、誰かが通りかかるかもしれない。何も起きないかもしれません。

それでも、その三分は無駄になりません。「頭と眼とこころ」が揃うのを待つ練習は、その三分から始まります。

急がなくていい。それが、カルティエ=ブレッソンが私に教えてくれたことでした。



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