今夜の夜凪号|船内日誌 #111「限界海域」
夜だった。
星漢号は、
危険区域へ足を踏み入れていた。
🚢(ごぅ――。)
エンジン音だけが、
荒れる海へ響く。
風はさらに強くなり。
雨は、
前を見ることすら許さなかった。
⚓一般船員
「視界、三十メートル!」
「これ以上確認できません!」
⚓一般船員
「横波、来ます!」
ドォォン――!!
船体が大きく傾く。
甲板の船員たちは、
必死に身体を支えた。
⚓一般船員
「うわっ!」
「踏ん張れ!」
荷物が滑る。
ロープが軋む。
雨が容赦なく叩きつける。
🌊船長
「機関!」
⚓一般船員
「出力維持!」
「異常ありません!」
その声とは裏腹に。
誰の表情にも、
余裕はなかった。
🌊古参船乗り
「……こんな海。
三十年乗ってて初めてだ。」
その一言に、
若い船員たちの表情が強張る。
ベテランですら、
経験したことがない海。
それが今、
目の前にあった。
🌊船長
「ナオ、現在位置は。」
ナオは、
濡れた海図へ目を落とす。
風向き。
潮流。
現在位置。
何度も確認し。
静かに答えた。
🌙月夜乃ナオ
「……限界海域です。」
船内が静まり返る。
誰もがその言葉の意味を知っていた。
ここから先は。
海図どおりには進めない。
風も。
波も。
すべてが予測を外してくる。
まさに。
海が支配する海域だった。
ドォォン!!
また大きな波。
船体が浮き上がる。
⚓一般船員
「船長!」
「これ以上は!」
誰かが思わず叫ぶ。
しかし。
船長は答えない。
ただ……。
ナオを見る。
ナオは、
窓の向こうを見つめていた。
🌙月夜乃ナオ
「……まだ進めます。」
静かな声だった。
その言葉に。
🚢(ごぅ……。)
星漢号が、
力強く応える。
その時だった。
見張り台から、叫ぶ声が響く。
⚓一般船員
「船影!」
「前方に船影!」
全員が前を見る。
雷が走る。
一瞬だけ。
荒れ狂う波の向こうに。
黒い船影が浮かび上がった。
そして。
また闇へ消える。
船名はまだ見えない。
それでも。
誰もが分かった。
救難信号の主だ。
星漢号は、
さらに速度を上げた。
🚢(ごぅ――!!)
蒼灯が。
嵐の海を、
まっすぐ照らし続けていた。
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