今夜の夜凪号|船内日誌 #110「荒海」
夜だった。
港を離れた星漢号は、
黒い海へ船首を向けていた。
🚢(ごぅ――。)
力強いエンジン音が、
荒れる海へ響いていく。
蒼灯だけが、
闇の中を青白く照らしていた。
波が高い。
風も強い。
視界は雨に遮られ、
数十メートル先すら見えない。
ドォン――!
大きな波が船首へ叩きつけられる。
船体が大きく揺れた。
⚓一般船員
「うわっ!」
思わず身体を支える。
機関室から声が飛ぶ。
⚓一般船員
「機関、異常ありません!」
「出力、安定しています!」
見張り台では。
⚓一般船員
「前方視界、ほとんどありません!」
「波で確認できません!」
通信担当も、
無線へ呼びかけ続けていた。
⚓一般船員
「こちら星漢号!」
「応答願います!」
ザー……
返事はない。
雑音だけが流れる。
船長は、
静かに前方を見つめていた。
🌊船長
「ナオ、進路は。」
ナオは海図と羅針盤へ目を落とす。
風向き。
潮流。
波の高さ。
ひとつずつ確認する。
🌙月夜乃ナオ
「予定航路を維持します。」
「このまま進めば、
危険区域まで、およそ四十分です。」
船長は静かに頷く。
🌊船長
「了解。」
その時だった。
ドォォン!!
今までで一番大きな波が、
船体を持ち上げる。
甲板では船員が手すりへしがみつく。
⚓一般船員
「こんな波……!」
🌊古参船乗り
「まだ序の口だ。」
そう言った古参船乗りも、
手すりを握る手には力が入っていた。
⚓一般船員
「え……。」
🌊古参船乗り
「危険区域は、
こんなもんじゃねぇ。」
その言葉に、
船内が静まり返る。
ナオは窓の外を見る。
雨。
風。
黒い海。
蒼灯だけが、
迷いなく前を照らしている。
🌙月夜乃ナオ
「……星漢号。」
静かな呼びかけ。
🚢(ごぅ……。)
力強いエンジン音が返る。
その音だけが、
船内のみんなを安心させていた。
誰も口にはしない。
それでも。
乗組員全員が、
心のどこかで思っていた。
『星漢号なら。』
『夜蒼の月なら。』
きっと、助けられる。
その想いだけを胸に。
星漢号は、
嵐の中心へ向かって進み続けていた。
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