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ニッポン再発見-異邦人のまなざし-(東洋文庫ミュージアム)

3月11日の午後2時過ぎに、文京区の東洋文庫ミュージアムで開催されている展示を見て来ました。
Shortly after 2:00 p.m. on March 11, I went to see the exhibition currently on display at the Tōyō Bunko Museum (Oriental Library) in Bunkyō Ward.



2011年3月11日(金)

🙏
15年前の殆ど同じ時間には、隣のビルが揺れているのが明らかに判る中、 港区青山の高層ビルの19階で椅子が転がりまわるオフィスで船酔い状態で机の下にいました…😱
実際に被災された方々の筆舌に尽くし難い苦労や救助活動に専念された皆様が直面した困難に比較すれば全く掠り傷ですらありませんでした。

At almost exactly the same time 15 years ago, while the building next door was visibly shaking, I was huddled under my desk in an office on the 19th floor of a high-rise in Aoyama, Minato Ward, feeling as if I had seasickness as chairs rolled around the room…😱
Compared to the indescribable hardships endured by those directly affected by the disaster and the unfathomable difficulties faced by everyone dedicated to rescue efforts, what I experienced was nothing more than a minor scratch.

It is nothing short of shameful that the person, infamous with "蛸踊り🐙” at la Casa Blanca (en EE.UU.), who paid no heed whatsoever to such a national crisis should be in power.


東洋文庫ミュージアムでの展示

膨大な点数の展示ではありませんでしたが、非常に教育的な内容であったと感じています。
その中から幾つかについて書きますが、拙文の影響により印象が悪くなるのは本意ではないので、この展示が以下のように構成されている旨を付記しておきます:

  1. 書物のなかの「日本」を探す

  2. いざ、日本へ‐ヨーロッパ世界と日本との対面

  3. 日本を探検・探求する

  4. 異邦人が目撃した幕末

  5. 旅して暮らして記録して-明治日本紀行


安政の大地震

決して大きく扱われてはいませんでしたが、記憶に残っています。
(私の脳が勝手に記憶を作り出していたらご容赦の程🙇)
1855年11月、丁度ロシアの遣日全権使節 Yevfimiy Vasilyevich Putyatin (Евфи́мий Васи́льевич Путя́тин) が日本に滞在していた時に起きた地震で、当然海外でもこの地震のことが伝わっています。

東洋文庫では2017年に
    『ナマズが暴れた!?安政の大地震展』
を開催しています。


ロンドン万博を視察する日本使節団

パリ万博

所蔵書より

日本滞在記 タウンゼント・ハリス 1930年
一外交官のみた明治維新 アーネスト・サトウ 1921年
(左)イスラーム世界 アブデュルレシト・イブラヒム
(中)旅行者のための中日本・北日本旅行案内 アーネスト・サトウ
, アルバート・ホーズ
(右)東京・日光散策 エミール・ギメ
フランス人画家ビゴーの眼を通した明治のニッポン
NIPPON シーボルト
日本風俗図誌 イサーク・ティツィング 1822年
(左)『ジョン・セーリスの航海日記』ジョン・セーリス 1617年
(中)『日本誌』モンタヌス 1669年
(右)『ウィリアム・アダムズの書簡 』ウィリアム・アダムズ 1706年
(左)羅西日辞書 (右)伊達政宗遣欧使節記
東方見聞録
テュルク諸語集成
海東諸国記
川口慧海に下賜されたチベット大蔵経

ちりめん本

とても小さなことですが、今回の東洋文庫ミュージアムでの展示に明治初期のちりめん本が含まれており、その中に花咲かじいさんの話がありました
(上段左):

こちら⬆️の素敵な記事の内容を、投稿される数時間前に見ていたような感じです。
Déjà vu links to the future😎


補足

Kâtip Çelebi(キャーティプ・チェレビー) の "Cihânnümâ" / "View of the World"『世界の鏡』

Map of Japan from the 1732 Cihannuma by Cambridge University Library
(via Wikimedia Commons)

私のメモに「キャーティプ・チェレビの『世界の鏡』」と残されていますが、写真を撮った形跡がありません。
詳しくは以下をご参照下さい:

Dīwān Lughāt al-Turk ("Compendium of the languages of the Turks") テュルク諸語集成

『テュルク語集成』に収められたマフムード・カーシュガリー Mahmud al-Kashgari の世界地図(1072年・イラク)

東を上に向けたこの地図の最上部の半円で囲われた島に
    「Japarqa(ジャーバルカー)
という地名が書かれており、これが日本であると考えられています。

上記のマフムード・カーシュガリーの世界地図の例を除き、中世イスラームにおける日本は「ワクワク」(Waqwaq 又は al-Wakwak)の名で登場します。
ワクワクというのは東方にあると考えられていた土地で、9世紀のイブン・フルダーズベ Ibn Khordadbeh による地誌
    『諸道と諸国の書』”The Book of Roads and Kingdoms
内に見られる記述が確認されている最古のものです。
同書によるとワクワクは中国の東方にある黄金に富んだ地とされています。
中国の東方という位置と、ワクワクの名を「倭国」に由来するものだとする考えからこれが日本であると考えられています。

Map Freak: https://map-freak.com/japan-in-foreign-oldmaps1/

尚、上記 Ibn Khordadbeh に関して以下の記述があります:

Ibn Khordadbeh clearly mentions Waqwaq twice: East of China are the lands of Waqwaq, which are so rich in gold that the inhabitants make the chains for their dogs and the collars for their monkeys of this metal. They manufacture tunics woven with gold. Excellent ebony wood is found there. And again: Gold and ebony are exported from Waqwaq.

https://en.wikipedia.org/wiki/Ibn_Khordadbeh

注意深く読むと「ワクワクは中国の東方にある黄金に富んだ地」とされていますが、Wikipedia ではワクワクが日本であるとの同定はされていません。

Tabula Rogeriana - Al-Idrisi's map

Map Freak には以下の記述があります:

そしてワクワクの地名が見られる最古の地図として、アル=イドリーシーの「タブラ・ロジェリアナ」が挙げられます。

Map Freak: https://map-freak.com/japan-in-foreign-oldmaps1/

そしてこれが Tabula Rogeriana⬇️

Carte générale du globe tirée de la géographie d'El-Edrisi (Wikimedia Commons)

但し、少し調べた限りでは Tabula Rogeriana に関する以下の記事には Wakwak 或いは Waqwaq という地名は一切登場しません:

✳️al-Idrisi and Roger II: Mapping The World in the 12th Century
https://factumfoundation.org/our-projects/digital-restorations/re-creating-the-lost-map-of-al-idrisi/al-idrisi-and-roger-ii-mapping-the-world-in-the-twelfth-century/

✳️The Charta Rogeriana: a reappraisal of the making of al-Idrīsī's world map of 1154 and its dissemination
https://www.maphistory.info/ChartaRogeriana.html

尚、al-Wakwak
https://en.wikipedia.org/wiki/Al-Wakwak
には以下の記述があります:

Al-Idrisi's world map from 1154. Al-WaqWaq is shown in the southeast near the left-hand side of the map.

al-Wakwak

Wāḳwāḳ https://shawkutis.weebly.com/waqwaq.html という記事はこの地名に関する研究を説明していますが、かなり慎重です。

倭国が古い時代に外国からどのように見られていたのかはとても興味深いのですが、何かの記述があったにせよ、言い伝えを基にしているはずなので、ファンタジーの域を出ないのではと感じています、IMHO🤔


Georges Ferdinand Bigot

以下が参考になります:

🟪



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