陸軍省検閲済「衛生及救急法」(其七)
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第四章 ガス
第百十三 「ガス」ニハ眼ニ沁ミテ涙出ルモノ、鼻、咽、肺ニ沁ミテ咳出デ息苦シクナルモノ、噴嚏(クシヤミ)出《イ》デ嘔吐スルモノ、直ニ中毒ヲ起シテ脚麻痺(シビレル)シ又ハ昏迷(キガトホクナル)スルモノ或ハ皮膚糜爛(タダレル)シ水疱ヲ生ズルモノアリ
多クハ臭氣(クサミ)アリテ白、黄、緑等ノ煙状ヲナスモ又臭、色共ニナキモノアリ
又液體或ハ固體ニシテ長ク「ガス」ヲ發生スルモノアリ「ガス」ハ通常空氣ヨリモ重ク地面ニ沿ヒテ風ノ方向ニ流レ又ハ凹地ニ溜ルヲ例トス
(現代語訳)
第百十三 「ガス(毒ガス・化学兵器)」には、目に沁みて涙が出るもの、鼻・のど•肺に沁みて咳が出て息苦しくなるもの、くしゃみが出て嘔吐するもの、直ちに中毒を起こして脚が麻痺し、または昏迷するもの、あるいは皮膚に糜爛(ただれ)をおこし、水疱を生じるものがある。
多くは臭気があって、白、黄、緑などの煙状をなすものであるが、また匂いも色も共にないもの(無色無臭のガス)もある。
また、液体あるいは固体であって、長く「ガス」を発生し続けるものもある。
ガスは通常、空気よりも重く、地面に沿って風の方向に流れ、または凹地(くぼ地)に溜まるの特徴とする。
第百十四 防毒面ハ常ニコレヲ檢査シ破損及適合ニ注意シ又度々ソノ裝著法及呼吸ノ仕方ヲ練習スベシ
(現代語訳)
第百十四 防毒面(ガスマスク)は、常にこれを検査し、破損がないか、また適合しているかに注意し、また度々その装着法および呼吸の仕方を練習するべきである。
第百十五 「ガス」攻撃ヲ受ケタルトキハ沈著(オチツキ)ヲ旨トシ徒ニ聲ヲ出シ又ハ騷グコトナク速カニ呼吸ヲ停止(トメル)シ且確實ニ防毒面ヲ裝ヒ静カニ深ク呼吸スベシ、地上ニ臥スハ宜シカラズ
防毒面ヲ用ヒ得ザルトキハ手拭、襟布ノ類ヲ水ニ濕シヨク顔ヲ包ミ更ニ外套、携帯天幕等ニテ頸ヨリ上ヲ纏ヒ静ニ緩ク呼吸シ「ガス」ノ通過シ終ルヲ待ツベシ
咄嗟ノ際ニハ草又ハ藁(殊ニ濕リタルモノハ效果アリ)等ヲ積ミタル中ニ埋リ又ハ青草、木炭、濕リタル鋸屑等ノ中ニ顔ヲ入レ或ハ軍帽ニ土ヲ塡メコレヲ顔ニ當テ呼吸スルモ可ナリ
(現代語訳)
第百十五 「ガス(毒ガス)」による攻撃を受けたときは、沈着を第一とし、いたずらに声を出したり大騒ぎしたりしてはならない。
速やかに呼吸を止める、かつ確実に防毒面(ガスマスク)を装着し、静かに深く呼吸するべきである。地面にうつ伏せになってはならない。
防毒面を使用することができないときは、手ぬぐいや襟布の類を水で湿らせて顔をよく包み、さらに外套や携帯天幕などで首から上を覆い纏い、静かに緩く呼吸して、ガスが通り過ぎるのを待つべきである。
咄嗟の際には、草や藁(特に湿っているものは効果がある)などを積み上げた中に埋もれる、または青草、木炭、湿った鋸屑などの中に顔を突っ込む、あるいは軍帽に土を詰め、これを顔に当てて呼吸するのもよい。
第百十六 「ガス戰」ノ後ニハ被服ヲ叩キ又ハ風ニ曝シ「ガス」ヲ消散(チラス)セシムベシ
皮膚ヲ傷害スル「ガス」ニ觸レタル者ハ指揮官ノ指圖ニ從ヒ處置スベシ
「ガス」通過セル後ニテモ命令アルマデハ防毒面ヲ脱グベカラズ
負傷セルトキモ亦防毒面ヲ脱グベカラズ
(現代語訳)
第百十六 「ガス戦」の後には、衣服を叩き、または風に曝して、付着した「ガス」を消散させること。
皮膚を傷害するガス(糜爛性ガスなど)に触れた者は、指揮官の指示に従って処置する。
ガスが通過し終えた後であっても、命令があるまでは防毒面(ガスマスク)を脱いではならない。
負傷したときも、また防毒面を脱いではならない。
第百十七 「ガス」ニ中レル者ヲ救フニハ次ノ如キ處置ヲ順次ニ速カニ施スベシ
(現代語訳)
第百十七 「ガス」に当てられた者を救うには、次の手順を順序よく速やかに施すべきである。
(一)「ガス」ナキ通風(カゼトホシ)ノヨキ處ニ移シ背囊ヲ卸シ被服ノ緊縛(シメククリ)ヲ除キ静カニ仰臥(アヲムキニネセル)セシメ顔ハ嘔吐(ハク)スルコトアルヲ以テ横向ニスルヲ可トス
(現代語訳)
(一) ガスのない風通しの良い(通風のよき)場所に移し、背嚢(リュックサック)を卸し、衣服の締め付けを解いて静かに仰臥させる。顔は、嘔吐することがあるため、横向きにするのがよい。
(二)「ガス傷者ノ身體又ハ被服ニハ屢々、「ガス」ヲ附著セルタメ防毒面ヲ除クトキハソレ等ヨリ發散スル「ガス」ヲ吸ヒ益々傷害増惡(ワルクナル)スルコトアリ
故ニ「ガス」ヲ吸フ虞ナキニ至リ初メテ防毒面ヲ脱ガシムベシ
(現代語訳)
(二) ガス傷者の身体または衣服には、しばしば「ガス」が付着しているため、防毒面(ガスマスク)を外すときは、それらの衣服などから発散するガスを吸い込んでしまい、ますます傷害が増悪することがある。
そのため、ガスを吸い込む恐れが完全になくなってから、初めて防毒面を脱がせるべきである。
(三)「ガス傷者ノ身體ヲ動カストキハソノ病狀増惡スルヲ以テ輕傷者ト雖モ歩行セシムルコトヲ避ケ静カニ仰臥(アオムケニネセル)セシメ且毛布、外套等ニテ身體ヲ覆ヒ、或ハ「湯タンポ」等ヲ用ヒテ保温(アタタカク)スルコト大切ナリ、稍々恢復スルトモ直ニ運ブコトナク暫クソノ儘靜ニ仰臥(アオムケニネセル)セシメ早ク起シ又ハ歩行セシムベカラズ
失神(キヲウシナヒ)シ又ハ醒メテ忽チ眠ル者ハ生命危シ、故ニ時々喚ビ醒シ監視ヲ怠ルベカラズ
「ガス」傷者ハ全身殊ニ呼吸器(肺)ノ安靜(シヅカニスルコト)ヲ必要トスルヲ|以テ呼吸困難(イキグルシキコト)アルモ一般ニ人工呼吸法ヲ行ハザルモノトス
(現代語訳)
(三) ガス傷者の身体を動かすときは、その病状が増悪するため、軽傷者であっても歩かせることを避け、静かに仰臥させ、かつ毛布や外套(コート)などで身体を覆い、あるいは「湯たんぽ」などを用いて保温することが大切である。
やや回復したとしても、すぐに搬送はせず、しばらくの間はそのまま静かに仰臥させ、早く起こしたり、または歩かせたりしてはならない。
失神し、または意識が覚めてもすぐに眠ってしまう者は、生命が危うい。そのため、時々呼び覚まし、監視を怠ってはならない。
ガス傷者は、全身、特に呼吸器(肺)の安静を必要とするため、息苦しいことがあっても、一般には「人工呼吸法」を行わないものとする。
第百十八 以上ノ外病狀ニ從ヒ夫々次ノ如キ處置ヲナスベシ
(現代語訳)
第百十八 以上のほか、病状に従って、それぞれ次のような処置を施すべきである。
(一)咳出デ息苦シキ者ニハ鹽水又ハ水ヲ飲マシメ指尖等ニテ咽喉(ノド)ヲ刺戟シテ吐カシムベシ、ナシ得レバ熱キ湯茶ヲ飲マシムルヲ可トス
(現代語訳)
(一) 咳が出て息苦しい者には、塩水または水を飲ませ、指先などで咽喉(のど)を刺激して吐かせるべきである。もし行うことができるならば、熱い湯茶を飲ませてもよい。
(二)涙流ルル者ニハ眼ヲ擦(コス)ラシムルコトナク水ニテ洗フベシ、又眼ヲ大キク開キ顔ヲ風ニ當テシムルトキハ痛ヲ減ズ
(現代語訳)
(二) 涙が流れる者には、目を擦らせることなく、水で洗うべきである。
また、目を大きく開き、顔を風に当てさせるときは、痛みを減じることができる。
(三)噴嚏(クシヤミ)頻リニ出ル者ニハ薄キ鹽水又ハ水ニテ鼻及咽喉(ノド)ヲ洗フベシ、嘔吐(ハクコト)アラバ鹽水又ハ水ヲ飲マセ吐カシムベシ
(現代語訳)
(三) くしゃみが頻繁に出る者には、薄い塩水または水で鼻および咽喉(のど)を洗うべきである。
嘔吐があるならば、塩水または水を飲ませて吐かせるべきである。
(四)脚麻痺(シビレ)シ又ハ昏迷(キガトホクナル)セル者ニハ冷水ヲ頭ニ灌ギ心臟部ヲ摩擦(コスル)シナシ得レバ熱キ湯茶ヲ與フベシ
(現代語訳)
(四) 脚が麻痺し、または昏迷している者には、冷水を頭に注ぎ、心臓部を摩擦し、行うことができるならば、熱い湯茶を与える。
(五)皮膚ヲ傷害スル「ガス」又ハ液ノ附著セル皮膚面ハ速カニ先ヅ紙又ハ綿等ヲ以テヨク|吸ヒ取リタル後除毒劑ニテ處置シ決シテ健康皮膚面ヲ共ニ拭クベカラズ。コノ除毒處置ハ早ク行ハザレバ效果ナシ
(現代語訳)
(五) 皮膚を傷害する「ガス」、またはその液体が付着した皮膚面は、速やかに、まず紙や綿などを用いてよく吸い取った後に、除毒剤によって処置すること。決して、健康な皮膚面を一緒に拭いてはならない。
この除毒処置は、早く行わなければ効果がない。
「ゴム」手套ヲ着用セザルカ又ハ之ガ破損セルトキハ救急處置終リテ後手指ノ除毒ヲ行フベシ
除毒劑ナキ場合ハ石油、「ガソリン」、薄キ石灰水又ハ晒粉ヲ水ニテ捏ネタルモノ等ヲ代用スベシ
(現代語訳)
ゴム手袋を着用していないか、またはゴム手袋が破損しているときは、救急処置がすべて終わった後に、自分自身の手の指の除毒を行うべきである。
除毒剤がない場合は、石油、「ガソリン」、薄い石灰水、または晒し粉を水で捏ねたものなどを代用するべきである。
第五章 人工呼吸法
第百十九 人工呼吸法ヲ行フニハ先ヅ次ノ如キ準備ヲナスベシ即チ通風ノヨキ所ヲ選ビ敷クベキ物アラバ敷キテソノ上ニ仰臥(アヲムキニネセル)セシムベシ
衣、襦袢ノ釦ヲ外シ必要アラバコレヲ脱ガシメ、袴ヲ開キ袴下ノ紐ヲ解キ胸ヲ出シテ腹ノ緊縛(シメククリ)ヲ緩メ、被服ヲ畳ミテ高サ約十糎、幅約二十糎位トナシタル枕ヲ作リ、脊ノ下ニ心窩(ミゾオチ)ヲ中心トシテ置キ、肩及頭ヲ低クシ顎下ヲ伸バスベシ
失神(キヲウシナフ)セル者ハ舌落チ込ミテ喉ヲ塞ギ又ハ口ヲ堅ク閉ヅル者多キヲ以テ、救助者ハ先ヅ口ヲ開キ(兩手ノ示指(ヒトサシユビ)、中指(ナカユビ)ヲ患者ノ下顎ノ角ニ、拇指(オヤユビ)ヲ顎ノ兩側ニ當テ兩拇指ヲ以テ下顎ヲ喉ノ方ニ推シテ)、木片(キギレ)ノ類ヲ口角ヨリ入レテ奥齒ニ咬マシメ置キ、示指(ヒトサシユビ)ト拇指(オヤユビ)トニ手拭ノ類ヲ卷キテ舌ヲ撮ミ出シ、布片、紐等ニテ顎ニ括リ附ケ、或ハ舌ヲ箸ノ如キ二本ノ棒ニテ挾ミ兩側ヲ縛リ棒ノ端ニテ頰ニ支ヘ口ヨリ出シ置クベシ(第二十八圖)
(現代語訳)
第五章 人工呼吸法
第百十九 人工呼吸法を行うには、まず次のような準備をするべきである。
すなわち、風通しの良い場所を選び、敷くべき物があれば敷いて、その上に仰臥させる。
上着や襦袢のボタンを外し、必要があればこれらを脱がせ、袴(軍ズボン)のチャックや前を開き、袴下の紐を解いて、胸を露出させて腹の締め付けを緩める。
衣服を畳んで、高さ約10センチメートル、幅約20センチメートルくらいとした枕を作り、背中の下に置き、肩および頭を低くして、顎の下を伸ばす。
失神した者は、舌が奥に落ち込み(舌根沈下)、喉を塞ぎ、または口を硬く閉じる者が多いため、救助者はまず口を開かせる。
(口を開けるには、両手の人差し指、中指を患者の下顎の角に当て、親指をあごの両側に当てて、両方の親指で下あごをのどの方向へ押し出すようにする)。
(口を開けたら)木切れの類を口の端から入れて奥歯に噛ませておき、人差し指と親指に手ぬぐいの類を巻きつけて舌をつまみ出し、布切れや紐などであごに縛り付ける。
あるいは、舌を箸のような2本の棒で挟んで両側を縛り、その棒の端を頬に突っ張らせて支え、口から(舌を)外に出した状態にしておく(第二十八図)。

第二十九図
救助者二人アル時ハ一人ハ患者ノ頭ノ枕邊ニ安坐(アグラヲカク)シ下顎ノ角ヲ推シテ下ノ齒列(ハナミ)ヲ上ノ齒列(ハナミ)ヨリモ前ニ出サシメ前ノ方法ニ代フルコトヲ得(第二十九圖)
(現代語訳)
救助者が二人いるときは、一人は患者の頭の枕元に胡坐をかいて座り、下顎の角を押し、下の歯並びを上の歯並びよりも前に突き出させることで、前の方法の代わりにすることもできる(第二十九図)。
第百二十 人工呼吸法ハ次ノ方法ニ據ルベシ
患者ノ兩手ハ頭ノ上ニテ頭ヲ抑へタル形ニ置クベシ
救助者ハ患者ノ腰ニ跨リテ跪キ、兩上肢ヲ僅カニ曲ゲテ外方ニ張リ、兩手ノ指ヲ輕ク開キテ伸シ、兩胸ノ下部ニ第三十圖ノ如ク當テ、次ノ動作ヲ徐ニ反復(クリカヘス)スベシ
(現代語訳)
現代語訳
第百二十 人工呼吸法は、次の方法によるべきである。
患者の両手は、頭の上で頭を抑えたような形に配置しておく。
救助者は、患者の腰に跨って跪き、自らの両腕をわずかに曲げて外側に張り、両手の指を軽く開いて伸ばし、両胸の下部に第三十図のように当てて、次の動作をゆっくりと反復すること。

第一節 準備運動
「ひとーつ」ト長ク呼唱(トナエル)シ次ノ運動ヲ準備シツツ上肢(テ)ヲ休ム(第三十一圖(一))
(現代語訳)
第一節 準備運動
「ひとーーつ」と長く呼唱し、次の運動の準備を整えつつ、自らの上肢の力を抜いて休める(第三十一図(一))。
第二節息ヲ壓シ出ス運動
「ふたーつ」ト長ク呼唱シツツナルベク肘ノ屈曲(マガリ)、姿勢等ヲ變ズルコトナク脚(アシ)ヲ以テ滑ニ軀幹(カラダ)ヲ前方ニ乗リ出シ、體重ヲ兩上肢ニカケコ レヲ利用シテ肋ヲ内下方ニ絞ル(第三十圖(二))
(現代語訳)
第二節 息を押し出す運動
「ふたーーつ」と長く呼唱しつつ、なるべく肘の曲がり具合や自らの姿勢などを変えることなく、脚を使って滑らかに上半身を前方に乗り出し、自らの体重を両上肢にかけてこれを利用し、肋骨を内側の下方に向かって絞る(第三十図(二))。


第三節 息ヲ吸ヒ込マシムル運動
「みっつ」ト短ク呼唱シツツ軀幹(カラダ)ヲ舊ノ姿勢ニ復(カヘス)シ、兩手ハ輕 ク胸ニ觸レタル儘トス
而シテ第一節ニ移ル
人工呼吸法ハ一分間ニ槪ネ十二囘ノ速サヲ以テ行フベシ
コノ動作ノ間ハ絶エズ自然ニ呼吸起ルヤ否ヤニ注意シ、弱キ 呼吸起ラバ注意シツツ手柔ニコレヲ補助(タスケル)シ略尋常ノ呼吸ニ至リテ止ム
(現代語訳)
第三節 息を吸い込ましむる運動
「みっつ」と短く呼唱しつつ、上半身を元の姿勢に戻し、両手は胸に軽く触れたままの状態とする。
そして、再び第一節(準備運動)に移る。
人工呼吸法は、1分間に概ね12回の速さをもって行うべきである。
この動作の間は、絶えず自然に自発呼吸が起こるか否かに注意し、弱い呼吸が起こったならば、注意深く見守りつつ、手柔らかにこれを補助し、ほぼ普段通りの呼吸に至ってから中止する。
其八へ続く
