バガンを駆け巡る—白・金・赤、そして「触れる眺望」【海外での記憶#33|ミャンマー編-05】

今日はバガン遺跡を駆け巡る。
最初に地図を手に入れる。
ホテルを出て、さっきまでレンタルバイクで砂の道を走っていた。
いまは円筒のバガンタワー(Nan Myint Tower Bagan)。エレベーターで13階のオープンデッキへ。
視界は360°ひらく。
緑は海のように広がり、赤茶の塔が点となって浮かぶ。

ゆっくりデッキを一周する。
遠景は薄く霞み、塔は無数の点にほどける。
その霞が距離を見せ、同時に風景を少し幻想的にする。
水平にイラワジ川(Irrawaddy/Ayeyarwady)が一本光り、その手前に白、金、そして巨大な赤茶。さらに手前に小さな赤茶の塔が帯のように連なる。
ここでは位置関係だけ頭に入れる。——けれど、点と点を結びながら「あれは何だろう」と推測してみるのも楽しい。

バガンは、数千の遺構が散る広い平原。
上から見る基本パターンは単純だ。砂の道、低い木立の帯、塔の点列。この三層がどの方角にも現れる。
輪郭は取れた。降りて、地上で回収する。

タワーで取った輪郭を、地上で実体に変える。
「白」のアナンダ寺院へ向かう。
「とても大きい。そして美しい」。均整の取れた姿、外の直線と内の光がつくる気品。回廊の空気は、ひとつ深呼吸ぶんだけ静か。柱の影が整い、視線が自然に奥へ導かれる。「見に行く」というより、「迎え入れられる」感覚だった。

堂内には立像が東西南北に一体ずつ。
ここは南のカッサパ。
黄金の面がやわらかく光り、手のしぐさが空気を整える。そして包まれる。

アナンダをあとにして、地図で「金」の場所へ向かう。シュエズィーゴン・パヤー。
「シュエ」は“黄金”の意。その名の通り、金色に輝く仏塔は圧巻だ。私が訪れた時は一部が修繕中だったが、境内は広く、堂々としている。

回廊は開け、外周には小堂や祠(ほこら)、レリーフが連なり、歩くたびに金の面の明暗が入れ替わる。
祈る人の姿が、その光の中に静かに浮かぶ。

小さな金の像がやわらかく光る。
金のきらめきだけでなく、こうした祠や壁画の手ざわりもまた、シュエズィーゴン・パヤーだと思った。

シュエズィーゴンの「金」を離れ、地図で「赤」の方角へ砂道を走ると、段を重ねた巨体が視界を埋めるダマヤンジー寺院。
遠目でもすぐ分かる存在感がある。
寄るとただ壁、離れると輪郭が立つ。内部は簡素な本堂と坐像。ここは何より外形の迫力を味わう場所だ。

白(アナンダ)、金(シュエズィーゴン)、赤(ダマヤンジー)を確かめてきて、最後は登れる仏塔・シュエサンドー・パゴダへ。
素足の足裏にレンガの感触、手に砂のざらり。角度のきつい階段が、歩幅も体の傾きも決める。手すりを握り、体を前へ預けて一段ずつ。

テラスに出る。
腰ほどの高さの石の縁(欄干)の欠けに手を置くと、温まったレンガのざらつきが指に残り、遠くの景色に質感が足されるように思えた。
ここは「高さを誇る」場所ではない。「平原の質感」が伝わる、ちょうどいい高さだ。

見晴らしは、タワーで俯瞰した「記号の地図」とは違う。
ここでは人の目の高さに戻って、もっと身近な生活のスケールになっていた。砂の道、低い木立の帯、仏塔、屋台の屋根、小さな祠も。
——暮らしの気配が風景に混じる。

そろそろ降りよう。
石の縁(欄干)から手を放ち、同じ急階段を慎重に下る。砂の道をたどれば、また平原のリズムへ戻っていく。
タワーで地図をつかみ、
アナンダで気品に包まれた立像に迎えられ、
シュエズィーゴンで光の明暗を確かめ、
ダマヤンジーでどっしりした重みを受け止め、
シュエサンドーでは「登る・触れる・眺める・降りる」をひと続きで体験できた。
——私のバガンを駆け巡った一日。
地図を畳み、砂の道へ戻る。
*これは2017年の記録である。
追記|
|シュエサンドー・パゴダは今は登れない|
バガンの主要仏塔は、2016年の当局方針と同年の地震被害を機に、保存と安全の観点から原則登頂禁止へ。2019年の世界遺産登録後も運用は徹底され、シュエサンドーもゲート封鎖の報告が複数ある。現在は登れない前提で考えるのが妥当。最新の運用は現地で確認が必要(2025年時点)。
|バガン・ビューイングタワーの賛否|
登頂禁止の流れの中で、高所からの全景はバガン・ビューイングタワー(Nan Myint Tower Bagan)が担う。エレベーターで360°の眺望を得られる利点がある一方、「景観に合わない」「人工物が目立つ」という批判もある。俯瞰の理解を助ける補助線と捉えるか、遺跡体験のノイズと捉えるかは旅人次第。代替の熱気球もあるが、費用はタワーよりかなり高い。
|用語メモ(本文に登場)|
バガン遺跡(Bagan Archaeological Zone)
11〜13世紀の仏教遺構が平原一帯に数千規模で点在する聖地。2019年にユネスコ世界遺産に登録。日本の旅行媒体では、アンコール、ボロブドゥールと並ぶ「世界三大仏教遺跡」と呼ぶこともある(通称)。
イラワジ川(Irrawaddy/Ayeyarwady)
ミャンマー最大の商業水路で、歴史・定住・経済を形づくってきた「国の背骨」。ミャンマー中央を縦断して流れる川として「ミャンマー経済のエンジン」と表現されることもある。バガンの平原もこの大河のカーブに沿って広がる。
アナンダ寺院(立像が東西南北に一体ずつ)
堂内に四体の立像が東西南北を向いて安置されるのが大きな特徴。高さ、およそ9.5mの立像は東:コーナーガマナ(拘那含牟尼/くなごんむに)、北:カクサンダ(倶留孫仏/くるそんぶつ)、南:カッサパ(迦葉仏/かしょうぶつ)、西:ゴータマ(釈迦牟尼仏/しゃかむにぶつ)と配置されている。この四体は過去四仏(かこしぶつ)と呼ばれ、仏教の教えが普遍的かつ永続的であることを示している。なお、釈迦(ゴータマ)は28仏中の第28番目。
|バガン遺跡でほかに訪れた仏塔|

タビィニュ寺院(Thatbyinnyu)
バガンで最も高い寺院(およそ61m)。周囲に遮るものが少なく、遠景でも目立つ。個人的にはヨーロッパの城のような雰囲気でした。

パヤトンズ寺院(Paya Thone Zu/Payathonzu)
三つの堂が細い通路で連結された特異な構成。「パヤ(仏)、トンズ(三基)」と呼ばれている。ミンナトゥ地区にあり、静けさも魅力。個人的には観光客がほぼいなかった印象。

ダマヤッズィカ・パゴダ(Dhammayazika)
五角形の珍しい寺院であり、周囲に五つの小堂を配す設計。どっしりした金色のパゴダが平原に映える。個人的にお勧めです。

ブーパヤー(Bupaya Pagoda)
イラワジ川岸の小型の金色ドーム。1975年の地震で倒壊→再建を経て、いま目にする姿に。川景色とともにある仏塔。ミャンマー人の観光客が多かったイメージでした。
ほかにも名もない仏塔、寺院、祠が数えきれないほどあります。その一部に実際に訪れ、駆け巡れば巡るほど、ミャンマーの歴史が身近に感じられました。
参考資料:
ウィキペディア/TripAdvisor ほか。
海外での記憶
#34|崖の下で回す暮らしと祈り——ムカッタムの洞窟教会|エジプト編-09【進む→】
#32|ポッパ山とボーミンガウン——ミャンマーのナッ信仰を歩く|ミャンマー編-04【戻る→】
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