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【フェミニズムと医療の融合】なぜフランス女性は「膣と骨盤のケア」を勝ち取れたのか?〜身体の自立と100%公的負担の裏にある女性解放史〜

「出産後の尿漏れや身体の崩壊は、母になった勲章だから耐えるべき」

もしフランスでこんなことを言えば、猛烈な反論が返ってくるでしょう。フランスにおいて、産後の「ペリネケア(骨盤底筋リハビリ)」が100%公的保険でカバーされ、当たり前のカルチャーとなっている理由。その真の核心は、医療や経済の合理性だけでなく、「女性が自らの身体の主権(自立)を勝ち取ってきた歴史」にあります。

1970年代の女性解放運動から、働く女性の急増やセクシュアリティの権利まで——「女性の自立」という角度からペリネケアの深層史を解き明かします。

▼前回の記事はこちら。フランスのペリネケアの歴史です。



1. 1970年代:「私の身体は、私のもの(Notre corps, nous-mêmes)」

1960〜70年代のフランスは、女性の「身体の自己決定権」をめぐる歴史的転換期でした。

  • 1967年(ヌーヴィルト法): 経口避妊薬(ピル)の解禁

  • 1975年(ヴェイユ法): 人工妊娠中絶の合法化

MLF(女性解放運動)をはじめとするフェミニズムの波の中で、女性たちは「自分の妊娠・避妊・出産を自分でコントロールする権利」を叫びました。

この流れの中で、産後の身体に対する意識もガラリと変わります。それまでの「母となったのだから、痛む身体や不快感を我慢して自己犠牲を払うのが美徳」という旧来の母性観が否定されたのです。

「妊娠・出産を選択する権利を得たなら、出産によって奪われた身体の機能を取り戻し、健やかに生きる権利もあるはずだ」

不快な症状を「仕方がないこと」として秘密裏に隠すのではなく、医療の手を借りて克服し、自律した身体を取り戻すこと。ペリネケアは、この「身体の主権(Souveraineté corporelle)」を取り戻すプロセスそのものでした。

2. 労働市場への参入:「家庭に閉じ込められないためのインフラ」

1970年代から1980年代にかけて、フランスでは女性の就労率が爆発的に上昇しました。

産休(Congé de maternité)を経て職場復帰を目指す女性たちにとって、くしゃみをするたびの尿漏れ、下腹部の不快感、骨盤のぐらつきは、単なる日常のストレスではなく「社会で対等に働くための直接的な障害」でした。

重い荷物を持てない、長時間立っていられない、頻繁にトイレに行かなければならない——これらは女性の経済的自立を阻む大きな壁だったのです。

国が産後ケアを保障することは、単なる福祉にとどまらず、「女性がスムーズに社会復帰し、経済的に自立し続けるための社会インフラ」として機能しました。

3. 「母」になっても消えない「一人の女性としての自立」

フランスの社会哲学において、女性が出産して「母(Mère)」になったからといって、「一人の個人(Femme)」としての存在が消えることはありません。

そして「一人の自立した人間」である以上、「自身のセクシュアリティやQOL(生活の質)を損なわずに生きる権利(Sexual Wellbeing)」が保障されるべきだと考えられています。

ペリネケア(骨盤底筋の再教育)は、排泄障害の防止だけでなく、性交痛の予防や性生活の感度回復という側面も公然と扱われます。

「母親になったのだから、性的な満足や自分の快感は二の次でいい」という規範をフランス社会は拒絶しました。夫や子どもに依存・捧げるだけの存在ではなく、一人の自立した女性として自分自身の身体の満足度を高く保つこと
ペリネケアは、その尊厳を守るためのツールだったのです。

4. 1985年:女性たちの声と国家の計算が合致した瞬間

こうして見ると、1985年の「ペリネケア100%全額公的負担(Décret n°85-918)」という国家の決断の全貌が見えてきます。

  • 女性たちの要求: 自分の身体を取り戻し、働き、自立して生きる権利(フェミニズム)

  • 医療界の進歩: バイオフィードバックや手技による効果的なリハビリ技術の確立

  • 国家のロジック: 高齢期の手術費・看護費を抑える予防医療の経済的合理性

この3つのベクトルが完璧に交差したからこそ、フランスは「国が全額を出してでも、すべての女性にペリネケアを受けさせる」という、世界に類を見ない先進的なシステムを完成させることができたのです。

5. 日本で「本当の身体の自立」を手に入れるために:KODAIRA式®ペリネケアの必要性

翻って、現在の日本はどうでしょうか。 フランスのように「国が全員のペリネケアを100%保障してくれる制度」は、残念ながら日本にはまだ存在しません。多くの女性が、加齢や出産による身体の変化、女性ホルモンの減少、デリケートゾーンの乾燥やトラブルを「年だから仕方ない」「我慢するのが当たり前」と受け入れざるを得ない状況に置かれています。

「乾いたからオイルを塗る」「表面的なマッサージをする」といった、従来の対処療法的なフェムケアだけで本当に十分でしょうか?

ここで重要になるのが、「外から与えるのではなく、自らの力で生み出せる身体へと整える」という本質的なアプローチです。それを実現するのが「KODAIRA式®ペリネ(骨盤底筋)ケア」です。

なぜKODAIRA式®ペリネケアが必要なのか?

  1. 「鍛える」のではなく「自らの分泌力をブーストする」 女性ホルモンは脳からの指令によって分泌され、その生産工場は「卵巣」です。KODAIRA式®ペリネケアは、歪んだ身体を整えて脳からの神経伝達をスムーズにし、腹部から骨盤底筋・骨盤周辺の筋肉へ的確な刺激を与えます。これにより血流を促し、加齢や出産で機能低下した臓器が本来持っている「自ら女性ホルモンを分泌する力」を最大化させます。

  2. 表面的な保湿とは違う、内側からの根本ケア デリケートゾーンの乾燥に対して「ただオイルを塗る」のは一時的な処置に過ぎません。KODAIRA式®は、ホルモンの分泌環境そのものを整えることで、潤いに満ちた健やかな身体を内側から作り上げます。

  3. 着衣のまま安心して受けられる、画期的な手技 一般的なデリケートゾーンケアと異なり、直接膣に触れることなく、お洋服を着たまま骨盤周辺の筋肉や臓器の位置を優しく整えます。自らの力で若々しさと機能を取り戻す、まさに究極のアンチエイジングアプローチです。

結び:我慢を美徳としない「自立」の選択を

フランスの女性たちが「身体の主権」を勝ち取ったように、私たち日本の女性も、年齢や出産のせいにして自分自身の身体の可能性を諦める必要はありません。

「不調を我慢する」のではなく、「自らの力で輝く身体を取り戻す」こと。

国制度に頼るのを待つのではなく、自らの意思で「KODAIRA式®ペリネケア」のような本質的なケアを選び取ることこそが、現代の日本女性が手に入れるべき真の「身体の自立」への第一歩なのです。

出典・注釈(References)

  1. Knibiehler, Y. (1997). La révolution maternelle depuis 1945. Paris: Perrin. (フランスにおける母性観の変容、女性解放運動(MLF)と産後ケアの社会的受容に関する歴史的研究)

  2. Loi n° 75-17 du 17 janvier 1975 relative à l'interruption volontaire de la grossesse (Loi Veil). Légifrance. (1975年ヴェイユ法。女性の「身体の自己決定権」確立における歴史的転換点)

  3. Institut National de la Statistique et des Études Économiques (INSEE). "Évolution de l'activité des femmes." (1970〜1980年代におけるフランス女性の就労率上昇と社会進出に関する公式統計データ)

  4. Décret n°85-918 du 26 août 1985 relatif aux actes professionnels et à l'exercice de la profession de masseur-kinésithérapeute. Légifrance. (1985年に制定された、骨盤底筋リハビリテーションの100%社会保障適用を定めた国家法令)

  5. KODAIRA式®ペリネ(骨盤底筋)ケア. office kodaira Official Web. https://k-d.tokyo/?page_id=387 (加齢や出産に伴う機能低下に対し、骨盤周辺の筋肉刺激と神経伝達・血流促進を通じて女性ホルモンの分泌環境を自律的に整える独自技術に関する資料)

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