価格と民度 ~快適さを買う~
以前から感じている事だが、商品の価格とそこにいる消費者の民度には相関関係がある。
メルカリの場合
例えばメルカリで考えてみる。
私はメルカリでは5,000円以上の商品を出品することが多い。アウトドア用品だったりカメラ関係だったりする。
この価格帯(5,000円以上)の購入検討者は私の商品と提示価格に納得がいけば、そのまま購入してくれる人が多い。
今回、断捨離を兼ねて、2,000円前後の商品を複数出品した。私としては別に無理して売れなくてもいいし、極論捨ててもいいと思っている。
しかし、この価格帯だと購入検討者の質が明らかに変わる。
コメント欄にテンプレの「購入を検討しているのですが、お値下げはいくらなら可能でしょうか?」と打ち込んでくる者もいるし、希望価格登録をしてくる者もいる。
私としては、2,000円程度の商品に対して、数百円の値引交渉をチマチマとする事で費やされる、自分の時間と認知資源の方がよっぽどコストが大きい。
メルカリは令和の闇市などと揶揄されるように、利用者の質は玉石混交ではあるが、価格帯が下がってくると石が混じる割合が多いことを実感した。
焼肉の場合
つい先日記事にした焼肉も話は同じだ。
私が検討していた焼肉屋は大衆的な店だった。
私としては幼い頃から家族で行っていた店なのでなじみ深いが、事実価格帯がリーズナブルだ。
結果として、土曜日の夜の予約はNGということになっている。
なぜか?
簡単な事だ。自分の時間や快適さを犠牲にしてでも、手頃な価格の為に行列に並ぶ人間がたくさんいるからだ。
この焼肉屋に対して、1.5倍の単価の焼肉屋に行けば、土曜夜であっても混雑は緩和されるだろうし、予約もできるかもしれない。
私は贅沢舌ではないし、そうなる事も望んでいない。どんなものを食べても美味しいと思える人間が最も幸福に近いと思うからだ。
しかし、行列という時間の浪費や、精神エネルギーを奪われるようなストレスに向き合わなければいけない位なら、価格帯を上げても良いと思うようになった。
叙々苑ランチ
ちなみに私のお気に入りは叙々苑のランチだ。
叙々苑は高級な焼肉という事になっているが、ランチであれば3000円程度で利用する事ができる。
叙々苑は席が広くて接客も良い。
私は誰かと叙々苑ランチをするときは、快適な場所代が3000円で、おまけで焼肉が付いてくるサービスを買っていると思っている。
誰かとゆっくり会話をしたいなら、変にカフェなどを選ぶより、叙々苑ランチにした方がコスパが良い。
スーパーの場合(時間帯)
スーパーについても触れてみよう。
スーパーマーケットが価格帯に応じて客層が変わる事は言わずもがなだが「時間帯」も重要だと感じたことがある。
私が日常的に利用しているスーパーは中の上くらいのスーパーだ。若干の割高感があるが、店舗が大きすぎず歩きやすいし、総菜が美味しい。
ある時、仕事帰りにふと立ち寄ることがあった。
時間は20:30くらいか。総菜売り場に近づくとちょうど割引シールの貼られているタイミングだった。
そこで、異臭に気づいた。
おそらく普段まともにお風呂に入っていないような人が、この割引された総菜売り場にいたのだ。
このスーパーに普段こういった人はいないのだが、割引シールタイムに寄ってきたのだろう。
上記の異臭の話は極論にしても、割引シールの時間帯には、普段とは明らかに違う層が発生すると感じている。
もっとも、私に言わせれば半額になった総菜など決して割安ではない。栄養価が低く、身体にもよくない。
白米に納豆や卵を載せて食べたほうがよほど理にかなっている。
お金で快適を買う
今回の話は商品自体ではなく、商品の価格によってそこに集まってくる消費者の質が変わってしまうという話だ。
私は高級志向でも贅沢志向でもないが、自分の時間を無駄にしたくないと思っている。「行列に並ぶ」などお金を渡されてもやりたくない。
もっとも行列に並ばないためには、自分やその商品を取り巻く構造を俯瞰して捉える必要があるし、ある種の行列に対してNOと言えるだけの余裕も必要だ。
今回、価格と快適性を考えさせられる出来事が何度も起こったため、この記事を残すことにした。
