①緊急入院(23日間)
この記事は、上記の記事のつづきとなってます
立ち上がれない原因は?
救急外来に運ばれた時には、嘔吐が酷かったため、脱水にならないよう点滴を受けました。同時に、食あたりを疑っていましたが、下痢を伴っていないことと、昨晩食べたカレイの煮つけをそのまま戻していたため、食あたりの線は消えました。
その後、血液検査の結果から、脱水が疑われましたが、最終的には血液の電解質バランスが崩れている(通常弱アルカリ性の血液が酸性に傾いた状態になっていました)ことが判明し、アシドーシスとなっていたため、点滴に炭酸水素ナトリウム剤(重曹)を追加しました。
アシドーシス
入院中、アシドーシスになった原因を探りましたが、退院するまでわかりませんでした。しかし、二週間前から服用し始めた頻脈の薬(ビソプロロールフマル酸塩錠)の副作用が疑われ、内服を止めました。
また、血液に近い液体(細胞外液補充液)を点滴することで、弱酸性だった血液を弱アルカリ性に戻す治療を5日間行いました。
入院直後~5日目
治療は点滴とこれまで服用していた内服薬(ステロイド剤等)のみで、朝晩の採血で血液の状態を確認を繰り返しです。
また、ベッドから起き上がることができず、大便はトイレまで連れていってもらい介助してもらいながら、小便は看護師さんにとってもらっていました。頻尿で1時間おきにオシッコをお願いしていたので、申し訳ない気持ちで一杯でした・・
5日目に、外科病棟から呼吸器内科病棟へ移動しました。
昨年10月にお世話になった病棟なので、顔なじみの看護師だらけです。
なんだか気恥ずかしい・・・
入院6日目~12日目
点滴を終了し、食事が摂れるようになったため、流動食から、三分粥、七分粥を経て、全粥から常食(通常の白米)へ戻していきました。
入院あるあるですね・・
また、点滴を終了したため、採血は3日おきとなりましたが、血糖値が高くなっていたため、朝食前に「パチン」と音を鳴らして一瞬で小さな針を刺し、少量の血液を採取して、血糖値の検査をしていました。
入院13日目~退院(23日目)
2週間程度の入院予定でしたが、腎機能の指標であるeGFR(estimated Glomerular Filtration Rate:推算糸球体濾過量)の値が低下していたため、退院が延びました。
主治医から「このままG3bが続けば、人工透析を実施しなければならない」と、腎臓は相当ダメージを受けていたようです。
また、筋力が著しく低下していたため、リハビリを開始しました。
500歩程度で脚が重くなる状態から、退院時は、無理なく歩ける距離も1,000歩程度まで回復しました。
しかし、入院前日は8,000歩程度だったので、振り出しに戻った感じです。
退院に向けて、呼吸機能検査(スパイロメーター検査)や負荷心電図検査と心エコー検査を実施しましたが、異常は認められませんでした。
また、退院の三日前に、胃カメラを実施するにあたり、ボーボーに伸びた髭を剃りましたが、満月様顔貌(ムーンフェイス)のため、剃りにくいです。なお、ランソプラゾールOD錠が効いているのか、胃潰瘍にはなっていませんでした。
入院を終えて
突然の入院生活は、準備ができておらずあたふたしました。結局、下着や洗面用具、スマホの充電器、イヤホンなど病院のコンビニで購入することになり、2万円程度の出費です。退院してから、早速入院セットを用意しました。
今回、血液の電解質バランスが崩れた原因は特定できませんでした。あわせて、視力障害や頻脈の原因も特定できていません。
緊急入院するまでは、膠原病の治療は長期にわたってステロイド剤を減薬していくだけと思っていました。
しかし現実は、様々な症状が現れています。主治医からは「膠原病と因果関係があるのかないのか分からない」、「ステロイド剤の副作用なのか、内服薬の飲み合わせなのか、症状の原因を特定することが難しい」と言われており、これは、視力障害や頻脈も今回のアシドーシス(血液の電解質バランスが崩れた)の治療方法が分からないということです。また、アシドーシスに至っては、今後も、ある日突然発症する可能性があり、不安な日々を過ごすことになります。
緊急入院の前日までは、体調にかわりなく、普段通りの生活をしていました。今回、膠原病の本当のおそろしさを思い知らされました。
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