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ベルギーとコンゴ民主共和国の関係

アフリカのヨーロッパの関係性の中で、避けて通れない植民地の話です。

ベルギー代表のルカク。彼の生涯移籍金が約590億円だと書きました。彼はコンゴ民主共和国にルーツを持つ選手です。

なぜ、コンゴにルーツを持つ選手が、ベルギー代表でプレーしているのか。その背景には、植民地支配の歴史があります。

ベルギー国王が「私有」した国。

19世紀後半、ベルギー国王レオポルト2世は、コンゴを自分の「個人的な所有物」にしました。

国の植民地ですらない。一人の王の私有地。1885年に誕生した「コンゴ自由国」は、事実上、レオポルト2世の私企業でした。王は一度もコンゴを訪れることなく、利益を最大化するために現地の人々へ過酷な支配を行いました。

ゴムや象牙の採取を目的とした強制労働。ノルマを達成できなかった人々への罰や威嚇として、手足の切断を含む残虐行為が行われました。

この時代に命を落とした人々の数は研究者によって幅がありますが、数百万人規模に及び、推計によっては約1,000万人ともされています。

歴史家アダム・ホックシールドは、「これほどの悲劇でありながら、ヒトラーやスターリンの名は広く知られている一方で、レオポルト2世の名はあまり知られていない」と。

1908年、ベルギー政府が統治を引き継ぎ、「ベルギー領コンゴ」となりました。そして1960年に独立。1965年から1997年までは「ザイール」と呼ばれていました。

ルカクの父は、「ザイール代表」だった。

ここでルカクの話に戻ります。

彼の父ロジェ・ルカクは、コンゴ(当時のザイール)の首都キンシャサ出身のプロサッカー選手で、ザイール代表として国際試合に出場していました。1990年、サッカー選手としてのキャリアを求めてベルギーへ渡ります。

つまりルカク家は、かつてベルギーが支配した国から、その宗主国だったベルギーへ渡った移民の家族です。

そしてルカク自身はベルギー・アントワープで生まれました。

しかし、その幼少期は極めて貧しいものでした。

学校から帰ると、母親は牛乳を水で薄め、家族全員が飲めるようにしていました。
ルカクは後に、「自分たちは本当にどん底にいると理解していた」と振り返っています。
電気が止まり、お湯も出ず、アパートにはネズミが出る。

そんな環境で育った少年が、世界最高峰のストライカーの一人になりました。

「ベルギーの」ルカクと、「コンゴ系の」ルカク。


ルカク自身は、こんな趣旨のことを語っています。
自分が活躍すれば「ベルギー人ストライカー、ロメル・ルカク」と報じられる。
しかし調子を落とすと、「コンゴ系」という出自が強調される。

成功すれば「ベルギー人」。

失敗すれば「移民の子」。

この非対称な扱いは、植民地支配の歴史が終わっても、その影響が社会の中に残っていることを示しています。

独立から60年以上が経った今でも、歴史は簡単には消えません。

今、どれだけの移民がベルギーにいるのか。


ベルギーには現在、サハラ以南アフリカにルーツを持つ人々が約45万人規模暮らしています。
その中には、コンゴ民主共和国にルーツを持つ人々も数多く含まれています。
また、外国にルーツを持つ人々とその子孫は、ベルギー人口のおよそ3割を占めると推計されています。
ただ、この多様性が、現在のベルギー代表の強さを支える大きな要素にもなっていることにも繋がっています。

ルカクだけではありません。

ジェレミ・ドクをはじめ、現在のベルギー代表にはアフリカにルーツを持つ選手が数多くいます。

その多くは、移民、あるいは移民を親に持つ世代です。

かつて植民地支配によって苦しめられた人々の子孫が、今ではかつての宗主国の代表として世界最高峰の舞台でプレーしています。

これをどう捉えるか。

複雑な歴史の上に成り立っていることは間違いありません。

ここにサッカーの持つ力を見たいと思っています。

植民地支配という人類の暗い歴史。

その傷は消えません。
けれど、その血を引く子どもたちが世界を熱狂させ、富を生み、家族を支え、そしてルーツである国の誇りにもなっている。

ルカクの父はザイールからベルギーへ渡りました。
そしてルカク自身は今、コンゴで続く紛争や人道問題についても積極的に声を上げる存在になっています。
サッカーは、歴史を変えることはできない。
でも、歴史の上に新しい物語を描くことはできる。

ヨーロッパへ渡ったから、ルカクは育った。
もしコンゴで生まれ育っていたら、同じ環境は得られなかったかもしれない。

才能は、アフリカにある。
足りないのは、適切な機会と環境。
ならば、その機会と環境をアフリカで、もう何レベルかあげるものを作る。
ヨーロッパへ渡らなくても、自分の国で、自分の大陸で才能を高められる仕組みをつくる。
今後も幼少期にヨーロッパへ移民として、そしてヨーロッパ現地で生まれるアフリカ系の選手はトップレベルになり、続々とスター選手が出てくるでしょう。しかし、それは直接的にはアフリカのためにはならない。

ザンビアで取り組もうとしていることの意味。

流出ではなく、循環させる。


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