わたしは紙でできている
物価高騰対応重点支援地方創生臨時交付金。
舌を噛みそうだ。
たいそうで、有り難く思えと言わんばかりのネーミング圧。
ありがたくいただきますっ!と、ははーとひれ伏せばいいのか、少し戸惑いながら支援券を受け取ったのは、桜の咲く前だった。
物価高を感じる今日この頃。
その昔、安さを売りにしていたスーパーでの客寄せ商品といえば、卵だった。「1000円以上お買い上げの方限定」とし、1円で売り出していた。
1円だよ!
お賽銭でも気が引ける値段なのに、安いね。
軽口でほくそ笑む買い物客のわたし。
なのに、今では安売りでも200円を切るかどうか。
物価の優等生だったはずが、今では手の届きにくい高嶺の花となったのだ。
そうなると、生活必需品で何を削るのかと、頭を悩ませている人も多いだろう。
私の場合、しんどくなってしまうぐらいなら、「どうにかなるさ」「なんとかなるさ」。深く考えないのがモットー。
だから、安売りになっていた紙を手に取った。
再生紙のトイレットペーパーだ。
それが、間違いのはじまりだったのだ。
いつもは、毛穴どこいった?と思うくらい肌がきれいな女優のような、真っ白でやわらかなトイレットペーパー。少しお高めの、一軍選手。
だが監督である私は、その一軍に解雇通知を出した。
そして我が家から去っていった(つまり使いきった)一軍トイレットペーパー。代わりに出場するのは、二軍の再生紙トイレットペーパーだ。
初出場で緊張しているのか、ペーパーホルダーにもいまいち馴染んでいないように見える。
さて、使ってみる。
ん? 新聞紙?
新聞紙をぐちゃぐちゃに丸めたものを、そのまま伸ばしたんじゃないよね。それくらいゴワゴワする。
肌触りだけじゃない。
見た目も、女優ライトを失ったようなくすみ感。
ライト持ってきて!
女優は、照明で輝くものなのだ。
監督、采配ミス!
削るところを間違えた。
つきましては、支援券は吟味して使わせていただきます。
はぁ……節約とは難しい。
削っても平気なものと、削ってはいけないものがある。
わたしの場合、それがトイレットペーパーだった。
一日の終わり、小さな幸福までゴワゴワになってしまったのだ。
采配ミスを嘆いている間に、支援券を使った情報が、あちこちから聞こえてくるようになった。
やはり、生活に欠かせないお米で使った人が多いようだ。
わたしはというと、実家が兼業農家なので、お米には困っていない。
さて、何に使おう。
采配ミス監督のリベンジ開始だ。
支援券は加盟店舗でしか使用できない。うーん。困った、困った。
スーパーでも使えるようになっているが、それでは味気ない。
もっと地域に根差した使い方はできないものか。
食べたらなくなるものではなく、あとから何度も思い出せるものがいいな。
そう考えていた時、「175回芥川賞、直木賞候補作」が発表された。
これだ!
向かう先は、本屋しかなかった。
趣味と実益を兼ねるなんてサイコーじゃないか。
支援券は生活を助けるためのものだ。もちろん食料品でもよかった。
でも、少しだけ心も助けてもらおう。本を開く時間は、わたしにとって生活必需品であり、心を満たしてくれる大切な友達だから。
本の値段も、気づけばずいぶん上がった。昔は千円あれば文庫本を何冊か抱えて帰れたのに、今では一冊で千円近いものも珍しくない。
決めた!
「直木賞候補全作品」を指定された加盟店の本屋で購入しよう。
手作りPOPで飾られた候補作特設コーナーに向かい、一冊ずつ手に取る。裏表紙を読み、帯を眺め、装丁を見比べる。
ネットならポチっと数秒で済む買い物なのに、本屋ではその時間さえ楽しい。どの本から読もうか迷う時間まで、支援券で買えた気がしてくる。
やっぱり、わたしは紙の本が好きだ。
ページをめくれば、微かな新しいインクの匂いが鼻をくすぐる。
耳を澄ませれば、涼やかな扇風機のような羽ばたき音がする。
長年眠っている古書の、少し黴臭い匂いも嫌いじゃない。
読みかけの本に挟む栞も愛しい。
電子書籍も便利だが、この愛おしさは味わえない。
学生時代は、塾に行くといって本屋でさぼっていたっけ。
何時間でもいられる場所だった。
平積みになった新刊の棚を眺めるだけで、ワクワクもした。
背伸びして買った『ノルウェイの森』は、当時はさっぱりわからなかった。けれど今読み返すと、あの鬱々とした空気の中にある会話の洒落っ気が好きだ。
そんな思い出に浸りながら本屋を出ると、もわっとした熱気が体を包んだ。いつの間にか、夏が来ていた。
やっぱり、なんだかんだと紙が好きなようだ。
気づけば、この支援券で選ぼうとしているものは、みんな紙だった。
『監督、命じる。』
今年の補強は、本だ。
暮らしを支える紙。
心を満たす紙。
わたしの毎日は、紙に支えられている。
支援券は、紙に使うことにした。
やっぱり、わたしは紙でできている。
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今回、支援券で購入して読んだ本たちの感想記録です。
最後の1冊「けんぐぁい」も、7/11に感想を書き終えてます。
