誰かが引いた線の、その外側でー「けんぐゎい」感想ー
昭和の時代、小学生だった頃の話だ。
下校時間になると、いつも一緒に帰っていた子たちが、わたしを誘わなくなった。
「どうして?」
「わたし、何かした?」
そう聞く勇気はなく、次の日も、そのまた次の日も、一人で帰った。
仲間の輪から、静かに外された。
可愛い話が好きな、今でいう二軍女子のような仲間たち。
その程よい距離感が心地いいと思っていた。
でも、本当は違った。
可愛いヘアピンより、プロレスのほうが好きだった。
「かっこいい」と人気の男子にも、「でも性格はイマイチだよね」と思っていた。
今思えば、無理をして周りに合わせていたのだろう。
きっと、わたしの居心地の悪さは見透かされていた。
『圏外』
あなたは、わたしたちとは違う。
そんな静かな烙印を押された気がした。
あの頃は辛かった。でも今なら思う。『圏外』も、悪くない。
そう思えるようになるまでには、少し時間がかかったけれど。
朝倉かすみ『けんぐゎい』を読んで、「けんぐゎい」とは『圏外』のことだったのか、と腑に落ちた。
舞台は江戸時代。
差別が差別として認識されることもなかった時代に、「圏外」の烙印を押された女性たちの物語だ。
利発だが、顔に酷い痘痕のある姉・ふゆ。
逆上せ癖はあるものの、美しい妹・りよ。
町家の娘は嫁入りしてこそ一人前とされた時代。
痘痕のあるふゆは、「結婚は無理」と早々に人生を決めつけられてしまう。
利発さを買われて手習い師匠を手伝うようになっても、女の賢さは評価されない。ならば女は、男に従い、性暴力にも耐えるしかないのか。
一方、家柄にも恵まれ、手習い所の跡継ぎの許嫁となった「ほの」にも、人知れず大きな火傷の痕がある。
彼女もまた、『圏外』だった。
境遇は違っても、誰もが「あなたは外側の人間だ」と線を引かれて生きている。
けれど、ある出来事をきっかけに、彼女たちは自らの呪いを解き放ち、息のできる場所をつくろうとする。
江戸時代も現代も、大きくは変わっていないのかもしれない。
「女はピンクが好き。」
「でしゃばるな。」
「わきまえなさい。」
そんな「こうあるべき」という無言の圧は、今もどこかに残っている。
誰もが大なり小なり、「人と違うこと」への怖さを抱えながら生きている。
『圏外』という呪いを、心のどこかに抱えているのではないだろうか。
だからこそ、『けんぐゎい』で描かれる女性たちの反骨と生命力は、禍々しいほど力強く、読んでいて爽快だった。
そして、この本は装幀まで作品の一部だ。
禍々しさをまとった表紙の意味は、読み終えたときに腑に落ちる。
さらにカバーを外すと現れる、もう一枚の装画。
思わず「すごっ」と声が漏れた。

『圏外』とは、誰かが勝手に引いた線にすぎない。
その線を踏み越えて生きる女性たちの姿に、勇気をもらった一冊だった。
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