センス・オブ・ワンダー vol.5 「生きぬく力」ー ヴィクトール・E・フランクル著 「夜と霧」
The Sense of Wonder
読書好きの友人が、わたしに勧めてくれた本がある。
それはヴィクトール・E・フランクル著「夜と霧」
内容はなんとなく知っていたものの、気が進まなかった。
なぜなら、それを読んだら、悪夢をみてうなされるのは必至だと思ったから。
それから約10年経ったある日、わたしは大きな書店にいた。
欲しい本を探して広いフロアを行き来していたとき、一瞬、あるタイトルが視界に入った。
それは「100分 de 名著 フランクル 夜と霧」だった。
そのまま通り過ぎようとしたそのとき、友人の言葉がよみがえった。
「これは読んだほうがいい」と。
ずっと敬遠していて、一度も手に取ることがなかった本なのに、その日は違った。
あまり構えずに読んでみようと思えた。
なぜならそれは、「夜と霧」そのものではなく、その本を解説したNHKテレビテキストだったから。
まずこのテキストから試してみて、大丈夫そうだったら「夜と霧」を手に取ってみようと思った。

夜と霧とは?
「夜と霧」は、ナチスによるホロコーストを経験した心理学者フランクルによる、強制収容所での体験記である。
結論をいうと、「100分 de 名著 フランクル 夜と霧」と「夜と霧」の2冊を読んでみたが、そのあと悪夢を見ることはなかった。
日常的に悪い夢を見てうなされやすい体質なのに、不思議だった。
それは、とりもなおさず、フランクルが「苦しみ」そのものよりも、「なぜ耐え抜くことができたのか」のほうに光を当てているからだった。
過酷な状況でも人間性を失わなかった人がいた
強制収容所での肉体労働は過酷を極めた。
栄養失調と寒さに耐えながら、殴られ、蹴られ、あざけられる毎日。
想像を絶する状況下で、フランクルは人々の傾向が2つのパターンに分かれることを発見した。
同じ状況下で、人間性を失ってしまう人と、そうならなかった人がいたのだ。
衰弱した人に群がり、パンや靴を奪い取る人がいる一方で、自分も餓死寸前の状態にありながらも人に食べ物を分け与え、励ましの言葉をかけ続けた人がいた。

繊細な人が、頑丈な人より生きのびた
フランクルによると、極限的な状況の中で生きのびたのは、身体が頑丈な人でも要領がいい人でもなく、繊細な人だったという。
殺伐とした毎日の中でも祈る事を忘れず、感謝することを忘れないような精神の持主は、生きのびる確率も高かったそうだ。
医療の世界でも、特定の宗教の信仰を持っていたり、信仰はなくても人智を超えた崇高な何かとのつながりを大切にする人のほうが、そうでない人よりも寿命が長いことが多いことはしばしば指摘されている。
一見、繊細な人が劣悪な環境に置かれたりしたら、誰よりも早く精神的に衰弱してしまいそうな気がするが、事実はその逆だった。
センス・オブ・ワンダーは「生き抜く力」
センス・オブ・ワンダーは、生き抜く力になり得るということが、あるエピソードから理解できる。
センス・オブ・ワンダーとは?
それは、美しいものや未知のもの、人智を超えたものに対して抱く、感動や驚き、畏怖の念のこと。
フランクルは、ある夕方、死ぬほど疲れて土の床にへたりこんでいた。
そのとき、仲間がとびんこんで来て呼びかけた。
「疲れていようが、寒かろうが、とにかく点呼場に来い」と。
太陽が沈んでいくのを一緒に見る、ただそれだけのために。
そのとき、だれかが言った。
「世界はどうしてこんなに美しいんだ!」
過酷な状況にあっても、夕日の美しさに感動する心を忘れない人がいた。
そのような心の持ち主は、「生き抜く力」を保ち続けることができたと云う。
「アンネの日記」の著者であるアンネも、隠れ家生活の中でカーテンの隙間から目にした自然の美しさを日記に綴っている。
自分たちの命が明日はどうなるか分からない不安な毎日の中でも、美しいものに目を向けることによって、「生き抜く力」を得ていた様子が伝わってくる。
※『アンネの日記』は、第二次世界大戦中にナチスによるユダヤ人迫害を逃れ、オランダの隠れ家で過ごしたアンネ・フランクの記録である。

人は何のために生きているんだろう
フランクルによると、「わたしの幸せはどうすれば手に入るのか?」といった自分中心の人生観を「わたしは何のために生まれてきたのか?」「どんな使命が与えられているのか?」という使命中心の人生観に180度転回させると、人は強くなれると云う。
フランクルは愛する両親と伴侶を失うという筆舌に尽くしがたい経験をしたものの、このように語っている。
人生の意味は、私たちがそれを問い求めるのに先立って、常に、そしてすでに人生のほうから送り届けられている。
私たち人間がなすべきことは、生きる意味はあるのかと人生を問うことではなくて、人生のさまざまな状況に直面しながら、その都度、人生から問われていることに全力で応えていくこと、ただそれだけだと言うのです。
どんなに私たちが人生に絶望しても、人生が私たちに絶望することはない。
「それを自覚した人間は、生きることから降りられない」
とはいえ、その使命は必ずしも大きなことだとは限らない。

ところで、今わたしは強制収容所のような特殊な環境にいるわけではない。
それでも、フランクルが伝えているメッセージは、心の琴線に触れる。
「人間の土地」の著者であるサン=テグジュペリも、このようなことを書いている。
たとえ、どんなにそれが小さかろうと、ぼくらが、自分たちの役割を認識したとき、はじめて幸福になりうる。
おわりに
わたしは以前、感受性の強さや繊細さはマイナス要因だと感じていた。
ところがフランクルによると、それは欠点ではなく、むしろ生き抜く力を秘めている性質だと云う。
美しいものや未知のもの、人知を超えたものに対して抱く、感動や驚き、畏怖の念があると、人は人間性を失わずにいられる。
それは、生涯、人生を支える力になるということを知った。
あのとき「夜と霧」を勧めてくれた友人に、感謝の気持ちが湧く。
