サッカーブームは、なぜ必ず冷めるのだろうか
拙著『サッカーを日本のナンバーワンスポーツに』から生まれた問い。
サッカーには、ときどき大きな波がやってくる。
1993年のJリーグ開幕。
1998年の日本代表ワールドカップ初出場。
2002年の日韓ワールドカップ。
2011年のなでしこジャパン世界一。
そして、ワールドカップで日本代表が強豪国を破ったとき。
普段はサッカーを見ない人まで試合を見る。
選手の名前がテレビに出る。
子どもがユニフォームを着る。
学校や職場でもサッカーの話をする。
「あのときは日本中がサッカーを見ていた」
という時間が、確かに何度もあった。
でも、その熱狂はずっと同じ温度では続かない。
私は以前、
またサッカーブームは起こせるのだろうか。
という記事を書いた。
今回は、その一つ手前を考えてみたい。
そもそも、
サッカーブームは、なぜ冷めるのだろうか。
そして、もっと大事なのは、
冷めること自体が問題なのだろうか。
ということである。
1993年、Jリーグは本当に社会現象だった
1993年5月15日。
国立競技場でヴェルディ川崎と横浜マリノスが対戦し、Jリーグが開幕した。
開幕戦には5万9626人が入り、当時わずか10クラブで始まったプロリーグは、一気に社会へ広がった。
数字を見ても、その勢いは分かる。
J1の1試合平均入場者数は、
1993年が1万7976人。
翌1994年には1万9598人まで増えた。
しかし、その後は下がっていく。
1995年は1万6922人。
1996年は1万3353人。
1997年には1万131人まで落ち込んだ。
これだけを見ると、
Jリーグブームは数年で終わった。
と言いたくなる。
確かに「何をしてもJリーグ」というような熱狂は続かなかった。
でも、別の数字を見ると印象が変わる。
JFAの登録選手数は、1992年度の約69万5000人から、1993年度約72万人、1994年度約82万1000人、1995年度約88万4000人、1996年度には約90万3000人まで増えている。
特に小学生年代の第4種は、1992年度約22万9000人から、1995年度には約29万8000人まで増えた。
もちろん、
「Jリーグを見たから、この子たちがサッカーを始めた」
と一人ひとりの理由まで統計から証明することはできない。
人口構成、学校やクラブの環境、既存のサッカー人気など、ほかの要因もある。
それでも、Jリーグ開幕と同じ時期に育成年代を含む登録者が大きく増えたことは事実である。
つまり、ブームそのものは冷めても、
そのときサッカーに触れた人まで、全員いなくなったわけではない。
のではないか。
2002年も、日本中がサッカーに包まれた
2002年の日韓ワールドカップも忘れられない。
JFA自身が当時を「日本中にサッカーが溢れていた」と振り返っている。
日本代表は開催国として初めて決勝トーナメントへ進出した。中田英寿、小野伸二ら海外で活躍する選手もいて、「黄金世代」への期待が大きく高まった時期だった。
ここでも大会が終われば、毎日ワールドカップの話をする生活は終わる。
ところが、サッカーを実際にする人を見ると興味深い動きがある。
笹川スポーツ財団の調査では、年1回以上サッカーを実施した成人の推計人口は、2000年の219万人から2002年には272万人、2004年には376万人へ増えている。
JFA登録でも、小学生年代は2001年度約23万4000人から、2002年度約24万5000人、2003年度約26万3000人、2005年度には約28万4000人へ増えていった。
ここでもワールドカップだけを原因とは断定できない。
ただ、
見た
↓
面白かった
↓
ボールを蹴ってみた
↓
チームへ入った
という人が一定数いたとしても、不思議ではない数字である。
2011年のなでしこジャパンは、何を残したのだろう
2011年、日本女子代表はFIFA女子ワールドカップで初優勝した。
これも、日本サッカー史に残る大きな熱狂だった。
翌2012年にはロンドン五輪で銀メダル。
女子サッカーが、それまでサッカーに詳しくなかった人にも一気に知られるようになった時期である。女子代表の世界的成功については、笹川スポーツ財団の研究でも日本サッカーの競技力向上を象徴する出来事として扱われている。
登録者を見ると、JFAの女子登録選手数は、
2010年度約2万5300人。
2011年度約2万6200人。
2012年度約2万8500人。
2013年度には約3万200人まで増えた。
ここにも、同じことが言える。
なでしこブームは、永遠には続かなかった。
しかし、
ブームが終わったことと、何も残らなかったことは同じではない。
ブームとは、そもそも冷めるものなのかもしれない
考えてみれば、ブームが永遠に続くというのは少し矛盾している。
ブームとは、
普段は見ない人まで見る。
普段は買わない人まで買う。
普段は話さない人まで話す。
という、一時的に関心が大きく膨らんだ状態である。
ワールドカップが終われば、ニュースは別の話題へ移る。
スター選手も引退する。
新しくサッカーを見始めた全員が、その後毎週Jリーグを見るわけではない。
だから、
ブームを冷めないようにする
こと自体が、無理な目標なのではないだろうか。
むしろ重要なのは、
熱が高いうちに、何人が次の場所へ移れたか。
なのかもしれない。
「100万人が熱狂した」より、「その後1万人が残った」
仮に、大きな大会を100万人が見るとする。
大会が終わったあと、99万人が元の生活へ戻ったとしても、
1万人が、
地元のJリーグクラブを初めて見に行く。
子どもにボールを買う。
近所の少年団を調べる。
女子サッカーの試合を見る。
高校サッカーを見る。
自分でもフットサルを始める。
そんな行動を始めたなら、それは失敗なのだろうか。
むしろ、
ブームの役割とは、一時的に全員をファンにすることではなく、次の入口へ大量の人を運ぶこと
なのではないか。
そう考えると、見るべき数字も変わる。
テレビ視聴率やSNSのトレンドだけではない。
大会の翌年に、
競技人口は増えたのか。
スタジアムへ初めて来た人はいたのか。
スクールの体験者は増えたのか。
ユニフォームを買った子どもは、翌年もボールを蹴っているのか。
地元クラブを知った人は、その後も試合結果を見るようになったのか。
そこまで追って初めて、
ブームが何を残したのか
が見えてくるのではないだろうか。
そして、日本サッカーには実際に残ったものがある
1993年のブームは冷めた。
それでもJリーグは消えなかった。
当初10クラブだったリーグは全国へ広がり、2024年にはJ1・J2・J3のリーグ戦だけで年間約1193万人がスタジアムを訪れている。Jリーグ公式試合全体では約1254万人で、過去最多を更新した。
1998年に日本代表が初めてワールドカップへ出場し、2002年には日本で大会を開催した。その後も日本代表はワールドカップへ出場し続けてきた。JFAの歴史をたどれば、1993年のJリーグ開幕、1998年の初出場、2002年の自国開催は、別々の出来事ではなく、日本サッカーの基盤が積み上がっていった時期として見ることができる。
つまり、
ブームは消えたのではなく、一部が文化へ変わった。
とも言える。
全員が残ったわけではない。
熱狂の大部分は去った。
それでも、クラブが残った。
スタジアムが残った。
選手が残った。
指導者が残った。
そして、その時代を見てサッカーに触れた子どもたちが次の世代へ進んだ。
だから「冷めること」を恐れなくてもいいのかもしれない
次に日本代表がワールドカップで大躍進すれば、またサッカーブームが来るかもしれない。
世界的なスーパースターが日本から現れれば、子どもたちが一斉にその選手のユニフォームを着るかもしれない。
そのとき、
このブームを終わらせてはいけない。
と考えたくなる。
でも、少し違うのかもしれない。
ブームは、いつか冷める。
問題はそこではない。
冷めるまでの間に、次の行動へ移れる入口をどれだけ用意できたか。
地元クラブを見に行ける。
近所でボールを蹴れる。
子どもがサッカーを始められる。
女子も気軽に参加できる。
好きになった選手のその後を追える。
海外サッカーだけでなく、日本のサッカーへ戻ってこられる。
そうした受け皿があれば、熱狂の100%は残らなくてもいい。
10%でも。
1%でも。
次の場所へ移ればいい。
そして、その人たちが何年か後には「昔のブームで見始めた人」ではなく、
普通にサッカーが生活の中にある人
になっている。
それが、
ブーム → 接触 → 体験 → 習慣 → 文化
という流れなのではないだろうか。
サッカーブームは、冷める。
でも、
冷めたあとに何が残るかは、同じではない。
次の記事では、今回取り上げた中でも最も象徴的な1993年へ戻ってみたい。
あれほど大きな社会現象になり、その後「Jリーグブームは終わった」とも言われた時代。
それでも30年以上たった今、日本には全国各地にプロクラブがあり、毎週末サッカーを見に行く人がいる。
では、
1993年のJリーグブームは、結局、日本に何を残したのだろうか。
次はそこを考えてみたい。
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