取り残されて、新城――タロコのふもとでひとやすみ
この出来事の、すこし前の記録👇
「太魯閣のシャカダン歩道|谷と水と石と森と」
2012/7/12 太魯閣
ぐんぐん速度を上げていくバスに向かって、おーいと手を振って追いかけてみたが、バスはだんだん遠くに小さくなっていった。走り去っていくバスの後ろ姿を見ながら、あーあ、やっちまったな、と思った。
太魯閣を下るバスはとてつもない乱暴者だった。ヘビのようにうねる道を速度を落とすことなくじつに強引にとばした。僕はシートにしがみつくように背中と太ももで身体を固定して、両手は前の座席をガッシリとつかんでいた。そんな激しい揺れのなかでも不思議と眠たくなるもので、一日の山登りで疲れていたことも手伝って、僕はいつの間にか眠ってしまっていたようだった。バスはどこかに停まり、僕は呼びかける運転手の声で目を覚ました。そして、寝ぼけた頭でシエシエと言って、そのままバスを降りてしまった。

降りたところは目的地の花蓮駅からずっと離れた新城(太魯閣)駅という、自分にとってまったく見当のない土地だった。駅前の路上に何台かの車が停まっていて、駅の入口には手作りのスイカジュースの露店がでているだけだった。そして駅舎のずっと背後には、太魯閣峡谷を形成する山々がいくつか折り重なるようにして霞んで見えた。

台湾好行太魯閣任我行というバス一日乗車券に付いてきたパンフレットの時刻表によると、新城(太魯閣)駅のバス到着時刻は17時40分となっている。僕がつい今しがた降りたバスだった。そして次に到着するバスの時刻は、そこにはなかった。つまりそれは今日の最終バスであることを意味していた。すぐさま僕は駅の窓口に行き、切符売りのおじさんに花蓮行きの列車の時刻を尋ねた。すると、次の自強号は2時間後の19時50分に来るという途方もない答えが返ってきた。
僕はめんどうなことになってしまったと後悔しながらも、これからなにをしていいかわからず、かといって、へなへなと脱力してしまった気力を取りもどせるわけでもなく、しかし、このままここで呆然と立ち尽くしているわけにもいかず、また、そんなことをしてもなにも起きないこともわかっていたので、気晴らしでもなんでもいいから、とにかく近くを歩こうと決めた。
乱雑に伸びた背の高い草が歩道まで迫っている平坦な道をしばらく歩いていくと、片側2車線のひときわ大きな通りにでた。道路を渡った向こう側にはセブンイレブンが見える。理由はわからないけれど、店のなかに入ればなんとかなるかもしれないと自動扉をくぐった。いい感じに茹であがった茶葉蛋の、台湾のコンビニによくあるいつもの匂いがしてくると、心なしか気持ちが落ち着いてくるような気がするのであった。
ペットボトルのお茶を一本買って店をでたところで、猛スピードで太魯閣の方面に向かって走っていくバスがあった。もしかしたら市バスならまだあるのかもしれない。ここから花蓮までどれくらいの距離があるのかわからなかったが、いいタイミングで市バスに出会うことができれば、それほど長い時間を無為に過ごすこともなく、花蓮のホテルに帰ることができるかもしれないと考えた。
向かいの歩道に、小さい荷台に土のついた野菜をたくさん積んだトラックが乗り上げていた。その周りで、地元の人たちが簡単なつくりのプラスチックのイスに腰かけて世間話をしていた。
僕は近づいて、バスに乗る場所はありますか、とヘタな中国語で尋ねた。すると、紺色の作業帽をかぶったおじさんが立ち上がって、そっちだよと示した方向に花蓮客運と書かれた赤い小さな看板があった。それは見過ごしてしまうほどのとても小さなバス停だった。道路から吹きつける粉塵ですすけてしまった時刻表には、今から50分ほど後に通過することになるバスの時刻が小さく書かれていた。
歩道の内側は広場のような敷地になっていて、見上げると、いくつもの赤ちょうちんをぶら下げたタイワン廟が建っていた。廟に上がる階段の前では、おばあちゃんと、そのすぐ近くで男の子がボールを持って走り回っていた。心に少し余裕ができた僕は、バスを待っているあいだ、近くを散歩してみることにした。個人的に写真を撮りたいと思えるようなスポットがあるわけではなかったが、これも後で思い返せばいい記念になるかもしれないと思い、来る予定がなかった土地の写真を何枚かカメラに収めて歩いた。

ふたたび廟の近くに戻り、縁石に腰を降ろしてからセブンイレブンで買ったペットボトルのお茶を開けたが、最初の一口を飲んだところでブッと噴き出しそうになった。予期しない甘さが唐突に口の中に広がったからだった。間違えて砂糖入りのお茶を買ってしまうことはこれまでに何度かあった。今日はこれで何回目になるのかなあ、などとたわいもない過去の失敗を思い出しいるうちに、夜のとばりは次第にあたりに落ちはじめ、その薄暗い空のなかに、コウモリが二匹、お互いにぶつかりそうになったり離れたり、予測できない動きを繰り返していた。

そんなとき、野菜を積んだトラックが停まっていた方向から声がしているのに気がついた。見ると、さっきの作業帽のおじさんがこっちに向かって何か大きな声で叫んでいる。バスが来たということらしい。おじさんは道路に飛び出していき、両手を大きく振ると、猛スピードで走るバスをまたたくまに停車させた。
僕は、作業帽のおじさんにシエシエと頭を下げてバスに乗り込んだ。バスの乗客は僕ひとりだけだった。そして、本当だったら、もうとっくに通り過ぎていたはずの道を、バスはゆっくりと加速し始めた。

📍降りてしまった駅、新城(太魯閣)駅。
目的地ではなく、通過点になるはずだった。
そして、記憶に残った。
花蓮にたどり着いたこの夜、僕は鉄板の音に誘われていた。
👉「燃えるテッパンの夜。あの日じゅうっと鳴った。」
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遠く過ぎた旅の風景を、いま言葉にしています。
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