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【三国志の話】【レトロゲーム】1980年代の三国志ゲーム(後編)

 本記事の主な内容は無料です。おまけの資料だけ、有料です。

はじめに

 前編では、1980年代に発売された、三国志がテーマのシミュレーションゲームについて語りました。

 その中で、250人前後の人物が登場するという共通点を持つ3作品(光栄、エポック、ホビージャパン)の、それぞれ特徴について考察しました。

 後編では、その3作品の中に「誰が選ばれて、誰が選ばれないのか」を調査して、感心したり突っ込んだりしようと思います!


なぜ彼らは選ばれたのか

即ゲームオーバーを避けるため

 いきなりですが、ゲームでのプレイヤーの立場は何でしょうか?

 君主であることは間違いないが、劉備りゅうびとか曹操そうそうとかの個人ではないですよね。

 多くのゲームでは、最初に選んだ君主個人が死んでも、後継者を立ててプレイを続けますから。

 ホビージャパンの英雄三国志(以下、HJ)は、そのときに親族武将しか後継者に選べないルールです。

 そのため、「無能なMOB親族武将」が多数入っている。

 劉禅りゅうぜんであれば、知名度が高いので、どのゲームにも入っています。
 HJにはそのほかにも、 袁耀えんよう(袁術の子)、曹芳そうほう(曹叡の養子)、孫登孫和(孫権の子)、劉璿りゅうせん(劉禅の子)なども入っているのです。

引き立て役として

 このHJのルールには、賛否両論あるでしょう。
 245人という限られた枠の一部を、ただ血筋がいいだけの無能な人物で埋めてしまうのだから。

 ただし筆者は、それこそがHJの狙いだったと考えます。
 このゲームに登場する人物には、能力の基準があるらしいからです。
 武官なら戦闘修正+1、文官なら作戦修正D2です。

 その基準以上の人物ばかりだったら、基準ギリギリの人物がザコになってしまう。
 だから、真に無能なザコ武将が存在することで、基準ギリギリの通常武将の価値が上がるという理屈です。

 また、プレイヤーに蹴散らされるNPC君主にも、基準に満たないような凡将を多く採用しました。

 王匡おうきょう韓馥かんふく丁原ていげん劉虞りゅうぐなどです。
 彼らの存在も、通常武将の価値を引き上げていると思います。

多様性の確保

 光栄の「初代三國志」(以下、光栄)では、逆に、NPC君主の配下武将も充実していて、プレイヤーから見て侮れない存在にしたい意図が見えます。

 具体的には、閻圃えんほ張衛楊松張魯ちょうろの配下)、孟優もうゆう(孟獲の弟)、劉延(劉度の子)などは、光栄にだけ登場します。

 もう一つのゲーム、エポック「三国志演義」(以下、EP)は、前編でも触れたように、そもそも史実通りのバランスを保つ必要がない。

 人物をランダムに引いてくる面白さ、意外性がウリです。
 そのため、能力の低いザコ武将をあえて、外れとして入れていると思われます。

 具体的には、「三国志演義」のストーリーを盛り上げるためのザコキャラが多いですね。

 夏侯存・秦良・費耀・孟坦・呂通(曹操配下のザコ武将)、卓膺・冷苞(劉璋の配下)、樊能(劉繇の配下)、楊齢(韓玄の配下)、劉辟(黄巾の残党)などが、EPにだけ入っています。

好みの問題か?

 どうしても意味が分からないものは、もう、好みの問題としか考えられません。

 HJについては、すでに前編で、このように書きました。

 「旌旗蔽空」には致命的な問題がある。

 簡単に言えば「董卓とうたくの過大評価」です。

【三国志の話】【レトロゲーム】1980年代の三国志ゲーム(前編)

 その「旌旗蔽空せいきへいくう」の120人から、「英雄三国志」では245人に増えたおかげで、バランスはかなり改善されました。

 それでもまだ(敵味方いずれにしても)、董卓に関わる人物は多すぎる。
 例えば、武官の李蒙りもうとか、文官の士孫瑞しそんずい馬日磾ばじつてい荀爽じゅんそうなどが、新たに加わっています。

 それ以上に三国時代後半の人物も増やしていますが、実はそこには、別の偏りが見られるのです。
 それは、曹爽そうそうと愉快な仲間たちです。

 これは仕方ない部分もあって、三国鼎立以降はが強すぎるから、新たに内部の派閥争いをルール化して、ハンデを設定したわけですね。

HJ「英雄三国志」の「派閣」ルール。

 そのクライマックスが「曹爽司馬懿」という設定なのでしょう。

 それにしても、曹爽本人に加えて曹羲そうぎ曹訓何晏桓範を、245人の枠の中に入れたのは、ちょっとやりすぎだと思いますねー。

なぜ選ばれなかったのか

 次に、選外が意外な例を挙げていきます。

キャラかぶりがいや?

 以前の記事で、「演義には、同じようなタイプの二人を同格のコンビのようにして登場する例が多い」ことを書きました。

 ゲームでは、必要と判断すればどちらも採用で、不要ならどちらも不採用になるのが自然でしょう。

 例えば、赤壁の戦いで周瑜しゅうゆに踊らされるザコキャラ、蔡和蔡中
 HJには出てこない。彼らは演義で創作された架空の人物だから当然です。
 光栄演義ベースだから、両方出てきます。
 しかしEPではなぜか、蔡和だけが入っているのです。

 あえて理由を捜せば、「2人のキャラが被ったから、どっちか1人でいいや。」でしょうね・・・。

 もっと意味不明な例は、司馬師司馬昭です。
 彼らは、演義でも正史でも重要な人物なので、光栄にもHJにも当然のように両者とも登場します。
 しかしEPでは、通常版にはどちらも入っておらず、拡張版で、司馬師だけが入りました。
 まさか、三国時代終盤の重要人物司馬昭が、「兄弟でキャラが被ったから削られた」とは思いたくないですが‥・。

「玄徳の野望」だから?

 三国時代後半が手薄な傾向は、3作品ともにあり、特に光栄で顕著でした。

 前編で、こう書きました。

(光栄は)二一五年のシナリオで終わる。
 つまり、劉備死後のシナリオがないのです。実際に、三国時代後半の人物が極端に少ない。
 このことは、頭に入れておきたいところです。

【三国志の話】【レトロゲーム】1980年代の三国志ゲーム(前編)

 具体例を挙げると、光栄(の、初代)には、このような人物たちは出てきません。

  • 南征に関わる人物たち:阿会喃・鄂煥・金環三結・兀突骨・朶思大王・董荼那・王伉

  • 司馬氏が権力を握る時期の人物たち:曹爽・夏侯玄・夏侯覇・王凌・毌丘倹・陳泰・文欽・諸葛誕

  • 魏が蜀を討つ時期の人物たち:鍾会・鄧艾・諸葛瞻・黄晧

  • 晋が呉を討つ時期の人物たち:王基・杜預・羊祜・陸抗・孫晧

 彼らは、続編で遅いシナリオができる(Ⅱで220年、Ⅲでは234年)につれて常連化していくので、なおさら「初代では、劉備が主役だった」ことが分かりますね。

地方を軽視か?

 HJでは、三国時代後半の人物たちが、かなり入っています。
 先に書いたように、魏国内の派閥争いがルール化されているため、鍾会鄧艾などの親司馬派も、先述した曹爽派や、王凌毌丘倹文欽諸葛誕などの反司馬派も、しっかり入っています。
 これは、評価すべきところです。

 ただ、この人選も含めて全体像を見ると、このゲームは「中央志向が強い」特徴があると考えます。

 具体的には、序盤の「董卓反董卓派」、中盤の「曹操袁紹」、終盤の「」の対立軸がメインですね。

 その影響で、北部では張燕張楊ちょうよう、南部では孟獲士燮ししょうらの勢力がそもそも存在しない。
 さらに、全体的にも軽視されているように思います。

キャラが立っていない?

 正史はもちろん、演義のストーリーにすらも縛られないEPでは、時代や地方に関係なく、同社が面白いと思う人物が入ります。

 例えば、「竹林七賢」の山濤さんとうや「建安七子」の阮瑀げんう徐幹、南蛮の猛将鄂煥がくかんなど、興味深い人選になっています。

 逆に、あからさまに「地味なキャラクター」は割を食ったようです。

 例えば、袁紹の親族は袁尚だけで、袁熙袁譚高幹は全て選外。
 蒯越簡雍鍾繇しょうようなどの文官や、劉焉りゅうえんのような群雄さえも、外れています。

余談

 最後に、もはや笑ってしまうしかないネタを書いておきます。

曹彰そうしょう曹植そうしょく

 どちらも曹丕そうひの同母弟で、正史でも演義でもおなじみの「キャラが立った」人物です。

 しかしなぜか、光栄には曹彰がおらず、逆にEPには曹植がいませんでした。

鄂煥がくかん

 南蛮の武将ですが、光栄には登場しません。

 EPでは登場することは上に書きましたが、なぜか、呂布などと並ぶ最高の武勇値を持っています。

 参考までに、このサイトのリプレイでは、誰かが彼を引き当てたらしい。
 最後の写真で、関羽姜維の間に並んで写っていますね。

 そして彼は、演義が創作した架空の人物なので、正史ベースを志向するHJには出てこない・・・はずなのですが、なぜか採用されているのです!

 参考までに、このサイトでもネタにされています。

エピローグ

 HJ「英雄三国志」で設定されるシナリオは「西暦189年から239年の約50年」であり、登場人物もその設定に沿ったものでした。

 時は過ぎ、季刊タクテクス誌第3号(1991年春)には、ルールのQ&A・正誤表とともに、「その後」の追加シナリオとその想定に沿った100人の追加人物データが発表されました。

 このとき追加された100人の内訳は、呉40魏38蜀22と、呉の人物が多い。

 前編で筆者は、このように書きました。

 正史に依拠するということは、呉の滅亡(西暦280年)までをカバーするということです。

 登場人物も、目安としては、『魏書』三十巻・『呉書』二十巻・『蜀書』十五巻という『三国志』の構成に近いバランスになるはずです。

【三国志の話】【レトロゲーム】1980年代の三国志ゲーム(前編)

  それ以前の人物には魏・呉・蜀の分類がされていないので、全体のバランスがどうなったかは確認できませんが、おそらく、この目安に近づくような(つまり、が少なすぎたのを補う)調整がなされたのだと思います。

 ただし、シミュレーション・ゲームの宿命ですが、歴史を再現できることと、ゲームとして面白いことの両立は難しい。

 このとき追加されたシナリオでは、(と司馬氏)がさらに強くなっています。
 劉禅孫皓には、全く勝ち目がないでしょう。

 「英雄三国志」が西暦239年開始のシナリオで終わっていたことから読み取れるメッセージは、このことですね。

おまけ

 この記事を書くにあたり、3作品の人物データをまとめて資料化しました。
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貴重なお時間を使ってお読みいただき、ありがとうございました。有意義な時間と感じて頂けたら嬉しいです。また別の記事を用意してお待ちしたいと思います。