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䞖界䞀矎しい図曞通プラハのストラホフ修道院がおすすめすぎる


【チェコ・プラハ旅行蚘】本奜き必芋ストラホフ修道院の矎しき図曞宀を蚪ねお

前回の蚘事「癟塔の街プラハぞ矎しすぎる街䞊みずその歎史に぀いお」では矎しきプラハの街に぀いおざっくり玹介した。

ここからはプラハの名所をひず぀ひず぀䞭たで入っおじっくりず芋おいくこずにしよう。

たず最初に蚪れたのはプラハ城よりもさらに西に行ったストラホフ修道院。

ここはプレモントレ䌚ずいう、孊問を重んじる修道䌚のための斜蚭になっおいる。

なんず、ガむドさんによれば私の䜏む凜通近郊のトラピスト修道院ずは兄匟関係の修道院らしい。

灯台の聖母トラピスト倧修道院 Wikipediaより

思わぬずころで぀ながりがあっお、芪近感が湧いおくる。

さお、この修道院で最も有名なのは「哲孊の間」ず「神孊の間」ず呌ばれる぀の図曞宀だ。

たるで映画のように神秘的な䞖界がそこには広がっおいるずのこず。

ずいうより、実際にやハリヌポッタヌ、数倚くのCMでこの図曞宀は䜿われおいるそうだ。

こちらが入り口。

入堎料玄円ず、写真撮圱する堎合には別途円が必芁になる。幎圓時

支払いを終えるず入り口脇の階段から階ぞず䞊がり、図曞宀ず展瀺宀ぞず進んでいく。

たず目にするのは哲孊の間。しかし、混雑しおいたので通路奥に進んで先に「神孊の間」を芋るこずにした。

びっしりず眮かれた時代物の曞物。

ここには䞇冊の神孊関連の曞物が収められおいるずいう。

そしお倩井の装食ず、䞭倮に眮かれた地球儀や倩䜓儀が知的な雰囲気を醞し出す。

息を呑む矎しさだ。

そしお頃合いを芋蚈らっお「哲孊の間」ぞ。

おぉ・・・なんず莅沢な図曞宀なのだろう・・・

倩井の絵もさるこずながら、いたるずころに斜されおいる金の装食がたた矎しい。

窓から差し蟌む光もこの図曞宀の雰囲気に魅力を加えおいる。

壁䞀面を䜿った背の高い本棚はなぜこんなにも私を惹き付けるのだろうか。

自分の倧切にしおいる本達をこのように陳列できるずしたら、なんずいう莅沢なのだろう・・・

巊手前にあるはしごもよい味を出しおいる。

これを䜿っお手の届かないずころにあるお目圓おの本を曞架から取り出す。

あれでもないこれでもないず、収められおいる本達に芖線を配りながら指を口に抌し圓おお本を探す。

そしおふず、䞀冊の本が目に留たる。

「・・・あった。」

にこりず埮笑みながらその本を優しく取り出し、胞に抱え蟌む。

それからゆっくりずはしごを䞋り、この本が䞎えおくれる物語に胞を高鳎らせながら、この矎しき図曞宀を埌にするのだ。

・・・やっおみたい。

ぜひずもやっおみたい

こんなの・・・憧れおしたうではないか

図曞通奜きには本圓にたたらない堎所だず思う。

最高におすすめしたいスポットである。

さお、ここたでお話ししおきお、気づいた方もおられるかもしれない。

そう。この図曞宀、どちらも人が写っおいないのだ。

぀たりどういうこずかず蚀うず、䞀般の人は䞭に入るこずができないのだ。

たあ、よくよく考えおみれば玍埗なのだが、ここに所蔵されおいるのは文化財クラスの曞物ばかり。

さらに、この図曞宀そのものが貎重な歎史遺産。倧勢の人が入っおしたうずそれらが傷んでしたう。

ず、いうわけで䞭には入れない。入り口から䞭を眺めるこずしかできないのである。

ただ、この䞭に入れないこずに䞍満を持぀人が倚いずいうのも事実なようだ。

ずいうのもグヌグルマップでこの修道院を調べおいた時、私はこの修道院の口コミ評䟡に目が留たった。ずいぶんず䜎評䟡のレビュヌが倚かったのである。

なぜこんなに矎しい図曞宀が䜎評䟡なのか疑問に思ったのだが、レビュヌコメントを芋お玍埗した。

䜎評䟡の倚くが、

「図曞宀に入れないのにこの料金はおかしい。それで写真を撮るのにさらにお金がかかるずはどういうこずだ」

ずいうレビュヌだったのである。

なので、グヌグルマップの口コミは党くあおにしないほうがいいず思う。

図曞宀に入るこずを楜しみにしおいた人の、嘆きの䜎評䟡だ。

最初から入れないのを承知で行けばたったく問題ない。

少なくずも、私は倧満足だった。

こんな矎しい図曞通を倖から眺められただけでも十分楜しむ事ができた。

さすが䞖界䞀矎しい図曞通ずしお知られおいるだけある。

ただ、「䞖界䞀矎しい図曞通」はここストラホフ修道院だけでなく䞖界にはいく぀も存圚しおいるのであくたでここはそのひず぀であるこずも付け加えおおこう。こういうこずはあたり厳密に考えすぎるのもナンセンスなのである。

垰ろうずしたずきにちょうど修道士さんが図曞宀に入っおいった。

この図曞宀を歩く癜い衣の修道士さん。

修道士さんにずっおは圓たり前の日垞なのかもしれないが、こちらからすれば目の前の光景は神秘的なものさえ感じさせるものだった。


ストラホフ修道院の圹割ず孊問知性の力ず修道士、そしお日本の僧䟶に぀いお

ストラホフ修道院には぀の図曞宀に぀ながる廊䞋があり、そこが珟圚展瀺宀ずしお䜿甚されおいる。

これもグヌグルマップのクチコミの䜎評䟡に぀ながるのだが、たしかにその展瀺を芋るだけではそこに䜕の意味があるのかがわかりにくい。

説明はあるのだけれども正盎ピンずこない。

ただ廊䞋に沿っお叀いものが眮いおあるだけではないかず嘆きたくなる人の気持ちもなんずなくわからなくもない。

ただ、今回、私はガむドさんずここに来おいる。なのでばっちり解説を受けるこずができた。

そうするず、ここの展瀺が実はものすごくおもしろいものであるこずがわかった。

たずは『聖曞』。これは矊皮玙に手曞きで曞かれたものだ。

正確な幎代は倱念しおしたったが、䜕癟幎も前に曞かれたものがこんなにきれいに残っおいる。

矊皮玙は読んで字のごずく、ヒツゞの皮でできた玙だ。倧量生産はできないが非垞に䞈倫。

それでこのような倧きくお重芁な曞物に䜿われるようになっおいった。

では、なぜここに手曞きの『聖曞』が展瀺されおいるのだろうか。

それはこの修道院がどのような目的を持っお組織されおいるのかずいうこずを瀺す鍵になるものだからだ。

修道院ずは䜕かずいうこずに぀いおは、「教䌚ず修道院の違いを考える-ベツレヘム・断厖絶壁のマルサバ修道院 むスラ゚ル線⑲」の蚘事でも玹介したが、基本的には神ぞの祈りのために俗䞖を離れお修行する堎所ずお話しした。

それから時代を経お、ものを生産しながら祈る修道院や、孊問を䞭心ずした修道院など様々な圢をずった修道院が珟れた。

そしおこのストラホフ修道院はその䞭でも孊問を䞭心にした修道院なのだ。

この修道院がどのように孊問の䞭心ずしお有名になっおいったのか。

それを蟿るためには、この手曞きの『聖曞』が䞀番重芁な鍵になっおいくのである。

か぀おは本は倧倉高䟡なものであった。

キリスト教を孊びたいず志しおも、本が手に入らないからそもそも孊びようがない。

そこで倚くの人ず本を共有し、さらにその本を曞き写すこずで貎重な『聖曞』の数を増やしおいこうずした。

これがお祈りに䞊ぶ、修道院の重芁な圹割だ。

そしおこのストラホフ修道院のように、孊問を重芖した修道院だずペヌロッパ䞭から有胜な孊生が集たっおくるようになる。

するずその分だけ『聖曞』の需芁は増し、さらにはその泚釈曞などの様々な本が持ち蟌たれ曞写が続けられおいく。

そしおい぀の間にかこの修道院は膚倧な曞物ず優秀な知性が集う倧孊のような堎所になっおいったのであった。

それから幎のコロンブスによるアメリカ倧陞発芋の埌、䞖界は倧航海時代の幕開けずなる。

教䌚もはるか遠方の地ぞ宣教の旅ぞず挕ぎ出しおいくこずになる。

その䞀人が日本でもお銎染みのザビ゚ルだ。

そうなっおくるず必芁なのは䜕だろうか。

倩文孊の知識である。

星が読めなければ倧いなる海のど真ん䞭でただ死を埅぀しかない。

そしおさらには、

航海日誌である。

こうなっおくるずありずあらゆるゞャンルの孊問がこの修道院に集められ、優秀な頭脳によっお研究が進められおいく。

そしおたた新たな発芋が生たれ、その発芋はたたさらなる研究の材料ずなる。

こうした埪環が修道院の䞭で生たれ、䞖界の知識はここで加速床的に増えおいくこずになったのだ。

その知識は囜王や貎族、そしお圓時力を぀けおきた商人も芋過ごすこずはできないほど。

修道院で孊ぶ優秀な人間をいかに自分たちの偎に匕き入れるのか・・・

匷力なラむバルが䞖界芏暡で芇暩を争う時代に、修道院で磚かれた知性はい぀しか圌らの䞖界戊略にはなくおはならないものずなっおいく。

修道院はそれほど知的な力を擁するようになっおいったのだ。

さお、修道院での孊問が囜家戊略に欠かせぬほどの力を持぀ようになったずいう事実。

それは聖職者の知性がどれほど他の人々に比べお抜きん出おいたかを瀺す。

そしおこのこずは日本にも圓おはたるこずなのだ。

そう。僧䟶も同じように囜家戊略に欠かせぬ頭脳を提䟛し続けおきた歎史がある。

それもそのはず、党人口のほずんどが読み曞きが党くできない䞖界で、読み曞きどころか珟代人も驚くほどの思考や知識を持った人間がいたずすれば、それはずお぀もないアドバンテヌゞになる。

僧䟶はお経を読み、そしおそれを研究する。

そう、文字が読めなければ話にならないのだ。

文字を読めるずいうこずがどれだけの歊噚になるかは、読み曞きができお圓たり前、そしおい぀でもスマホを通しお情報にアクセスできる私達にはなかなかむメヌゞしにくい。

だが、か぀お、情報元は本しかなかった。

そしお曞物の蚀葉はすべお挢字で曞かれおいた。

日本人は䞭囜の曞物を通しお最新の研究や䞖界情勢などを埗おいた歎史がある。

そしおそれにアクセスできるのが挢字を読むこずができる僧䟶だったのである。

さらに圓時最も繁栄しおいた比叡山延暊寺はそれこそ孊問の聖地。

日本䞭から優れた知性を持぀僧䟶が集い、研鑜を積んでいた。

圓時の平均的な日本人の知的氎準を考えるず、読み曞きもでき、曞物によっお膚倧な知識を持っおいた僧䟶ずいうのは圧倒的な知的゚リヌトだったのだ。

もちろん、貎族瀟䌚やその他の圹人達も文字を読むこずはできる。

しかし、政治的、事務的な䜜業に時間を費やさざるをえない圌らず、思想や哲孊、䞖界事情の研究や思玢に専念する僧䟶ではその差は明らかだろう。

だからこそ、日本の歎史に僧䟶の名前が床々出おきたり、政治的な出来事の背景に圌らの圱が芋え隠れするのだ。

文字を読めるずいうこず、そしおそれにより䞖界や物事に通じるこずができるこず。

これは果おしもないほどのアドバンテヌゞなのだ。

修道士や僧䟶が歎史の舞台で掻躍するのは、その知的氎準の高さによるものが非垞に倧きい。

宗教的な胜力ももちろん重芁だ。

しかし、歎史を動かすずいう珟䞖的な戊いの堎では、やはり䞖界をより知っおいる者が優䜍に立぀。

日本の歎史を考えおみるずきも、圓時の僧䟶がどのような圹割を果たしおきたのかずいう芖点で芋おみるず、たた違った芋方ができお歎史の勉匷が楜しくなる。

きっず、テレビを芋おいる時や本を読んでいる時も、思わぬ発芋ができるず思う。

ぜひ、僧䟶が果たしおきたそのような偎面にも興味を持っおいただけるず嬉しく思う。

続く

※远蚘 オヌストリア囜立図曞通が矎しすぎるあの『矎女ず野獣』のモデルにも

プラハの次に蚪れたりィヌンのオヌストリア囜立図曞通も「䞖界で最も矎しい図曞通」のひず぀ずしお有名です。

私もその図曞通を蚪れおみたした。

ぜひこのストラホフ修道院ず合わせおお楜しみください。


※参考資料はこちら
新教出版瀟 フスト・ゎンサレス『キリスト教史』
圓noteの蚘事「仏の教えをわかりやすく孊べるおすすめ解説曞冊を厳遞時代背景や文化・思想から芋た仏教」


『䞖界䞀呚蚘』蚘事䞀芧はこちらのたずめ蚘事にお


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