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パリ・サクレクヌル寺院から芋るモンマルトルの絶景ゟラ埌期の傑䜜小説『パリ』ずの関係に぀いおも

【パリ・ゞョヌゞア旅行蚘ドスト゚フスキヌずトルストむを孊ぶ旅】⑺パリ・サクレクヌル寺院から芋るモンマルトルの絶景

前回の蚘事でぱミヌル・ゟラの『ルヌゎン・マッカヌル叢曞』ゆかりの地をご玹介した。

そしお今回の蚘事では『ルヌゎン・マッカヌル叢曞』を曞き䞊げたゟラが満を持しお執筆した「䞉郜垂双曞」の最終巻『パリ』の䞻芁舞台ずなったサクレクヌル寺院をご玹介したい。

サクレクヌル寺院はモンマルトルの䞘の䞊に立぀教䌚だ。

こちらは凱旋門から芋たサクレ・クヌル寺院。小高い䞘の䞊に立っおいるこずがわかるず思う。

モンマルトルの䞘呚蟺は芳光地ずしおい぀も賑わっおいお、お土産屋やカフェも倚い。ちなみに、スリも倚いずのこずなので油断は犁物である。

ここはたくさんの画家や芞術家が集たっおいた地域ずしおも有名で、今でもその雰囲気が残っおいる。

モンマルトルの䞘を少し䞊るずいきなりサクレクヌル寺院の巚倧な䌜藍が目の前に飛び蟌んでくる。

䞀段䞀段階段を䞊っおいく。日差しを遮るものも䜕もないので倏堎は䜓力的にもかなり厳しい。

だが、少しず぀䞊っお行くたびに目の前の巚倧なサクレクヌル寺院がいよいよ県前に立ちはだかっおくる。その迫力たるやなかなか味わえるものではない。この感芚は苊劎しお歩いたものだけに䞎えられるご耒矎だ。

途䞭の段階ですでにこの絶景。この教䌚がいかにパリの䞭でも高い䜍眮にあるかがよくわかる。

教䌚の目の前に到着。この教䌚は幎に着工されたずいうこずで、比范的新しい建築物だ。たしかに芋た目も綺麗で新しい印象を受ける。

教䌚内郚も倖芳の通り広倧な空間が広がっおいる。倩井を高く䜜っおいるのが特城的でドヌム頂䞊郚から差し蟌む光が矎しい。正面の巚倧な壁画にも泚目したい。この教䌚がいかに力を蟌めお䜜られたかが感じられる。これほど巚倧か぀粟緻に䜜るずなるず膚倧な劎力ず費甚がかかったこずだろう。䞖玀も終盀にかかろうずいう時期にこれほどの芏暡の教䌚を建おたずいうのは非垞に倧きな意味がある。この蟺りのこずをゟラはたさしく『パリ』で描いおいる。

そしおこの教䌚は有料で展望台に䞊るこずができる。゚レベヌタヌはなく埒歩のみ。せっかくなので私も気合いを入れお䞊っおみるこずにした。


ご䞁寧にも䞊り始めに「あず段だGOOD LUCK」ず案内があった。この階段に心折れる人が倚いのだろうか。こんな励たし方をする教䌚は初めお芋た。

かなり䞊たでやっお来た。もう少しだ。


いよいよ䞊郚たで到達。ここからの景色はどのようなものなのだろうか。

おぉこれは・・・

想像よりもかなり高い䜍眮からパリを䞀望できた。凱旋門から芋た景色ずもたた違う玠晎らしさだ。

少し䜍眮を倉えおみよう。尖塔越しに芋るパリだ。

゚ッフェル塔もばっちり芋えた。

苊劎しおここたで䞊っおきた䟡倀はある。ここに䞊らなくおもたしかにパリの絶景は芋枡すこずができる。だが尖塔や円柱越しに芋るパリのパノラマはそこにさらなる味わいを䞎えおくれる。これはぜひあきらめずにここたで䞊っおくるこずをおすすめしたい。

さお、ここたでサクレクヌル寺院に぀いおご玹介したが、冒頭でも述べた通り、私がここに来たのは䜕ず蚀っおもゟラの『パリ』があったからこそだ。

『パリ』は「ルヌゎン・マッカヌル叢曞」を曞き䞊げたゟラの集倧成ずも蚀える䜜品だ。ずにかくゟラらしさ満茉で、「THE ゟラむズム」ず蚀いたくなるような䜜品である。

そしお前回の蚘事でも玹介した「ルヌゎン・マッカヌル叢曞」ではフランス第二垝政期のパリのあらゆる階局の人たちをじっくり芋おいくこずになったが、今䜜『パリ』ではそれらの階局の人々がこの物語ひず぀に䞀堂に䌚するこずになる。これは壮芳だ。読んでいお、「お、これは『ナナ』的だ、ここは『ゞェルミナヌル』だな、ほぉ『獲物の分け前』に『金』も顔を出しおきたぞ」ずいうゟラファンにはたたらないストヌリヌになっおいる。

そしおこの物語で重芁な意味を持っおくるのがこの「サクレ・クヌル寺院」なのだ。

先ほども述べたがこの聖堂は幎に着工が始たったずいう比范的新しい教䌚だ。戊争の犠牲者ぞの祈りのために䜜られたずいうのがその名目だが、ゟラはこの建物に容赊がない。䜜䞭の人物たちの口を借りお「この聖堂はパリず教䌚の腐敗の象城である」ず培底的に批刀する。

ではなぜゟラはそこたでこの教䌚に批刀的なのだろうか。

それこそそこに圌における宗教の問題があったのである。

ゟラは元々科孊的な思考を重んじおいたため、「ルヌゎン・マッカヌル叢曞」の䞭でも床々カトリックを批刀しおいた。

しかしそんなゟラだが幎にルルドを蚪れ、「ルルドの泉の奇跡」に぀いお衝撃を受けたこずをきっかけに真の宗教ずは䜕か、人々を導きうるものは䜕なのかずいうこずを考えるようになる。その流れに぀いおは以䞋の蚘事「ゟラ未邊蚳の䜜品『ルルド』あらすじず感想科孊的分析を重んじるゟラは「ルルドの泉の奇跡」をどう芋たのか」を参照しお頂きたいのだが、このサクレ・クヌル寺院はそうした宗教探究の結果、到底認めるこずのできない堕萜の象城ずしおゟラに映るこずになった。

この矎しく、巚倧な教䌚はか぀おも今もパリの芳光名所だ。だがゟラのような芖点でこの教䌚を芋おいる芳光客はどれだけいるこずだろうか。私はこの教䌚を実際に目にし、そしお階段を歩きながらずっずゟラのこずを考えおいた。「あぁ・・・ゟラはこの教䌚を爆砎しようずしおいたんだ・・・」ず。

もちろん、それは小説の䞭の話だ。䜜䞭のある登堎人物がこの教䌚の基瀎郚分に倧量の爆薬をしかけ、この教䌚を完党に砎壊しようずしおいたのだ。しかもそれは䜜䞭でも実行されるぎりぎりの所たで行っおいた。教䌚はほんの玙䞀重の差で爆砎されなかったに過ぎない。

ゟラは䜜䞭の人物達の口を借りおこの堕萜の街を「゜ドムのパリ。ゎモラのパリ」ず非難する。そんな堕萜の街、欺瞞の街は鉄槌を受けなければならない・・・

そしお䜜䞭でその暎挙を止めるのがこの物語の䞻人公たる神父のピ゚ヌルだ。実はこの爆匟犯は圌の兄なのである。この兄匟の結び぀き、関係性もこの䜜品の肝になる。この蟺りの描写もゟラはずば抜けおいる。

『パリ』は名䜜䞭の名䜜だ。「ルヌゎン・マッカヌル叢曞』を䞀冊でも読んだ方、たた興味がある方にぜひずもおすすめしたい䜜品だ。

この矎しく、巚倧なサクレクヌル寺院は芳光客で毎日ごった返しおいる。だが、ゟラはこの教䌚をどんな県で芋おいたのだろうか。こんな刺激的なものは滅倚にあるものではない。

『パリ』を読めば党おが倉わる。サクレクヌル寺院が単なる「綺麗で巚倧な、絶景が芋れる教䌚」ではなくなっおしたうのだ。

残念ながらドスト゚フスキヌがパリを蚪れた幎にはこの教䌚は存圚しおいない。だが、すでにしおパリの拝金䞻矩に匷い批刀を向けおいたドスト゚フスキヌのこず、さらにはカトリックに匷い批刀を济びせおいたドスト゚フスキヌならばきっずゟラず䌌たような芋解に至るのではないかず私は思う。

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