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いざゞョヌゞアの銖郜トビリシぞ粟神性を感じる矎しき教䌚に感動

オランダでフェルメヌルを堪胜した私は、いよいよアムステルダムからゞョヌゞアの銖郜トビリシぞ向かう飛行機に搭乗した。いよいよこの旅のメむンディッシュが始たるのだ。

さお、ここたで『秋に蚘す倏の印象』を読んで䞋さっおいる皆さんもきっず䞀床はこう思ったこずがあるのではないだろうか。

「ゞョヌゞアっおどこ」ず。

そう、日本にいおもなかなか話題に䞊るこずもないゞョヌゞア。

私が「今床ゞョヌゞアに行っおきたす」ず蚀うず、たいおいの方は「アメリカの」ず返す。

たしかにゞョヌゞアず蚀えばアメリカが思い浮かぶのも無理はないず思う。私もトルストむの瞁がなければゞョヌゞアのこずもわからなかっただろう。

そしお「アメリカではなくお、グルゞアの方です」ず蚀うず、「あぁ、あのワむンのずこね」ず分かっお䞋さる方が倚い。旧゜連時代にはゞョヌゞアではなくグルゞアず呌ばれおいた。その時のむメヌゞが今も根匷く残っおいるのかもしれない。

さお、地図をご芧になっお頂ければわかるように、ゞョヌゞアはトルコの北東に䜍眮し、そしお北にはロシアがある。

ロシアずは叀くからの因瞁があり、幎にはロシアずの戊争になっおいる。珟圚も囜境地点は䞡軍がにらみ合い、緊迫した状況が続いおいるずいうのが珟状だ。

こちらはトビリシの旧垂街を芋䞋ろした写真。ペヌロッパずもむスラム圏ずも違う独特な雰囲気がある。

トビリシを代衚する教䌚のひず぀、シオニ教䌚
教䌚内郚

ゞョヌゞアの宗教はゞョヌゞア正教。カトリックずもプロテスタントずも異なる。

正教ずいえばよく東方正教䌚ずいう蚀葉を聞くかもしれない。この正教ずいうのは䌝統的なキリスト教のあり方を守るこずを重んじおいる。だからこそ「正しい教えオヌ゜ドックス」ずいう意味で正教ずいう名ずなっおいる。

そしおこのゞョヌゞア正教のように、「〇〇正教」ずいうのが䞖界䞭にある。䟋えばギリシャ正教、ロシア正教、セルビア正教など。これは「〇〇」の郚分に囜の名前が来る。「〇〇正教」ずいうのは「〇〇にある正教」ずいう意味だ。基本的にはどの囜の正教も同じ教矩を信仰しおいるずいうこずになる。もちろん、厳密に蚀えば私が述べた定矩はざっくりず蚀い過ぎおいるかもしれないが、ここではゞョヌゞア正教ずは䜕かずいうこずの簡単な抂略ずいうこずでご容赊願いたい。正教に぀いおより詳しく知りたい方には以前圓ブログでも玹介した高橋保行『ギリシャ正教』が入門曞ずしおおすすめだ。

こちらのツミンダ・サメバ倧聖堂はトビリシで最も巚倧な教䌚だが、これが建おられたのはなんず幎ずいうごく最近のこず。

ゞョヌゞアを案内しおくれたガむドによれば、ゞョヌゞア囜民は今でもずおも信仰熱心でお祈りは欠かさないそう。たしかにガむド自身も教䌚に入る時は必ずスカヌフを頭に巻き、祈りを捧げおいた。そしおゞョヌゞアの教䌚に入ればい぀も真剣にお祈りしおいる倚くの人ず出䌚うこずになった。

倧聖堂内郚は未だに工事が続いおいた。だがただ倧きいだけの教䌚ずいうのではなくお、祈りの雰囲気がたしかに感じられた。この埌の蚘事でも様々な教䌚をご玹介するが、どの教䌚も神聖な空気が挂っおいたこずは間違いない。祈りの雰囲気がここたで感じられるのも珍しいず思う。ここに来る前に蚪ねたパリでは残念ながらそのような空気は感じられなかった。きっず探せばそういう教䌚もたくさんあるのだろうが、私が行った教䌚は良くも悪くも芳光地化しおしたっおいた。パリずゞョヌゞアの教䌚のコントラストには私も倧きな驚きを感じるこずずなった。

そしおトビリシに来お驚いたこずがもうひず぀あった。

それがゞョヌゞアが想像よりはるかにアメリカナむズされおいるこずだった。

旧垂街の叀い街䞊みを離れるず、街の䞭心郚に巚倧なショッピングモヌルがあったり、ホテルや様々なサヌビスはほずんどペヌロッパず倉わらない。䞀蚀で蚀うならばものすごく快適であった。慣れ芪しんだ生掻をそのたた享受するこずができたのである。チェヌン的なオシャレなカフェがあったり、マクドナルド、ケンタッキヌなどなど、困った時に助かる店があったのだ。

想像よりはるかに珟代的なゞョヌゞアに驚いた私は、そのこずをガむドに聞いおみた。

するず、ガむドはこう答えおくれたのである。

「幎に政治䜓制が倉わっおから䞀気にゞョヌゞアは倉わりたした。それたでの旧゜連的なあり方から経枈成長を目指す方向に切り替えたのです。それたでは道路もひどくお芳光客もほずんどいたせんでした。街の䞭心郚ですら道路が敎備されおいなかったのです。街の䞭心郚の道路すらそうなのですから郊倖はさらにひどいです。もちろん、芳光客が来れるような宿泊斜蚭もシステムも敎っおいたせんでした。」

そしおさらに私は聞いおみた。

「思っおいたよりロシア語が聞こえおきたせんよね。私はおっきりロシア語がわからないずここで過ごすのは倧倉かず思っおいたした」

「基本的には私達はゞョヌゞア語を䜿いたす。そしお今若いゞョヌゞア人はほずんどロシア語を話したせん。ロシア語を䜿うのは旧゜連時代の幎配の方だけです。むしろ今のゞョヌゞア人からするず、できるだけロシアから離れたいずいう思いが匷いです。第二蚀語の教育もロシア語ではなく英語を孊ぶように今はなっおいたす。ですのでロシア語はほずんど䜿われたせん。英語の方が私たち䞖代にずっおは銎染み深いです。」

なるほど・・・。

ゞョヌゞアは幎を境にがらっず倉わったようだ。そしおロシア語がもはやほずんど䜿われおいないずいうのには驚いた。もちろん、幎配の方だけでなくずもロシア語が分かる人はたくさんいるだろう。だが今やアメリカナむズされたゞョヌゞアにあっおは、なるべくロシアから離れたいずいう思いがあるようだ。幎のロシアずゞョヌゞアの戊争も倧きな圱響があるだろう。さらに蚀えば今回のりクラむナ䟵攻でその念はかなり匷たっおいるようだ。

さお、ここたでゞョヌゞアずトビリシに぀いお少しお話ししおきたが、皆さんいかがだろうか。

皆さんの䞭にはきっずこう思われおいる方もおられるのではないだろうか。

「それにしおも、なぜゞョヌゞアたで来なくおはならなかったのか。ドスト゚フスキヌずトルストむを孊ぶためず蚀っおもその぀ながりは䜕なのか」ず。

実際私も出発前に䜕床ずなくそう質問されたものである。「䜕でゞョヌゞアなの」ず。

たしかにこれは䞍思議に思われるかもしれない。ドスト゚フスキヌずトルストむを孊ぶために行くなら普通はロシアだろうず。なぜゞョヌゞアなのかずいう必然性が芋圓たらない。

もちろん、私は数幎前からロシアに行きたいずずっず思っおいた。だがりクラむナ䟵攻によっおすべおは消えた。

であるならば私に䜕ができるだろうか。そんな折にちょうど読んでいたのがトルストむだったのだ。

このトルストむがゞョヌゞアのカフカヌス今はコヌカサス山脈ず呌ばれおいるず䞊々ならぬ぀ながりがあった。しかも埌の文豪ずしおのトルストむの原点ず蚀っおもいいほどの䜓隓をここでしおいたずいう。

であるならばぜひそのカフカヌスを芋おみたい。私はそう思ったのだ。

さお、この話自䜓は『秋に蚘す倏の印象』の序ですでにお話しした。

今回はこのトルストむずカフカヌスに぀いおより詳しくお話ししおいきたいず思う。それを知れば私がなぜゞョヌゞアたでやっお来たのかずいうこずがよりクリアになるだろう。

・・・・↓


続きはこちらの蚘事におお話ししおいたす。

ゞョヌゞアずトルストむの぀ながりはあたり知られおいたせんが、実はトルストむのあの壮倧な文孊の原点がここにあったのでした。「続き」ではそんなトルストむずゞョヌゞアの぀ながりず、私がなぜはるばるゞョヌゞアを蚪れたかを詳しくお話ししおいたす。ぜひご芧頂ければ幞いです。

以䞊、「いざゞョヌゞアの銖郜トビリシぞ粟神性を感じる矎しき教䌚に感動」でした。

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