インドの山奥から、不器用な記憶の底へ
遡ること数日前。
会社の外階段に座り込みながらnoteを読んでいた私の元に、しりとりエッセイが回ってきた。エッセイのタイトルでしりとりしながらバトンを回そうというマイキーさんの夏休み企画。今回のお題は「い」ですとな。
なんかあるかなあ、い、い、いー、「今」、「色」、「インコ」と、ぶつぶつ言うてたら、次の瞬間。
「インド、…の山奥、でんでん虫かたつむりかちゃんおこりんぼーくはないちゃったぬきのだいしょんべんじょのとがあかないよーぐるとんがらしんじまえびふらい♪」
ほとんど無意識の言葉の洪水が、私の口からマーライオンのごとく飛び出した。
……はて?なんだいまの。
「インドの山奥、でんでん虫かたつむりかちゃんおこりんぼーくはないちゃったぬきのだいしょんべんじょのとがあかないよーぐるとんがらしんじまえびふらい♪」
何度でも言えてしまう。あまりにも滑らかにスルスル溢れだす言葉の羅列に、ちょっと意味がわからんくて戸惑った。これ、なんやったっけ……?
仕事そっちのけでググって調べて、どうやらずいぶん昔にちびっ子の間で流行った、しりとり替え歌であるらしいことがわかった。元になっているのは「レインボーマン」というヒーロー番組の主題歌らしい。サザンというスニーカーのCMでも替え歌が使われていたらしい。ちなみにその歌を歌っていたのは明石家さんまさんらしい。らしいが。
知らん。まるで覚えがない。
いつどこでどうやって覚えたのか、まるで記憶になくて、それらしき情報の数々を調べても「あー!思い出した!」と、思い出にたどり着くこともなくて、なのに一言一句確かに覚えていて、一切のよどみなく歌えてしまう謎のしりとり替え歌。
それはなんとも奇妙な感覚で、なにかの陰謀で脳にチップ的なやつを埋め込まれたのだと言われてもギリギリ信じてしまいそうになる。ちなみに家に帰って興奮しながら歌ったら、夫も知ってた。ちょっと歌詞が違ったけど。そんで、いつどこで覚えたのかはやっぱり思い出せず、ほとんど都市伝説のようだと、台所でキャーキャー騒いだ。
夏の終わりにインドの山奥から突如やってきた、
世にもしょうもないしりとり。
これ、覚えてる方います?
記憶というのは、どういう基準で残されていくのか。
自分で選べないもんだから、全く不思議だ。
それで思い出したんだけど、私には、暗唱できる電話番号が3つある。自分、実家、そして死んでしまった親友の携帯番号。携帯が徐々に1人1台になろうとしていた懐かしい学生時代、日に何度もかけまくった彼の電話番号を、私はすっかり記憶してしまった。
ゼロ、キュウ、ゼロの…。さらさらさらと口をつく11桁の数列。夫の電話番号なんて、何遍きいても覚えられないのに、もう長いことかけていないその番号を、これからも二度とかけることのないだろう番号を、それでも私は忘れることがない。
何十年も引き出されることなく、私の脳の貴重なメモリを食い続けている数列やらしりとりやら。どうせならその前後の思い出の方を残しておいてくれたら良かったのに、まったく不器用な記憶だ。これからまた何十年か経って、全部がおぼろげになった頃。何かのきっかけでポロリと口をついて出てくるのも、結局こういうものばかりなんだろうか。
何の役にも立たない。だけどそれは、よくわかんない歌を大声で歌ってたんだろう幼き頃が、何時間でも喋り続けられる友達が当たり前にいた若かりし日々が、しりとりにやたら翻弄されている今日という日が、私の中に確かにあったことの証明でもあって。
インドの山奥。ゼロ、キュウ、ゼロの。
ババアになった私は、
呪文のようなその言葉を繰り返すのだ。
今日と同じような、夏のある日に。
まったく訳がわからないと笑いながら。
もりゆりさんからいただいた、しりとりバトン!よかった、ギリギリ間に合った〜!!もりゆりさんは、感性のきらめきが唯一無二で、どの記事を読んでも「もりゆりさんにしか書けない文章だな」って思う。バトンいただき光栄でした。ありがとうございます。
この企画はマイキーさんの「#エッセイしりとり」コンテストでした。
締切ギリギリになりましたが、お納めください〜!
楽しい企画に参加させていただき、ありがとうございました!
