【🎨展覧会レポ】秋田県立美術館「藤田嗣治×ファッション」ほか
【#312、約3,200文字、写真約20枚】
秋田県立美術館に行き「藤田嗣治×ファッション」ほかを鑑賞しました。その感想・レビューを書きます。
※ 本展覧会の会期はすでに終了しています。
▶︎ 結論
秋田県立美術館は、秋田に来たら寄るべき、ド定番のオススメ美術館でした!それは主に、1)秋田唯一の安藤忠雄建築は外観、内観も意外性があった、2)藤田嗣治の《秋の行事》は幅20m超で大迫力!、3)企画展でも藤田嗣治への理解が深まったことによります。特に、雪が降る季節の訪問がgood!
おすすめ度:★★★☆☆
会話できる度:★★★☆☆
混み具合:★★★☆☆
展覧会名:藤田嗣治×ファッション
場所:秋田県立美術館
会期:2025年11月15日(土) から 2026年1月18日(日)
休館日:不定休
開館時間:午前10時から午後6時まで
住所:秋田県秋田市中通1丁目4−2
アクセス:秋田駅から徒歩約10分
入場料(一般):310円
事前予約:ー
所要時間:約1時間
撮影:すべて不可
巡回:ー
URL:こちら
▶︎ 訪問のきっかけ

秋田市立千秋美術館の次に、秋田県立美術館へ訪問しました。

「エロール・ル・カインの魔術展」を鑑賞
▶︎ アクセス

秋田県立美術館へは、秋田駅から徒歩約10分。千秋美術館から歩いて数分、千秋公園の目の前に位置します。
▶︎ 秋田県立美術館とは?

旧・秋田県立美術館は1967年に開館。建物の老朽化を理由に、現・秋田県立美術館は2013年に開館しました。

外観は、地味な直方体です。「あれ?入り口はどこ…?」と探すと、意外にも、回り込んだ裏側にありました。入る前から、安藤忠雄の「入り口なんて隠してしまえ」という声が聞こえるようでした。


そして、入口のドアを開けると、

いきなり螺旋階段!しかも宙に浮いています。不思議な空間の使い方に、安藤忠雄のエンターテイメント精神を感じました。1階は主に、ホールやロッカー、県民ギャラリー。展覧会フロアは、2階と3階にあります。






外から見た時、館内からこのような景色が見られると思いませんでした。上はコンクリート、下は水。その間から見られる風景は、ただ街を歩いている時と、全く違った印象を受けました。

ミュージアムショップは使えない😨
展覧会のチケットは310円とかなりお安い。千秋美術館のチケットがあれば、さらに安くなります💰
そこから先の展覧会スペースはすべて撮影不可。展示のない三角階段の踊り場にも、撮影禁止の注意書きを設置する徹底っぷりでした。秋田の美術館は、基本的に撮影禁止文化のようです。
▶︎ 藤田嗣治の大壁画《秋田の行事》

企画展フロアの前にある、秋田県立美術館のメイン「藤田嗣治大壁画ギャラリー」。1937年制作、365cmx2,050cmの《秋の行事》がデーン!と展示されています。大迫力の作品からは、秋田らしさ、躍動感、当時の空気感や勢いが伝わってきました。やはり、大きいは正義!
▼ 巨大なシャガール作品に圧倒された青森県立美術館
秋田県立美術館のコレクションの基礎をつくった平野政吉は、秋田市の商人町で米穀商を営み、県内有数の資産家でもあった平野家の三代目です。アートにも積極的に投資していました。1934年の二科展で、平野政吉と藤田嗣治は出会いました。
1936年、藤田嗣治のマドレーヌ夫人(4人目の妻)が脳溢血で亡くなりました。それをきっかけに、藤田嗣治は平野政吉に作品を譲渡すること、《秋田の行事》の制作を約束しました。
藤田嗣治は、平野政吉の米倉で《秋田の行事》を15日で描き上げたそうです(早っ!)。それを元に、秋田で美術館の建設に着工するも、戦争による資材不足で中止。
その後、1967年に平野政吉の収集品を展示するために、旧・秋田県立美術館ができました(現在の千秋公園内、秋田市文化創造館付近)。新旧の説明は以下のnoteに詳しいです。
▶︎ 企画展「藤田嗣治×ファッション」感想

藤田嗣治は、布の質感や色、模様に惹きつけられ、若い頃から晩年まで、さまざまな布を収集していました。(略)藤田はミシンや手で衣服を縫いあげ、それを着用した姿を写真に残しています。このたびの展覧会では、藤田が描いた作品などから、布や衣服、衣装に対する画家の想いをよみときます。
展示作品はすべて藤田嗣治によるもの。展示数は、手紙や雑誌も含めて31点と多くありませんでした。
展覧会のポスターをよく見ると「Fujita」ではなく「Foujita」と記載されています。間違いかな?と思ったものの、販促物すべてが「Foujita」でした。フランスでは、「Fu」は「フュ」に近い音のため、日本語の「フ」に最も近い音である「Fou」の表記を藤田嗣治自ら用いたそうです。
藤田嗣治は、当時は珍しい恋愛結婚でした。鴇田登美子と出会って、2年で結納(1910年)。その後、藤田嗣治のみ、1913年に渡仏。3年間のフランス留学の予定だったものの、フランスで大成したいと考えたことから、期間を延長。それが約束違反となり、登美子と離婚しました。
藤田嗣治が登美子に送った手紙が14点展示されていました。そこには、文字が隙間なくびっしり!パリ人のファッションやメイクなどもイラスト付きで紹介していました。登美子だけに伝えるには、もったいない情報量でした。今、藤田嗣治が生きていれば、フランスの情報をnoteに綴っていたかもしれません😁
SNSもなく、日本では服装が西洋化し始めた当時、服好きの藤田嗣治が、本場のパリに行った時の衝撃は大きかったのでしょう。パリでの藤田嗣治は、スカートを履いたり、ツイードのコートを着たり、今見てもとてもオシャレだと思いました。

当時の藤田嗣治のファッションは、貧乏芸人がお金に余裕が出てきて、服装に目覚めた時のような私服でした。もし今、藤田嗣治が生きていたら、イッセイミヤケやヨウジヤマモトを着ているかな?と思いました。
藤田嗣治は、手紙とともに、パリで発行されていたファッション雑誌も登美子に送っていました。当時のオシャレさんは帽子がマストアイテム!パリでは「襤褸を着ても心は錦」なんて発想はあるんですかね。

雑誌には、藤田嗣治の直筆メモもたくさん入っていました。中でも、
「こんなのは皆ただ流行をおっている丈けで、沢山あって面白くも何ともなくていや味許りで駄目。」
という、2ちゃんねるへの書き込みのような、ファッションオタク的コメントには笑ってしまいました😁
その後、藤田嗣治は浮世絵に着想を得て、東洋・西洋を融合させた乳白色をベースとする画風を生み出しました。その画風に加え、注目すべきは服の質感!特に印象に残った《ちんどん屋三人組》のファッションは、オシャレかつ、布の陰影や色彩には藤田嗣治のオリジナリティを感じました。

藤田嗣治の展覧会はよく開催されていますし、観客動員も期待できる定番だと思います。しかし、私は定番ほど避ける傾向にあり、藤田嗣治の展覧会は行ったことがありませんでした(モネ展なども同様)。
いつか、藤田嗣治の作品だけを展示する軽井沢安東美術館にも行ってみたくなりました。
▶︎ まとめ

《眠れる女》
いかがだったでしょうか?秋田に来たら、まずは寄るべき美術館でした!安藤忠雄らしい意外性のある建築、横幅20mを超える藤田嗣治の名作、企画展では1900年前半のフランスのファッションや藤田嗣治の画風にも改めて発見がありました。雪が降る季節に行くと、作品に描かれる秋田感がマシマシに感じられてオススメ!
▶︎ 今日の美術館飯

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