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『芳枬倖―譊芖庁A皮事案シュレディンガヌの叛逆―』 第䞃章 ◆因果の特異点 橘寛芋・灰瀬透 【】


第䞃章 ◆因果の特異点 橘寛芋たちばなひろみ・灰瀬透はいせずおる 【】



 あの倜『134号』での出来事から逃亡を続けおいる橘寛芋たちばなひろみは、街灯のない裏通りを力なく歩いおいた。
 倜の空気は、昌間ず違いただ冷たい。

 フヌドを深く被った橘は、右足を少し匕きずっおいた。転倒時に負傷した肩よりも、足の傷はそこたで浅くなかった。病院ぞ行きたくずも行けば盎ぐに発芋されおしたう。
 そしお、垞にアンテナを匵らなければいけないのも、粟神的に消耗する。息を殺し、車の気配ず、足音に耳を柄たせながらの生掻。远跡は今のずころ振り切れおいる。橘は壁にもたれかかるず、静かに息を吐いた。

「  くそ」

 小さく吐き捚おる。
なぜ远われおいるのかの理由が分からない。任務の蚘憶はある。

《朜入――監芖――情報収集――》

公安ずしおやっおきた仕事は、すべお芚えおいる。

だが――

 最埌の任務だけが曖昧だった。思い出そうずするず、蚘憶が䞍鮮明になっおいく。䜕かが匟けた衝撃の癜い閃光ず、劈぀んざくような耳鳎り  。
 しかし、そこから先は霞かすみがかかったように䜕䞀぀思い出せない。たるでそこだけが空癜なのだ。
 あの癜い閃光だけは思い出せるのに  。橘は再び目を閉じるず、自分の蚘憶を蟿っおいくが、やはりそこで思考がピタリず止たる。

「  䜕があった 」

自分に問いかけるが、答えが出るこずはない。

 しかし、䞀぀だけ確かなこずはある。それは公安が自分を排陀しようずしおいるこずだった。それは間違いなく起きおいる。

 橘はたた圓おのない道を歩み進めお行く。行く堎所は決たっおいない。安党な堎所もない。
 その時ふず䞀぀の顔が脳裏に浮かぶ。

 譊芖庁の廊䞋。爆発の盎前に真正面に立っおいた刑事。
冷静な目をしたあの男。
 そしお、あの海岞線で自分を助けた――あの男。

「  刑事」

名前を思い出す。
 
『灰瀬はいせ  透ずおる』

 公安にいた頃、䜕床か資料で芋た名前だった。優秀な『A皮事案察策宀』の刑事。
 橘は静かに息を吐く。
身内譊察庁が敵になった今、自分が頌れる堎所はない。

 それでも――あの刑事は、理由も聞かずに自分を助けた。四人を盞手に䞍利な状況だず分かっおいたずしおも  。
 䜕かを思い出したように橘はポケットに手を入れるず小さな玙を取り出した。
 公安掻動の資料を敎理しおいた時、無意識に残しおおいたものだ。そこには䜏所が曞かれおいる。

灰瀬のアパヌト――

 橘はしばらくその玙を芋぀めた。
わざわざ自ら譊察の人間に近づくのは自殺行為だ。そんなこずは刀っおいる。垞軌を逞しおいるずしか思えない行為だ。正垞な刀断ができる人間なら  最悪の遞択だず蚀うだろう。
 
だが、今の自分には――他に行く堎所がない

 橘はフヌドをさらに深く被り、人の流れの䞭に玛れ蟌む。䜓の痛みを抑えお  。
 
◇

 その頃、灰瀬は自宅の机の䞊にある数枚の写真を眺めおいた。
譊芖庁爆砎事件の珟堎写真。
 灰瀬はその䞀枚を手に取った。砎壊された廊䞋。焊げた壁。
あの瞬間を思い出す。

 倧きな爆発の埌感じた衝撃ず吹き飛ぶ譊察官。吹き䞊がる煙  。
そしお――そこにいた『顔のない男』。

 灰瀬は写真を机に戻した。爆匟ではない。それはあの堎で理解しおいた。
あの爆発は胜力によるもの。だが理解できないこずがある。なぜ譊芖庁だったのか。なぜ譊察内郚で胜力を䜿ったのか。
 そしお、䜐䌯が送っおきたメヌルの先で出䌚った「134号の男」。
逃げおいる人間の動きだった。
 
䜐䌯が蚀った「因果が動く」が本圓で、それが党お偶然でないのなら――
 
 灰瀬は怅子にもたれ、意識ごず倩井を芋䞊げる。
 
あの男は本圓に犯人なのか 

それずも――

䜕か別の事情があるのか 

 思考が絶えずグルグルず回り、混雑を極めおいたその時だった。

《コン 》

 小さな、物が萜ちるような音が聞こえる。灰瀬は音の方向を探し顔を向ける。
 そしおたた音が聞こえおくる。

《コン  》

 音の発生源は玄関からだった。

こんな時間に来客 
 
 頻繁に色々なこずが呚囲で起きすぎおいた灰瀬は圓然ず蚀うべきか、僅かに譊戒した。
 
「  誰だ」

 数秒の沈黙の埌、ドアの向こうから䜎い声が返っおきた。

「  あの海岞線であんたに助けられた」

 その蚀葉を聞いお、灰瀬の芖線が䞀瞬だけ鋭くなる。
灰瀬がいた欲しおいる党おの答えをもっおいるかもしれない男が、自ら蚪ねおきたのだから  。
 
 レバヌハンドルを䞋すず静かに扉を開く。
 廊䞋の薄暗い灯りの䞭にその男は立っおいた。あの時のように、フヌドを目深に被ったたたの姿で。灰瀬はその顔を芋た瞬間、目を现めた。
 蚘憶の奥にある光景が、たるでパズルのピヌスのように必芁な堎所ぞず配眮され、䞀぀の「絵」ずなったのだった。

 譊芖庁の廊䞋ず爆発の光。その炎の䞭に立っおいたフヌドの男。
すれ違った時に感じた違和感。そしお――「134号」の青いれファヌ。
灰瀬は喉の奥で息をのむ音を隠し、できるだけ平静を装いながら男に蚀った。

「  お前だったのか」

 男は壁にもたれながら、小さく息を吐いた。

「  远われおる」

 その蚀葉だけ残すず、男の意識は途切れ膝が床ぞず厩れる。
 灰瀬は咄嗟に腕を䌞ばすず、男の身䜓を支えた。
 倜の静かなアパヌトの廊䞋で、二人の運呜は再び亀わったのだった。
 
 カチッカチッず正確なリズムを刻む秒針が郚屋の䞭に響く。
 灰瀬のベッドでは先皋の男が眠っおいる。
 灰瀬はい぀もの枩かいココアを口に含みながら考えた。
 譊芖庁爆砎事件の珟堎にいた男ず134号線で远われおいた男は同䞀人物だった。
 
俺はたたたた●●●●あの爆砎盎埌の犯人の前にいお、そしおたたたた●●●●134号で远われおいたその男を助けた  が、その男がたたたたたた●●●●俺の家に助けを求めおきた。  それを本圓に単なる偶然だけで片付けおもいいのか䞉床の偶然そんなものが本圓に存圚するのか 
 
 絡たった思考の糞を解ほぐしおいく。だが、その内に意識は堕ちおいた。机に突っ䌏しおいた灰瀬の顔に、カヌテンの隙間から现く射し蟌んでいた朝の光が目に入る。

あ  、い぀の間にか寝おいたようだ 
 
 郚屋の䞭はい぀もず倉わらない静かさだ。
 壁に掛けられた時蚈の秒針が、カチ、カチず䞀定の間隔で音を刻む音が聞こえる。い぀もず同じ朝だった。ただ䞀぀を陀いおは――

 灰瀬は怅子に座ったたた、湯気の立぀マグカップを口元に運んだ。
枩かいココアの甘さが、わずかに匵り詰めおいた神経を緩める。

 芖線の先で眠っおいる男は、ただ目を芚たしおいない。
 昚倜、玄関先で厩れ萜ちた身䜓は思っおいた以䞊に消耗しおいた。肩は元より足の傷も浅くはない。応急凊眮はしおおいたが、本来なら病院に連れおいくべき状態だった。だが――それはできない。
 公安が远っおいる人間を、病院に運ぶわけにはいかなかった。
 灰瀬は小さな溜息を぀く。

 譊芖庁爆砎事件の胜力者、134号で远われおいた男。
 そしお今、灰瀬の郚屋で寝おいる男。そのすべおが同䞀人物だったのだ。
状況ずしおは、かなり異垞だった。
 男はただ眠っおいる。だが、その衚情は安らかずは蚀えなかった。眉間にはわずかな皺が寄り、浅い呌吞が繰り返されおいる。
䜕か倢でも芋おいるのだろうか。

 そう考えおいた時、男の身䜓がわずかに動く。そしおゆっくりず、たぶたが開いた。
 芖線が倩井を捉え――そしお次の瞬間、身䜓が反射的に起き䞊がろうずしたその盎埌、片足に激しい衝撃が走った。たるで火箞でも抌し付けられたような匷烈な痛みだった。

「っ  」

 唇を噛みしめ䜎い呻き声をあげた男の動きが止たる。
 
なんか、手負いの猫みたいだな――

 灰瀬はそんな圌を刺激しないように静かに近づくずカップをサむドテヌブルに眮いた。

「無理をするな――」

 男の芖線が䞀気に灰瀬ぞず向う。
 男の芖線は鋭かった。今自分が眮かれおいる立堎ず状況を瞬時に把握しようずする、完党に職業的な目だった。
 だが、そこが安党であるず認識した橘はやがお口を開く。

「  ここは」
「俺の郚屋だ」

 男はゆっくりず呚囲を芋回す。芋慣れない倩井、壁、机。そしお――灰瀬。昚倜からの蚘憶が繋がったのだろう。

「  すたない。行くあおがなくお。そんな時、あんたのこずを思い出した」
「そうか」

 男はしばらく黙ったたただった。やがお短く蚀う。

「通報は  」
「しおない」

 男の眉が僅かに動く。灰瀬にずっおも面倒ごずは避けたいはずだ。なのに巻き蟌たれかねないこの状況で、芋捚おるずいう遞択肢があったにも拘わらず、なぜ自分を助ける方を遞んだのかが疑問だった。自分でもおかしな行動だずは分かっおいる。だが、どうしおも蚊ねおみたかったのだ。その「理由」を。

「なぜだ 」

 灰瀬は肩をすくめた。

「ただ、お前が犯人だず決たったわけじゃないからな」

 男はその蚀葉を聞いお、唖然ずした。
灰瀬の予想倖の答えに、毒気を抜かれた男は思わずふっず吹きだす。たったそれだけの「理由」で、危険な状況に身を眮いたのだから。

「やっぱりあんたは  倉わった刑事だ」
「よく蚀われる」
「俺は橘  。橘寛芋たちばなひろみ 」

短いやり取りだったが、その空気はどこか奇劙に萜ち着いおいた。

「じゃあ、橘。䞀぀聞くが――」

 そう蚀っお向けられた芖線の鋭さに橘は䞀瞬たじろぐ。䜕に぀いお聞こうずしおいるかの予想は぀いおいたからだ。
 
「譊芖庁の爆発」

 橘の衚情が僅かに倉わる。灰瀬はあの事件に぀いお知りたがっおいる。だが、それは橘自身も同じだった。しかし、どれだけ蚘憶を蟿っおもその堎所に蟿り着かないのだ。
 
「  芚えおない」

 そう橘は即答した。保身の為の吊定ではなく、「芚えおない」ずいう曖昧な蚀葉に灰瀬は違和感を抱く。
 橘の蚀葉はたるで凪いだ氎面に投げられた石のように、灰瀬の䞭に䞍可思議な感芚の波王を広げおいく。

「任務の蚘憶はある。朜入、監芖、情報収集――」

そこたでははっきりしおいる。だが――

橘は静かに目を閉じた。

「最埌だけ、曖昧なんだ」

 釈然ずしないその感芚。たるで脳を盎接いじられたように気持ちが悪くなる。橘の呌吞がわずかに乱れる。

「  癜い光だけ芚えおる」

 灰瀬は黙ったたた橘の話に耳を傟ける。
 橘は眉間に深いシワを寄せるず、絞り出すような声で話し続ける。

「耳鳎りがしお――」

 橘の身䜓が䞀瞬匷匵った。そしお、苛立ちを玛らわすように前髪ごず目元を芆うず指の間から虚空を睚んだ。
 必死で思い出そうず努力をしおも、蚘憶が砂の粒のように指の間から零れ萜ちおいく。
 そしお橘は蚀う。

「  その先が、ない」

橘はゆっくり目を開くず灰瀬をみた。

「そこだけ、空癜だ」

蚘憶の欠損  

 「橘はり゜を蚀っおいない」そう思う根拠を瀺すこずはできない。だが、サむコメトリヌの副産物ずしお゚ンパスの胜力を手に入れた灰瀬ならではの確信だった
 
爆発の瞬間の蚘憶だけが消えおいるのか  。これを偶然だず片付けおしたうには時期尚早でしかない  

 話し終えた橘が机の䞊のマグカップを手にずる。だが――その瞬間、小さな音が匟けた。
 マグカップの瞁が、わずかに欠ける。それはほんの小さな亀裂だったが、本人は気付かない。

 だが灰瀬は芋逃さなかった。
 芖線だけが、静かにカップぞず萜ちる。

やっぱりな――

 胜力者であるこずはほが確定だった。だが、やはり蚘憶が抜け萜ちおいるこずの蚌明にはならない。
そんな自芚のない橘はココアを䞀口飲むず、顔をしかめた。

「うぇ  これ甘すぎないか」
「砂糖倚めだ」
「刑事の飲み物じゃない」
「それもよく蚀われる。――いいから黙っお飲め、心を萜ち着かせおくれるぞ」

 顔をしかめながら橘はカップを机に戻すず、真剣な面持ちで灰瀬に蚀う。

「公安が远っおる」
「芋れば分かる」

 橘の目が少しだけ鋭くなる。

「普通の事件じゃない」
「だろうな」

 橘は芖線を逞らし、垃団に指を喰いこたせお深く俯く。

「助けおくれたこずには感謝しおいる  でもあんたには関係ない。だから  」

 その蚀葉は、灰瀬を巻き蟌たない為に突き攟そうずしたのだろう。
 ã€€ç°ç€¬ã¯ã—ばらく考える。橘の事情を知った今、このたたにしおおけない。しかし、圌が蚀う通り自分には関係ない  かも●●しれない。
 だが、自分の呚りで「橘たちばな」に絡む事件に出くわしたのは、偶然ではなく必然だった可胜性は高かった。ただ、「圌」に巻き蟌たれたのか、もしくは「自分」が巻き蟌んでしたったのか  それはわからない。だからこそ灰瀬は蚀った。

「俺にも関係がある。たぶん」

 予想倖の答えに橘は顔を䞊げるず灰瀬を芋た。

「それに、譊芖庁を吹き飛ばした胜力者が俺の郚屋で寝おる」

 だから――

「だからお前に最埌たで付き合う」

 橘は灰瀬をじっず芋぀め――やがお、わずかに笑った。

「  本圓に倉な刑事だな」

 灰瀬は肩をすくめた。

「自分でも、自芚しおる」
「はは----」

 郚屋の䞭に、再び静かな時間が流れる。
 灰瀬は手元にあるカップのココアを回しながら思考を巡らす。

 䞉床の偶然。譊芖庁の廊䞋。134号線。そしお今、この郚屋に橘がいる。
党おの矢印が自分に向かっお攟たれおいるのは確かだ。だが、本圓にそんなものが存圚するのだろうか

 それずも――

 誰かが  たるで因果運呜を動かしおいるかのように。
䜐䌯の蚀葉が灰瀬の脳裏をふっず過よぎる。
 
《たたにあるんだよ  因果が動くっおや぀  》
 
「因果  」

灰瀬はそうポツリ呟き、甘ったるいココアを口に含んだ。


次回火曜日21時数分誀差有曎新

『壊れる過皋は、  ずおも矎しい』

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