連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 8話「巨大樹の沈黙」(3)
8話「巨大樹の沈黙」(3)
ゲオルクはゴナンのベッドに剣を添い寝させ直して、リカルドに椅子に座るよう促して、話題を変えた。
「……ところで、先ほど、帝国軍人に斬られた、と聞こえたような気がするが…?」
「あ、ああ……。ゴナンからは何も聞いていないのかな?」
「いや、聞いていない。彼は、間違った乗合馬車に乗ってしまって皆とはぐれて、この街に着いてしまったと言っていた」
「そうか…」
ゴナンはゲオルクには、巨大鳥や卵の話はしていないようだ。その意図を汲んで、言葉を選びながら説明を重ねるリカルド。
「…僕とゴナンが、ミリアじゃない違う少女と一緒にいるときに、その少女を狙ってきた例の帝国軍人に襲われたんだ。ウキの近くに潜んでいたようで。それで、ゴナンを通りかかりの馬車に乗せて逃がしたんだ」
それでウキからエルダーリンドまでのこの距離を、馬車から降りずに?とゲオルクは新たな疑問を抱いたが、そこには言及せず話を進める。
「そうなのか…。しかし、貴殿は傷は大丈夫なのか?」
「ああ、ゴナンにはひどく斬られたように見えたようだったけど、実際はほんのかすり傷だったんだよ」
そうごまかすリカルド。そうか、とゲオルクは眉をひそめる。
「エレーネ嬢や、……ミリア、嬢も、無事だったのかな?」
「ああ、彼女たちにはディルが付いているし、その時は別の場所にいたからね」
それを聞き、ほっと胸をなで下ろすゲオルク。正体を知らなかったとしても、隣国の王女を傷つけ、如何や命を奪うことになろうものなら、また戦乱の世に逆戻りだ。
「ただ、奴等は逃げおおせてしまった。ディルが命を奪わずに捕縛しようとしていたんだが…」
「……そうか…。我が国の愚か者が、申し訳ない…。流石に捨て置けないため、急ぎ本国に手紙を出し対応を検討する。場合によっては王国軍に協力を願い出るかもしれない」
「ああ、そうしてもらえると助かるよ。国同士の諍いにはしたくない所だろうけどね」
そうして、ゲオルクがゴナンをこの街で見つけたときの経緯を、今度は嘘偽りなしに説明する。リカルドはふう、と息をついた。

「ゴナンは運が良かったな…。あの子はどうしても『街の空気』に障って体調を崩してしまうんだ。随分と田舎の方の出身でね」
「ああ、そういうことか。どの辺りの出身かな?」
聞かれてリカルドは地図を出し、北の荒野の真ん中を示す。「こんな場所に村が?」と流石に驚くゲオルク。
「…民俗学に嗜みがあるのなら、きっと北の村はとても興味深い場所だと思うよ。文化的なものは皆無に近いけど、それでも満ち足りている場所なんだ。僕も随分あちこち旅しているけど、帝国でもあのような場所は見たことがないかな」
「そうか…。道程は難儀しそうだが、一度、足を運んでみたいものだな」
「……ただ、いまはひどい干ばつに遭っていて、村人が次々と亡くなっている。ゴナンが村を出たのも、それが関係しているんだけど…。少し時をずらしたほうがいいかもしれないな」
「なるほどね…」
ゲオルクは、ベッドで眠るゴナンの方を見遣った。今聞いた情報で、ゴナンに関する疑問がいくつか晴れた。よし、とゲオルクは呟くと立ち上がった。
「……では、無事ゴナンくんを引き継げそうだし、私は荷物をまとめて、次の地へと出発しよう。この部屋は貴殿がそのまま泊まるといい。金はあるか?」
「あ、ああ……。しかし、そんなに急がなくても……」
「あの図体のでかい樹は見飽きてしまっていてね。もうこの街は十分堪能したよ、気にしないでくれ」
そう微笑むゲオルクに、リカルドも立ち上がって頭を下げた。
「…本当に助かった、ありがとう。ゴナンにかかった医者代や薬代や、ここまでの宿代を支払いたいが…」
「なに、それも気にしないでくれ。病で倒れた顔見知りの少年を助けない訳にはいかないだろう。人でなしにならずに済んだし、1つ徳を積むことができた。損得勘定が優先の王国人と違って、帝国人は徳を積むことにお金以上の価値を見るんだ。貴殿も異国を旅をして回っているなら、わかってもらえるだろう」
「ああ、そうだね。しかし……」
「それにこう見えても私は、本国では結構な高給取りなんだ。無粋というものだよ」
言われて、それでもリカルドは困ったような表情になる。ゲオルクはなだめるように続けた。
「……貸し借りをなくしたいと思っているとしたら、先ほどの私の振る舞いで不愉快な思いをさせてしまった件で、チャラだ。本当に気にしないでくれ」
そう微笑むゲオルクに、リカルドは再び頭を下げた。
* * *
その後、リカルドが馬と荷物を馬庫から宿へと運び、せめてものお礼にとゲオルクにレストランで食事をご馳走した。そうして午後になり、ゲオルクは出発する。
「ゲオルクさん…、俺のせいで、すみません……」
ゴナンはベッドに伏したまま、ゲオルクに声をかけた。ベッドサイドに立つゲオルクは、ゴナンの肩を優しくなでる。
「何を謝る必要があるんだ? こういう出会いも『旅』だよ。袖振り合うもなんとやらだ。もし今度、私がどこかで倒れるような羽目になったら、その時は君が助けてくれ」
「はい……」
横になったまま、頭を下げる動作をするゴナン。
「ありがとう、ございました…」
「では、また。どこかで会うかもな」
そう、爽やかな笑顔を残して、ゲオルクは次の旅路へと発った。
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