連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 10話「みたび、遺跡のリカルド」(2)
10話「みたび、遺跡のリカルド」(2)
ゴナンは医者に向かって、珍しく大きな声で答えた。
「……リカルドの、あのアザは、や、火傷の痕です……! ひどい、火事に遭って。すごくひどい……」
「……へえ…、あれが火傷の痕?」
探るような微笑みを浮かべる医者。
「……お兄さんと君は、どこの出身? どこか遠くから来たんじゃない?」
「……お、王都です……!」
王都など行ったこともないが、ゴナンはそう嘘をつく。
「リカルドはもう、元気になって、飛んで走り回ってます……! すごく、元気です。失礼します……」
ゴナンはペコリと頭を下げると、医者に背を向け小走りでその場を去った。医者が後を追ってくるような様子はない。ゴナンの胸が早打ちしている。
(あの先生…、ユーの呪いのことを、知ってる……)
自分が心配しすぎて医者を呼んでしまったせいだと、反省するゴナン。リカルドはいつも「大丈夫」と言っているのに、今回も信じることができなかった。
宿に駆け込むように戻ると、バタバタと部屋に入る。リカルドは今日も、外出することなくボンヤリと部屋で過ごしていた。食事も摂っていなければ、寝間着から着替えてすらいない。部屋に飛び込んで来たゴナンの勢いに驚いている。
「ゴナン、どうしたの? 何かあった? 手紙を出しに行ってたんだよね? 出し方がわからなかった?」
「……」
ゴナンは扉も閉めずに、慌てて先ほどの医者のことを伝えようとしたが、言葉を止めた。またリカルドの心を乱して荒れさせてしまうかもしれないと心配したのだ。そして、違う言葉を選ぶ。
「リカルド…。この街は宿代が高いし、巨大樹も見飽きたし、もう、出ようよ。野営がしたいよ」
「えっ? でも、もう冬も目の前だよ。ゴナンは知らないだろうけど、冬の厳しさの中の野営はなかなか大変で…」
「だ、大丈夫。おじいさんにもらった毛皮もあるし、火が消えにくい焚き火の作り方も勉強しているから」
「ゴナン。もう僕らが一緒なんだから、お金のことは心配しないで大丈夫だよ」
「だ、だめだよ……」
優しく言いなだめるリカルドに対して、珍しく大声を上げて主張するゴナン。と、開けたままの扉の外から、騒ぎを聞きつけたナイフがやってくる。
「どうしたの? ゴナン。そんな大声出しちゃって」
「ナイフちゃん。いや、ゴナンが今すぐ街を出たいって言い始めて…。まあ、僕はいつ出たっていいんだけど、それにしても…」
巨大樹から少しでも離れたい、という思考が脳内でうごめいているのを感じるリカルド。しかしそれよりも、ゴナンの様子が気になる。
「どうしたの? ゴナン。また貴族に蹴られた?」
「えっ?何? 蹴られたって? ゴナンが? いつ? 大丈夫? 誰が? どこの家か分かれば、僕が苦情を言いに……」
「リカルド、その件を今話し始めるとややこしくなるから後でね。ゴナン?」
「……」
ゴナンはリカルドの方をチラリと見て、ナイフの腕を引っ張って無言で部屋の外に連れ出す。「えっ? ゴナン?」と心配して後をついてくるリカルドをナイフが目で制し、扉を閉めて廊下の隅に来た。そして小声で優しく尋ねる。
「ゴナン? 何かあったのね?」
「うん…。あの……、みんなと合流する前、巨大樹を見てリカルドが倒れたときに、俺、心配でお医者さん呼んじゃって、リカルドのアザも見てたんだけど。さっき、その先生に声をかけられて、ユーの呪いのことを、知ってるみたいで、リカルドの体調の事、すごい聞かれて…」
「……」
「でも、リカルドにその話をしたら、またツマルタの時みたいに、落ち込んじゃうかなって…。ただでさえ巨大樹で、あんな無気力な感じなのに……」
「……そうね…。ゴナン、話さなかったのは正解よ」
ツマルタでゴナンが行方不明になった後、故郷の人物と再会してさらに荒れたことを思い出すナイフ。もちろんゴナンには話していないが。
「……ユーの呪いのことを正しく知っているのなら、リカルドの命を奪おうとしたって無駄だということも解っているはずだから、何か向こうからアクションを起こしてくることはないんじゃないかしら? もしリカルドがこの街で死ぬのなら、あわよくば、みたいな?」
「……」
それでも不安げな表情が消せないゴナン。ナイフはふう、と息をつくと、ゴナンの両肩に手を置いた。
「…まあ、それにしても今から野営に出るっていうのは大変よ。せめて明日にしましょ。次の目的地はこの街の南にある、例の遺跡付近だから、その付近で、ね」
「……うん…」
「明日、リカルドと2人で先に街を出るとどうかしら? ミリアは平気そうにしているけど、野営が続いたから疲れが溜まっているようなの。もう何日か、ベッドで寝せてあげたいわ。巨大鳥が遺跡付近に来るであろうタイミングまでは、少しだけ時間がありそうだし」
「……! ミリアが…。そっか、そうだね。そうする……」
ゴナンはそう頷くと、ナイフは再びゴナンを伴って部屋に入る。ドアを引くと、ドアにへばりついていたらしいリカルドが「わっ」とバランスを崩す。なんとか聞き耳を立てようとしていたようだ。
「ちょっと、ビックリするじゃない!」
「……ごめん、でも、何があったんだろうと思って……」
「……」
ナイフは腕を組み、リカルドの耳元で内緒話風に小声で話す。
「……内緒だけど、ゴナンが、新たに身に付けた野営のスキルがあって、サプライズで披露したかったみたいよ。内緒だけどね」
「えっ? そうなの?」
「そ。内緒って言ってたけど。ひとまずゴナンの気持ちを汲んであげなさいよ」
そう言って、ゴナンにそっと目配せをするナイフ。普通の人なら聞こえないが、ゴナンは耳がいいので内緒話の内容も聞こえていた。ナイフもそうとわかって、わざとこういう話し方をしていたのだ。
(サプライズの野営の技…。何か、考えておかないと……)
そう脳内で考えるゴナン。そうとは知らないリカルドは、とぼけた振りをして「よし、ゴナンがそこまで言うんなら、そうだね、明日から野営だね」とニコニコ顔だ。ナイフはその2人の様子を見て、肩をすくめて部屋を出て行った。

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