連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 3話「彷徨のゴナン」(4)
3話「彷徨のゴナン」(4)
ゴナンと巨大鳥は、それからもう2日、この泉のほとりにいた。ゴナンは元気を取り戻し、いつもの野営の時のように獲物を狩り野草を採り火を焚いて、毎食、豪華な食卓を作っている。器がないので湯は沸かせないが、水がキレイなので問題はない。時には巨大鳥が池から獲る魚を焼いたり、ゴナンも自分の獲物を鳥にあげたり。奇妙な協力関係が培われていた。
鳥はいつも、ゴナンの挙動を見ている気がする。ミリアが「飼われている鳥では」と分析していた、まさにその通りのようにゴナンも感じていた。
(…でも、子ネコよりも扱いやすそうだな…。シロにはあんなに苦労したのに…)
そして夜、眠るときは、必ずゴナンに寄り添い、上から羽を被せてくる。そうすると、ゴナンは不思議と急激に眠気に襲われる。そして必ず、深い深い睡眠になるのだ。夢はほとんど見ないが、たまに少しだけ見る。それはいつも、リカルドが「僕は大丈夫だよ」とゴナンに語りかける夢だった。
この泉のほとりに着いて5日目の朝。
この日は朝から、巨大鳥の様子が違った。バサッと羽を広げ、羽ばたくような素振りをして、そしてゴナンを見る。もう飛べるぞと言わんばかりの目線だ。薬草の効果があったのかもしれない。
「…、片付けるから、ちょっと待ってて」
その言葉に鳥は従うように待つ。そしてゴナンが鞍に乗るのを確認すると飛び上がった。
今日は曇り空だ。すぐに雲の中に突っ込む。
「…うっ…!」
雲の中では暴風がゴナンを襲ってくる。そして全身がしっとりと濡れてくる。振り落とされないようにゴナンはしっかりと鞍の持ち手を握り、目を閉じた。一気に体が冷える。しかしすぐに、雲の上に飛び出した。
「……!」
目の前に現れた景色に、ゴナンは息を呑む。まるで綿のようにフワフワの雲が眼下に広がり、青空、そして太陽。真っ白な一面の雲に、巨大鳥の影だけが蒼く落ちている。なんとも現実味のない、美しい景色だ。

(雲が地面…みたいだ…。でも、この上を歩けたりは、しないんだよな…。雲の中はふわふわして気持ちいいのかと思ってたけど、嵐みたいなんだな…)
いつもは見上げる雲が自分の下にあるのが不思議でたまらない。ゴナンはキョロキョロと景色を見回す。が、鳥はもう少し上昇した後、またビュンとスピードを上げた。
(…あ、また、気流に乗った…)
ゴナンはまた、何となく勘でそう察する。太陽は今、頭上のやや左上にある。今はおそらく正午に近い午前中だから、さらに南東に向かうようだ。
(…南東だったら…、多分、まだ、ア王国内を飛んでいるかな…)
地図を大まかにしか覚えていなかったゴナン。リカルドと一緒だから各地を旅しながら学ぼうと、地理の勉強は後回しにしていたのだ。ア王国がとても広大な国だとは習ったが、それでも、このスピードでものすごい距離を移動したら、国を出てしまうようなことはないだろうか。
先日、気流に乗ったときは周りを見る余裕もなかった。今日は眼下は雲で地面の景色は見えない。自分が気流によってどのくらいの距離を移動しているのか、ゴナンには計ることができない。
(…みんなは何してるかな…。俺のことを探してる? それとも…)
ゴナンの耳に届くのは、ビュウウゥ、と鳥が裂く空気の音だけ。物寂しさがゴナンを襲ってくる。
(…ウキに戻りたい…。みんなに、先生に、エドに、会いたいな…)
巨大鳥に乗り続けると決意したはずなのに、その決意が揺らいでは、また奮起する、ゴナンの脳内はその繰り返しだった。
* * *
気流での移動は、それから2日続いた。
日中は2~3度、不思議とゴナンのお腹が空いたり用を催したりするタイミングで地面に降りる。そして夕方になると、最初に辿り着いた泉のように、妙に居心地良く、かつすぐ食べられる食べ物がある水場のほとりへと降り立ち、そこで夜を過ごす。
そして、あるエリアに着いてからは気流のある高さまで飛び上がらなくなった。その地域の水場を周回し、水を飲んで回るようになる。この間、一度も人とは遭遇していない。
(…ミリアが言っていたとおりの動きだ…)
そして、リカルドの予想通りでもある。本当に、かなり巨大鳥の動きに近づいていたのだということを理解するゴナン。基本的にゴナンを置いて飛び立つことはないが、かといって「ウキに戻れ」「どこか街に送って」などとお願いをしてみても、それを聞き入れてくれる様子はない。
ある日の夜。今日の寝床は泉ではなく、山奥深くの小さな湧き水が流れ出ている小川沿いだった。例によって居心地が良さそうな空間だ。すでに日が暮れ始めている。ゴナンは鞍から降りると、すぐにキョロキョロと居場所を見つけ、そして獲れそうな獲物や野草がないかを散策する。巨大鳥は川の畔で水を飲み始めている。もう長年、共に旅をしているかのような、あまりにも自然な振る舞いになっていた。
「…獣道が見つけられないな…。今日はお肉はなしか…」
一通り周囲を見て回り、美味しそうな野草を集めてきたゴナンはそう、呟いた。すると巨大鳥が少しガッカリした表情になったように見える。
「…なんだよ、仕方ないだろ? 木の実もあるから、大丈夫だよ」
そう巨大鳥に言って、近くに生えている木を見上げる。コブルの実がなっている。皮の色は黄色で、ゴンの実よりも小さいけど甘みが強い実だ。ゴナンは木に登って実を食べるだけ採り始めた。巨大鳥はそれでも、少し物足りなさそうな表情をするが、じきにまた、水を飲み始める。
(…こいつ、人間の言葉が分かってるのかな…)
少なくとも、知能は高そうだ。普通の鳥とはまったく振る舞いが違う。干ばつになる前に村で飼っていたニワトリのことを思い出すが、何か芸を覚えたり人の言葉に反応するようなことはまったく、なかった。とはいえ、このくちばしでしゃべれるわけもないから、ゴナンは独り言をつぶやき続けるしかない。
「…そうだ、食事の前に、鍛錬をしよう」
ゴナンはそう思い立ち、ベストを脱いだ。せっかくのミリアの刺繍の服を汚してしまうのが嫌で、中のカットソーは着ずに腰袋に直し込んでおり、上衣はベストしか着ていない。ゴナンは剣を抜き、そしてディルムッドに習った素振りと基本の型の鍛錬を始めた。
上空で鳥に乗っている間も退屈なので、ナイフに習った握力を鍛える運動をしたり、弓弦を引く練習をしたりしている。鞍は揺れを緩衝するしくみになっているようで、腰ベルトをしっかり固定さえすれば、両手を離しても落ちないことに気付いたのだ。
(…こんな状況だけど、きちんと、鍛えておかないと…)
息を切らすほどに剣を振り、型をこなし、そしてナイフに教えてもらった体を鍛える鍛錬も行う。これを朝と晩、地上にいる間に、ヘトヘトになるまで行うのも日課になっていた。「鍛錬で疲れた体を食べ物が修復して、体を強くしてくれるから」とナイフに教えてもらったことを思い出し、食事は鍛錬の後に採るようにしている。その間、巨大鳥はやはり、ゴナンが行っていることをじっと見ている。何か面白いのだろうか。
↓次の話↓
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