連載小説「オボステルラ」 番外編4「ストネの街のゴナン」(2)
番外編4「ストネの街のゴナン」(2)
「さあ、召し上がれ」
ゴナンの正面には、たくさんの皿が並べられていく。クックー肉のステーキにボア肉とサーサイの炒め物に、ギョウ魚のムニエルもある。白パタ粉のパンも近隣のお店から慌てて仕入れてきたし、秘蔵のグルドベアの骨付き肉も出してしまった。「え、今からパーティでも開くの?」と呆れながらツッコむヒマワリ。
肝心のゴナンは、出来たての料理を前に、ヨダレを垂らしそうな勢いでゴクリとつばを飲む。やはり、相当にお腹を空かせているようすだ。しかし、なかなか手をつけない。
「…? どうしたの? 早くお食べなさい。冷めちゃうわよ」
「あ、あの…」
ゴナンはまた、オズオズとした表情になる。
「俺、お金が…。いや、持っては、いるんだけど、あんまり使いたくはなくて…」
「……」
「俺、干し肉作ったの、持ってるし、どれか一皿だけ…、買います……」
ナイフは、ゴナンの腰ベルトの中に大事に守るように入れ込んである袋に気がついた。これに『使いたくないお金』が入っているのだろうか? と、ヒマワリが脇でペチッとゴナンの頭を軽く叩く。
「……っ!」
「こらあ、今にも飢え死にしそうな小僧が、そんな生意気なこと言うんじゃないの。全部食べてからいろいろ考えなよ」
「生意気……」
さらに戸惑うゴナン。
「もし、お腹いっぱい食べた後にお金をめいいっぱい要求されたら、全力で食い逃げすればいいじゃん。飢え死にするよりはマシだよ」
「ヒマワリちゃん、妙な入れ知恵しないで」
「だって、こんなガリガリでさあ、食べなきゃ死にそうじゃん。ひとまず食べなさいってば」
ヒマワリも興味なさそうにしながら、ゴナンの振るまいが気になるようだ。ローズも続ける。
「本当に、見て、この腕、ちょっと力入れたら、ポキって折れちゃいそう。試してみようかしらあ」
「ローズちゃん、怖がらせないで」
キャイキャイととりまくキャスト達を抑えながら、ナイフもニッコリ微笑んだ。

「そうよ。ほら、とにかく食べて。あなたが食べないなら、もう、この料理捨てちゃおうかしら」
「えっ…。食べ物を、捨てるなんて……!」
その言葉にゴナンは過敏に反応して、そして意を決したように食べ始めた。そうすると、ものすごい勢いでガツガツと食べ始める。本当にお腹が空いていたのだろう。この状態でよくさっきは「お預け」できたものだとナイフは感心するが…。
(……食べ方がわからない料理も多いみたいね…)
じっとゴナンの食べる様子を観察するナイフ。さっきの反応を見るに、あまり食べ物が豊かではない土地から来たようだ。そして、特にフォークとナイフが必要な料理の食べ方が分かっていない。スプーンだけを使って、もしくは手づかみで食べている。砂糖を入れて甘くしてある果物ジュースを出したら、その甘さにもビックリしている様子だ。ストロー付きで出したのに、ストローを外して飲んでいる。
(……発光石もなくて、食べ物も少なくて、砂糖の甘さに慣れていなくて、テーブルマナーもろくにないような土地…。少なくともア王国には、そんな場所、ないわよね……)
ナイフはじっと考える。もしかしたら異国の辺境の地で人攫いにあって、命からがら逃げてきたのではないだろうか? 食べ物を必死に頬張るゴナンの様子を見ながら、ナイフはそんな予測を立てていた。ゴナンはそんなナイフの視線に気付いて、じっと不安そうな目線を返してくる。淡い琥珀色のキレイな瞳だ。
「…あの…?」
「ふふ、若い子がモリモリご飯を食べるのを見ると、嬉しいのよ。気にしないで。ゆっくり食べていいからね」
「…はい…。ありがとう、ございます……」
ペコリと頭を下げるゴナン。その挙動にナイフはまた、気付く。
(お礼を言うときに、頭を下げる動作…。ということはやっぱり、ア王国人…?)
隣国のエルラン帝国やコビナ衆国をはじめ、多くの国ではこのお辞儀の所作はしない。ア王国特有のものだ。エルラン帝国からきたロベリアもその慣習がなかったから、『フローラ』で働き始めた当初は「失礼な奴だな」とクレームを受けることもまま、あった。
(まあ、私も王国の全部を知っているわけではないけど…。あちこち回っているリカルドなら、わかるかしらね?)
モリモリとご飯を食べる少年を微笑ましく見つめつつ観察しながら、ナイフはあれこれと考えていた。
* * *
一通り食べ終わり一息つくゴナン。さて、では詳しく話を聞こう…、としたが、満腹になったせいもあるだろう。ゴナンはうとうとし、頭が船を漕ぎ始めた。
「…あら、もう、おねむね」
「…すみません…。さっきの場所で…、一晩だけ…、寝かせてもらって、いいですか…」
またオズオズとそう申し出るゴナンに、ナイフは腕を組み呆れたようなため息を漏らす。
「何言ってるの。あんなところに寝せるわけないじゃない。ロベリアちゃん、ヒマワリちゃん。あなた達の部屋、まだベッド空いていたわよね。この子をそこに寝かせてくれる?」
2階の貸部屋でもよかったが、流石にこの少年を寝せるにはあまりにも不健全だ。寮に引き上げようとしていた2人が「はーい」と返事をする。
「え、俺…」
「お金云々の話は明日聞くから。ゆっくり体を休めなさい。荷物はさっきの軒下にあるの? 2人について行ってね」
この『フローラ』のすぐ裏にはナイフの住居、そしてさらにその奥に、キャスト達の寮として借りている家がある。ゴナンは戸惑いながらも、荷物を持って2人について行き、寮の部屋へと入っていく。
「わ…」
部屋に入ったゴナンは感激の表情を見せ、物珍しげにキョロキョロと部屋を見回した。余り広くはない部屋に二段ベッドが2台詰め込んであり、片方の下段をロベリアが、もう片方の上段をヒマワリが使っている。
「……ベッドも初めて見るの?」
「はい…」
ゴナンの目は好奇心で輝いている。ヒマワリが「私の下の段で寝なよ」と荷物をその脇に置かせる。頷いてゴナンは、少しワクワクした表情でベッドに入ろうとした。
「あ、履き物は脱いで! 泥が入っちゃう」
「あ、はい…」
「それは掛け布団だから、その上に寝ても寒いよ。一枚めくって、この中に入るんだよ」
「はい…」
「枕元に発光石の照明があるからね。このボタンを押したら点くから。ほら、点けて」
「ボタン……?」
ベッドで寝るの一つ取っても、この有様だ。ロベリアとヒマワリがあれこれと世話を焼き、ようやくベッドの布団の中に収まったゴナン。
「……」
布団の中でゴナンは、驚いたように固まっている。ナイフは心配になって声をかけた。
「…どうしたの? 大丈夫」
「……はい、なんか、ベッドって、すごく、気持ち、い……」
そういいながらゴナンはウトウトと目を閉じ、言葉を言い終わる前に寝落ちしてしまった。その様子を見てクスッと笑う3人。
「…生まれて始めてのベッドっぽいね。本当に、とんでもない田舎から来た子のようだけど…」
「そうね…。ちょっとワケありかもしれないわね。この調子だと、多分、朝起きたらトイレもシャワーも使えなさそうだから、申し訳ないけど面倒見てくれるかしら?」
「もちろん、大丈夫だよ」
スヤスヤと寝息を立てる少年を微笑ましく見ながら、ロベリアとヒマワリは快諾した。
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