連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 2話「行く先は」(3)
2話「行く先は」(3)
しかしその横で、エレーネは不安げな表情を見せる。
「…その、サバイバルな環境だったら大丈夫でしょうけど、むしろ心配なのは、人里だったり、街なんかにゴナン1人で着いてしまった場合じゃない? ゴナンはお金は持っているの?」
「…あっ」
リカルドは慌てて、ゴナンの荷物の方を見る。そこには、ゴナンの財布とアドルフのへそくり袋、どちらも置いてある。
「…まだまだゴナンは街の常識には疎い面もあるし、この前の子ネコのシロの…、……ふふっ」
ここで不覚にも思い出し笑いをしてしまうエレーネ。どうにもあの白い子ネコ・シロの事件は、エレーネのツボにはまっているようだ。
「…ごめんなさい。子ネコを食べようだとか、そういう行動でトラブルになったり、また人攫いみたいな悪い人に騙されたりとか、そちらの方が心配じゃないかしら? いつもナイフのような人が拾ってくれるとは限らないし、むしろそうじゃない場合の方がほとんどなのだから。それにゴナンは、『街の空気』で体調を崩すのでしょう…? もう少ししたら、季節も冬になるし…」
「……。そういえばゴナンは、『冬』を知らない、かもしれない…」
リカルドはハッと気付く。ア王国全体は一年間がほぼ温暖湿潤な気候だが、2ヵ月間だけ気温が下がる冬が訪れる。そして、その冬が明けると共に新たな年があける。しかし、北の村がある一帯の北の荒れ地は、暑い乾燥した気候で、少しの雨季がある以外は雨も少なく季節の変化がない土地なのだ。だからこそ人が居着かない場所なのである。
エレーネの言を聞いて、リカルドの表情が真っ青になる。その様子に気付いて、エレーネは続けた。
「……ああ、ごめんなさい。そんな心配もあるかもしれないってだけよ。気にしないで」
「気にしないでって…。それにしては、あまりにも…」
リカルドがソワソワと、今にも動きだしそうな様子になったのを見て、ナイフはリカルドをベッドに押し込めた。
「…とにかく、気流のことは先生にも助言を仰いでみましょう。リカルド、慌ててあさってな方向に探しに行ってしまっては、逆にゴナンから遠ざかることにもなりえるわ。ここは慎重に検討すべきよ」
「…ああ、そうだね…」
説得されてリカルドは、大人しくベッドに収まった。そして思い出したように、「ああ、いたたた、傷が痛いなあ…」と辛そうなふりをする。ミリアはそんなリカルドに、すっと背筋を伸ばして、凛と言い放った。
「…リカルド。一晩考えたのだけど、わたくしはやっぱり、卵もゴナンもどちらも諦めないわ。例えそれが、卵を手に入れる上で非効率だと分かっていても。王女として、国民を一人でも見放すことは、やはり許されないと思うの」
「…ん?」
昨日のリカルドの冷たい一言について、ずっと考えていたようだ。
「つまり、わたくしの思いはあなたと同じだということよ。それを忘れないでいただきたいわ」
「…ふふっ。そうだね…。ごめんね、ミリア。ありがとう」
リカルドは優しい微笑みを浮かべて、ミリアに謝罪した。ナイフはそんなミリアの様子を、物考え気な表情で見ていた。
* * *
その後、ジョージに気流についての詳細な分析を尋ねるも、巨大鳥の行方につながりそうな決め手となる情報はなかった。二手に分かれるという方法もあるにはあるが、先ほどのミリアの最後の発言を鑑みるに、それにはよい顔をされなそうだが…。
ところが翌日、事態が動いた。
「…ナイフ…!」
朝食の準備中、ディルムッドが慌てた表情で、テーブルセットをしているナイフの元へと駆けてきた。
「ディル、あなたがそんなに全力で走り回ると、この家が壊れてしまうわ」
「…あ、ああ。すまない…。いや、それどころではない…! リカルドの姿がどこにもないのだ。荷物も、すべて…」
「…はあっ?」
慌ててリカルドの個室へと向かう。騒ぎを聞きつけたミリアとエレーネも部屋へと来ると、ベッドには誰もおらず、そしてリカルドだけではなくゴナンの荷物もすべてなくなっていた。
「昨晩、リカルドが部屋で何かゴソゴソと作業をしている気配を感じていたことが気になり、今朝、部屋をのぞいてみたら…。手紙が残されている。どうやら、一人で出立したようだな…。あの傷だから、もしやとは思っていたのだが…」
「…あの…、バカ…!」
ナイフがドスの利いた低い声で叫ぶ。その迫力にミリアがビクッと怯える。すぐにナイフは、安心させるような笑顔をミリアに向けた。
「…ゴメンナサイ。あのお坊ちゃまが、余りにも愚かで」
「おいおい、氷っ子が消えたって?」
と、ジョージもやって来た。
「お前さん達の馬も1頭だけいないようだ。夜の間に抜けだしたのかもしれないな」
「…しかし、あの傷で乗馬をするなど、大丈夫なのか…」
そう心配するディルムッドに、ジョージとナイフは顔を見合わせる。恐らく、傷に関しては心配はないと思われる。
「…それもそうだけど、昨日、みんな一緒に頑張ろうって空気になったと思ったのに、その途端に何なのよ、あいつは…」
ナイフは怒りを隠さず、部屋に残されてある手紙を手に取った。ずいぶんと長文の手紙で、全部読むには少し気合いがいりそうだ。

「…ひとまず、ゆっくり朝ご飯を食べてから、この博士の大作をしっかりと拝読しましょう。ああ、もう本当に、頭にくるったら」
「…そうね…。あなたも少し、頭を冷やした方がいいかもね」
エレーネが少し微笑みながら、ナイフに声を掛けた。
↓次の話↓
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