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連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】  16話「ねがいごと」(4)


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16話「ねがいごと」(4)


「素敵、とても美しい湖ね」

 ミリアは感嘆の声を上げていた。ひとまず、ローゼン湖の観望台へとやって来た2人。宿から歩いて20分程で着いたが、道中、ずっとゴナンはミリアの手を引いていた。高さ5m程度の台へと登る階段の麓で、ミリアがそっと声をかけた。

「……ゴナン。その、手……」

「……あ、ごめん。石畳の道は歩きにくいから、ミリアが足を引っかけてこけちゃ危ないと思って」

「……」

「あっ」

 と、ゴナンが急に手を離して、そして少しミリアから距離を取る。

「どうしたの? ゴナン」

「あ、いや……。俺、忘れてて……」

 昨晩のドレスアップしたミリアの姿を思い出すゴナン。

「……ミリアは、貴族の中でも、一番上の、お姫様なのに…。隅っこの俺なんかが、こんな…」

「!」

「俺、そういうこと全然知らなくて。今までも、お前に、あ、いや、あなた、に……? 失礼、を……。なんか、ごめん……」

「まあ、ゴナン。そんなこと言わないで」

 そう背筋をピッと伸ばして言うと、ミリアは小さな両手でゴナンの右手を握り、ゴナンの顔をまっすぐに見上げる。「ミリア、積極的ね」と少し遠くで覗き見しているナイフがワクワクして、エレーネが「しぃっ」と指を唇に当てている。

「ゴナン、今ここにいるわたくしを見て。わたくしはあなたの上にいる?」

「……」

 ミリアの深緑色の瞳が、ゴナンの淡い琥珀色の瞳を刺すように見つめる。ゴナンは少し困ったように、銀に近い金髪の頭を左手でかいて、そして答えた。

「……いや…。ミリアは俺のすぐ横で…。それで、背がちっちゃいから、今は俺が、見下ろしてる…」

「そうよ、ゴナン。わたくしはあなたより小さくて、そして城の外に出て助けてくれる人がいないと、1人では何もできない情けない女の子なの。でも、あなたは何でもできて、すごいのよ」

 そう言ってギュッとゴナンの手を握る力を強めるミリア。

「さっき手のことを気にしたのは、あなたが手を引いていると、わたくしが少年剣士に見えないかもしれないと心配したからよ。わたくしは少年剣士のような風貌で、世を忍ばないといけないから」

「……大丈夫だよ。そんなことしなくても、その服装で全然、雰囲気、違うから」

 ミリアの言葉に、ゴナンは無表情ながら少し瞳を輝かせて、再びミリアの手を引いて階段を登り始めた。「そもそも、可愛らしすぎて全然、少年剣士には見えてないんだけどね」とナイフは少し遠くでツッコみつつ、2人の動向を見守る。ワクワクと覗き見を続けるナイフとエレーネに、ディルムッドは怪訝な表情だ。

 階段を登り、展望台の上へと着くゴナンとミリア。そこからは、奥に森を抱える広大な湖を望むことができた。景色をよく見るために、ミリアは伊達メガネを外す。

「まあ、湖が水色に光っているように見えるわ。とても美しいわね」

「うん、そうだな。きれい……」

 風がないため波もなく、水面が鏡のようにピンと張った湖は、それ自体が大きな水色の宝石のようだ。ゴナンも湖を見渡して、そしてキョロキョロと空と湖を見比べる。

「ゴナン?」

「あ……。なんで青いのかなって思ったら、空の色が映ってるんだな。今日、天気が良くて良かったな。運が良かった」

「……ええ、そうね…」

 そうして2人無言になり、ボンヤリと湖を眺める。ミリアは遠く対岸に見える森に目線を移していた。王妃が療養する屋敷からもこの湖が見えると言っていたが、やはり遠すぎるのか屋敷の影すら見えない。そうして、しばしの時間。と…。

「……ん?」

 ゴナンがふと何かに気付いて、展望台の柵の上に置いていた左手を見た。

「あ、鳥の糞か……」

「……!」

 それを見て、ミリアはぐっと哀しそうな表情になる。

「……ゴナン、ごめんなさい…。やっぱり、わたくしの不運の……」

「……ふ、ふふっ。すごいな」

 ミリアが謝ろうとした瞬間、ゴナンがまた珍しく笑顔を見せた。そして空をキョロキョロと見る。

「?」

「だって、よりにもよって、俺の手に、鳥の糞が落ちるなんて、すごい確率…」

「……運が、悪かったわね……」

「え? 違うよ、逆だよ」

 ゴナンがキョトンとして、続ける。

「俺の村では、鳥の糞が当たると、宝物がついたって喜ぶんだよ。鳥の糞には作物の種とかが入ってることがあって、新しい種類の食べ物を運んできてくれるって」

「まあ、そうなの?」

「だから、やっぱり運が良かった。ふふっ」



 でも、キレイなものじゃないもんな、と、腰袋からハンカチを取り出して拭き取るゴナン。ミリアはその手元をじっと見ている。そしてそのまま、ゴナンに尋ねた。

「……ゴナンは、故郷に帰ってしまうの?」

「えっ?」

 そう尋ねられて、ゴナンは柵に寄り掛かって湖に視線を落とした。何かの虫が水面をかすかに揺らして、ゆらゆらと光のカーブを描いている。

「……デンさんは、自分ばかり楽しく暮らしている場合じゃないって、だから、村に戻るって、言ってた……」

「……」

「……俺…。今、リカルドとかミリアとか、皆で旅してるの、楽しくて。大変なこととか、痛い思いしたこともあったけど……。でも、俺、忘れてたんだよ。自分が逃げてきたんだってこと…」

「ゴナン…」

「……俺も…、やっぱり、村に戻らないと…。俺ばっかりが……」

「……」



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