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【京都に「ただいま」と言う】


三カ月ぶりの京都。



最高気温は
とうに三十度を超えているというのに、
私はまたしても
この街に吸い寄せられてしまった。
我ながら、
返す返すも物好きなことだと思う。



二泊三日の滞在で、
回ったお寺はたったの三つ。
そのうちの一つにいたっては、
前夜にホテルのベッドに寝転びながら、
テレビの画面で見かけた安楽寺という有様。



だいたい、
私は京都のバスというものが心底苦手である。
何度足を運んでも、
あの複雑怪奇な路線図にはいっこうに慣れない。
東京ではきっぱり
「電車派」を気取っている私だが、
京都へ一歩足を踏み入れた途端、
バスという名の巨大な難題の前に
ただオロオロと立ち往生させられることになる。



朝はまず駅前の観光案内所へ向かうのが
お決まりのコースだ。
三日も続けて通えば、
窓口の人にもすっかり顔を覚えられる。
私のお気に入りは、
大ぶりのピアスを揺らしたお姉さん。



​「安楽寺へ行きたいんです」



そう切り出すと、
「近くに素敵なカフェがありますよ」などと、
嬉しい小話まで添えてくれる。
ほんの少しのお節介というのは、
旅先で、
カサカサに乾きがちな
大人の心をどれほど温めてくれるか分からない。



スマホ画面をスクロールすると、
ドヤッと情報が押し寄せてくる。
地図も、必要な目印だけでいい。
あとは、道の気配にまかせて歩いていく。



行列も、
誰かが誇らしげに抱えているお洒落な紙袋も、
「本日分終了」の非情な看板も。
全部この自分の目で見届けて、
いちいち一喜一憂したいのだ。
楽しそうな観光客を見つければ、
つい話しかけてみたくもなる。
そういう無駄な時間が、
私はたまらなく好きなのだ。



そんな調子だから、
私の旅の計画など、
あってないようなものである。
三日目の予定にいたっては、本当に真っ白だった。




ところが前夜、
テレビの旅番組に映し出された安楽寺の、
息をのむような
「青もみじ」がパッと目に飛び込んできた。

「わっ、綺麗……。
よし、明日はここに決まりだ!」



私の意思決定など、
いつもこの程度。
直感的かつミーハーな動機で決まる。



翌日、実際に境内へ足を踏み入れると、
そこには光をはらんだ
柔らかな緑が一面に広がっていた。
ああ…やっぱり来てよかった、
としみじみ思う。



と同時に、
私の強欲な頭は
「秋の紅葉の時期も、さぞかし見事でしょうね」
などと、早くも次の算段を始めている。
目の前に極上の青もみじがあるというのに、
我ながらなんて欲張りな奴なのだろう。
もう次の京都のスケジュールを考えているのだから
世話はない。



さらに今回も、
お馴染みの三千院で
「福銭」を買い求めた。
ふと財布を開いてみたら、
なんと八枚もある。
いい加減、財布が重くて形が崩れそうだし、
新しく入れるスペースなどどこにもない。





それでも、
あのありがたそうな
引き出しを前にすると、
抗えずにまた一枚、買い足してしまう。
これでは一体
何のために福を溜め込んでいるのか
分からないが、まあいい。



​いずれにせよ、
京都という街は、
私にとって二番目か三番目の
故郷のような顔をして待ち受けている。
相変わらず
バスの存在は
ビクビクさせられ通しだけれど。




それでも、
烏丸通の空気を吸えば、
心の中でそっと呟くのだ。



「ただいま」

そして、
新幹線のホームへ向かう頃には、
もう心の中で次の約束をしている。

「またすぐに、帰ってきます」と。



  




ー京都駅の551で、交渉した母ー





















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