見出し画像

私にとっての本当の安心はどこにある?お金ではなさそう

お金がある=安心?

春の日差しでありたいライフコーチのなほです。

剥がれては還り、ころん、と生きる。
私は愛だから、いつでも私に愛を注ぐよ。私は私の手をずっと離さない。

お金がどの位あれば安心ですか?

向こう1年くらい暮らせる貯金。
とりあえず今月の支払いが出来る。
老後まで考えたお金。

今、お金の色があんまりないなぁ、と思っている私は、お金に安心をあまり見ていない、と気づきました。

安定収入を重視する考え方にふれて、そこにこだわりのない自分を見つけた。私はお金よりも人とのつながりに安心を見ている。


安定収入がほしい?

毎月お給料が振り込まれるという生活から離れて2年近く経っている。
だから、あまりもう安定的に収入があることにこだわりがない。

貯金の数字は減っているけれど、安定収入がほしいの感覚がないな、と思った。

お金はほしい、というか稼ぎたいと思う。
コーチング料としても頂いているし。

けれど、「安定」した収入がほしいの感覚があまりないに気づいた。
それは、「安定した収入がほしい」という考え方にふれたから、分かったことでした。

一定額、ライフコストをまかまえる金額ということになるのだろうけど、安定した収入がなくても過去の私のおかげで今生活できているから。

それが大きいのは間違いない。
一応の安心は満たされている。

数字が減っていくことに定期的に不安にはなるけれど、だから安定した収入を得たいとはなっていない。

そこに安心を見ていない。

「定期的な収入があることと、私の幸せは相関しない」にだいぶ早めに気づいたので、それが影響しているのかもしれない。

人とのつながりに安心を見ている

私は、人とのつながりに安心を見ている、と思った。

お金じゃなくて、人と関われること、相互に言葉を交わせて、存在を交わせることに安心を見ている。

心の安全基地だ、と思っている人との関わりを手放す、失う、変化する、みたいなことが起きているタイミングに立たされているというか、選んだのか、流れなのか、で起きている。

だから、余計に意識されているのはあるけれど、私にとって安心は、お金ではなく、人にある。

私の中にもある

安心は、私の中にもある。
休める場所で、ちょうどいい感じの場所。

人ではない、ぬいぐるみにも私は安心をもらっていて、ただ置くこともできるnoteも安心の場所。

自分で作ることもできる。
安全基地がなくなるなぁって感じていたから、新しく作るをした。

内側の安心を育てることも大事だけど、やっぱりまだ外側にも安心がほしいんだ。

まとめ

お金があることそのもので、経済的な安心は得られる。
けれど、それって本当の安心ではないのかもしれない、と思った。

ひとり暮らしをして、組織で働くをしていないから、人との関わりがそんなに多い方ではない。
だから、より人とのつながりに光が当たるのかもしれないけれど、お金よりも人に安心を見ていて、もらっているのが、今の私だと思いました。

何に一番安心を感じますか?

良ければ、コメントで教えてもらえたら嬉しいです。

今日もここまで読んでくださり、ありがとうございます。

この場所に、その日の気づきを静かに置いています。

また、書きにきます。

If you're reading this in English, I'd love to know where you're reading from.

もし、この文章を読んで少し話してみたいな、と感じたらはじめての対話のご案内を、こちらにそっと置いています。

軽くおしゃべりするような時間で大丈夫です。
安心して話せる場を作っています。

よかったらこちらのnoteもどうぞ

▽2024年の幸せについての学び

▽幸せと収入の有無は無関係な2025年夏の私



いいなと思ったら応援しよう!

なほ|照らし、照らされるライフコーチ あなたと私の間に愛が循環していきますように。いただいたチップは、私が健やかに生きられるようにチョコ次郎を買うために使わせて頂きます。