死神は、余命一週間の人しか救えない 改編版
プロローグ
あなたの余命は、あと七日です
「あなたの余命は、あと七日です」
病室は、不思議なくらい静かだった。
心電図の電子音だけが、少女に残された時間を刻んでいる。
窓の外では桜が舞っていた。
十七歳の春。
朝倉美琴に告げられたのは、新しい一年の始まりではなく。
人生の終わりだった。
「……そうですか」
美琴は笑った。
医師が顔を上げる。
「先生」
「はい」
「七日もあるんですね」
医師は答えられなかった。
美琴は頭を下げた。
「ありがとうございました」
医師が病室を出る。
扉が閉まった。
そして。
笑顔が消えた。
「……短いなあ」
震える声。
膝の上で握った手も震えていた。
「まだ、やりたいことあったのに」
その声を聞いた人間はいなかった。
だが。
人間ではないものが、一人だけいた。
「……任務対象を確認」
美琴が振り向く。
黒い外套。
黒髪。
銀色の瞳。
青年は胸元から黒い手帳を取り出した。
《対象者:朝倉美琴》
《年齢:十七歳》
《余命:七日》
青年は息を吐く。
「これが……初任務」
死神になって百年。
新人死神レイに、ようやく与えられた仕事。
余命七日の人間を見届けること。
そして。
必要であれば。
救済すること。
ただし。
教官は最後に一言だけ告げていた。
『救済には、必ず代償がある』
レイはベッドの少女を見る。
「……あなたは、生きたいですか」
返事があるはずはない。
死神は生者には見えない。
声も届かない。
それが世界の理だった。
だから。
「その質問、ずるいですよ」
レイは固まった。
美琴が。
こちらを見ていた。
「……僕が見えるのか?」
「見えます」
「声も?」
「聞こえています」
「……あり得ない」
美琴は首をかしげる。
「死神って、もっと怖い人かと思ってました」
「なぜ僕が死神だと分かる?」
「黒い服」
「それだけ?」
「銀色の目」
「……」
「あと、すごく死神っぽい顔」
「どんな顔だ」
美琴が笑った。
その笑顔に。
さっきまでの涙の痕跡はなかった。
「怖くないのか?」
レイが聞く。
美琴は少し黙った。
「怖いですよ」
そして。
窓の外を見る。
「本当は、生きたいです」
レイの胸が。
小さく痛んだ。
「卒業したいし」
「友達とも遊びたいし」
「もう一度、海も見たい」
「でも」
美琴は笑った。
「泣いたら七日が八日になるわけじゃないですから」
その瞬間。
黒い手帳が激しく震えた。
ページが勝手に開く。
《警告》
《対象者は通常の人間ではありません》
《直ちに救済任務を中止してください》
レイの表情が変わる。
「何だ、これは……」
さらに。
本来なら必ず存在する項目。
《死因》
そこだけが。
空白だった。
「そんな……」
死神手帳に。
死因のない人間など存在しない。
そして。
病室の時計が止まった。
秒針も。
心電図の表示も。
世界そのものが。
一瞬だけ息を止める。
その静寂の中。
美琴が言った。
「やっと会えましたね」
「……何?」
初対面のはずの少女は。
どこか懐かしいものを見るように。
レイを見つめていた。
「あなたは」
一拍。
「私を救いに来たんじゃない」
美琴は。
微笑んだ。
「私が、あなたを救うために待っていたの」
第1章
初仕事の相手は、死神が見える少女だった
「君は何者なんだ」
「朝倉美琴です」
「それは知っている」
「十七歳です」
「それも知っている」
「高校二年生」
「手帳に書いてある」
美琴が頬を膨らませる。
「じゃあ聞かなくてもいいじゃないですか」
「そういう意味じゃない!」
死神になって百年。
初任務開始から十分。
レイはすでに疲れていた。
美琴は笑う。
「レイさんって、思っていたより普通ですね」
「なぜ僕の名前を知ってる」
「手帳に書いてありました」
「いつ見た!?」
「さっき」
「死神手帳を覗くな!」
「死神にも個人情報ってあるんですね」
「ある!」
美琴がまた笑う。
レイはため息をついた。
不思議だった。
余命七日。
死因不明。
死神を認識できる。
異常だらけの少女なのに。
話していると。
ただの十七歳にしか見えない。
その時。
病室の扉が開いた。
「美琴!」
母親だった。
赤く腫れた目。
手には果物。
「ごめんね、遅くなって」
「おかえり、お母さん」
美琴は笑った。
さっきより。
ずっと明るく。
だからこそ。
レイには分かった。
作った笑顔だ。
母親を。
安心させるための。
「今日は何食べたい?」
「リンゴ」
「分かった。剥くね」
「うさぎにして」
「十七歳で?」
「十七歳だから」
「はいはい」
二人が笑う。
レイは。
そこにいられなくなった。
◇
夜。
病院の屋上。
「迷っているのか」
背後から声。
教官クロウ。
「教官」
「対象者を救う気だな」
レイは答えない。
それが。
答えだった。
「覚えておけ」
クロウは言う。
「死神は命を選ぶ存在ではない」
「見届ける存在だ」
「でも」
レイは拳を握った。
「救える命なら」
「救ってはいけない」
「なぜですか」
クロウの目が。
ほんの少しだけ揺れた。
「昔」
風が吹く。
「私も同じことを考えた」
レイが顔を上げる。
だが。
クロウは背を向けた。
「救済は奇跡ではない」
「呪いだ」
その夜。
黒い手帳に。
新しい文字が現れた。
《救済対象確認》
《対象者:朝倉美琴》
《救済を実行した場合の代償》
そして。
そこで。
文字が止まった。
「……何を隠してる」
答えはない。
病室。
美琴は一人。
月を見ていた。
「あと六日」
誰にも聞こえない声。
そして。
小さく。
「今度は」
胸元を握る。
「間に合うかな」
第2章
「助けてはいけない」
翌日。
「今日も来たんですね」
「仕事だ」
「昨日も聞きました」
美琴は文庫本を閉じた。
「何読んでる?」
「推理小説です」
「犯人は?」
「知りたいですか?」
「ああ」
「最後まで読んでください」
「教えてくれないのか」
「人生も同じです」
美琴は笑った。
そして。
その笑顔が。
少しだけ曇った。
「私は」
本を撫でる。
「最後まで読めないけど」
レイは何も言えなかった。
美琴はすぐに話題を変えた。
「レイさん」
「何?」
「私、海に行きたかったんです」
「海?」
「小さい頃に一度だけ」
「青くて」
「広くて」
「もう一度見たいなって」
世界を救いたいでも。
奇跡を起こしたいでもない。
海を。
見たい。
それだけ。
「……行けばいい」
言ってから。
気づく。
美琴が困ったように笑った。
「退院できたら、ですね」
「……悪い」
「死神なのに忘れたんですか?」
「死神だからって万能じゃない」
「新人ですもんね」
「新人を強調するな」
「じゃあ見習い?」
「百年やってる!」
「百年新人」
「言い方!」
美琴が笑う。
レイも。
つられて笑った。
その瞬間。
思ってしまった。
明日も。
この笑顔を見たい。
七日後も。
その先も。
◇
夜。
黒い手帳が開いた。
《救済条件を開示します》
《死神は、自らの寿命を代償として差し出す》
レイの指が止まる。
《代償は、救った命の時間と等価》
もし。
美琴があと五十年生きるなら。
自分の寿命を。
五十年。
失う。
だから。
クロウは言った。
救うな、と。
「……五十年でも」
レイは呟いた。
美琴の笑顔が浮かぶ。
「百年でも」
給水塔の影。
赤い瞳が。
静かにレイを見ていた。
第3章
その一歩を踏み出した瞬間、運命は壊れ始めた
余命。
あと五日。
そして。
救済可能時間。
残り十二時間。
「レイさん」
夕暮れの病室。
美琴が言った。
「私、一つ嘘をついてました」
「何?」
「死ぬの」
笑おうとして。
失敗する。
「すごく怖いです」
レイは黙った。
「お母さんの前では笑おうって決めてた」
「友達にも心配かけたくなくて」
「でも」
毛布を握る。
「生きたい」
涙。
「海も見たい」
「来年の桜も見たい」
「大学にも行きたい」
「恋も」
少し恥ずかしそうに。
「してみたかった」
そして。
泣きながら笑った。
「普通の人生を、生きたかった」
レイは。
黒い手帳を開いた。
《救済を実行しますか?》
《YES》
《NO》
「レイさん?」
指を伸ばす。
その時。
「その手を離せ」
病室が凍った。
黒い霧。
赤い瞳。
監察官ヴァイス。
「その選択は禁止されている」
「彼女は生きたいと言った!」
「だから何だ」
「それだけで十分です!」
ヴァイスの赤い瞳が細くなる。
「なら聞こう」
「お前の寿命を何十年失っても?」
「世界の運命が歪んでも?」
「お前の知らない誰かが代わりに死んでも?」
レイは。
答えられなかった。
それでも。
美琴を見る。
眠っている。
泣いた痕を残したまま。
「……それでも」
指。
《YES》
「僕は」
押した。
「この子を救う」
光。
美琴を包む。
同時に。
レイの胸を。
激痛が貫いた。
「ぐっ……!」
命が。
抜けていく。
それでも。
手を離さない。
「お願いだ」
美琴の指が動く。
「生きてくれ」
瞳。
開く。
美琴は。
涙を流しながら。
笑った。
「ありがとう」
鐘。
世界中に響いた。
空が黒く染まる。
赤い光。
ヴァイスが空を見る。
「……遅かったか」
「何が?」
「世界が」
赤い瞳がレイを見る。
「お前を敵と認識した」
手帳。
最後のページ。
《死神レイ》
《処分対象に指定》
美琴を救った。
それなのに。
レイは。
すべてを失い始めていた。
第4章
少女が最後まで隠していた、たった一つの秘密
「……終わった」
レイは膝をついた。
寿命が。
身体から抜け落ちていく。
でも。
美琴は生きている。
頬に。
色が戻っている。
「よかった」
心から。
そう思った。
「レイさん」
美琴が起き上がる。
「何?」
「……来た」
「誰が?」
答えはなかった。
廊下。
人間には見えない黒い影が。
次々と集まっていた。
死神。
十人。
その先頭。
ヴァイス。
「回収対象を確認」
部下が聞く。
「少女ですか?」
「違う」
ヴァイス。
「我々が回収するのは」
一拍。
「鍵だ」
◇
黒い手帳から。
《朝倉美琴》
という名前が消えた。
代わりに。
《観測対象》
「何だ、これ……」
美琴が笑った。
「やっぱり」
レイが振り返る。
「知っていたのか?」
「少しだけ」
美琴は点滴を外した。
「小さい頃から、同じ夢を見るんです」
「黒い塔」
「赤い月」
そして。
レイを見る。
「泣いている死神」
「……」
「いつも」
「あなたがいた」
「そんなはずない」
「昨日が初対面だ」
「夢のあなたは」
美琴の笑顔が消えた。
「ずっと泣いていました」
「誰も救えなかったって」
その瞬間。
病室の扉が吹き飛んだ。
死神たち。
ヴァイス。
「朝倉美琴」
鎌を構える。
「いや」
「《零の巫女》」
美琴が。
目を閉じた。
「……やっぱり」
「知ってるのか?」
「知らない」
「でも」
胸へ手を当てる。
「ずっと夢の中で呼ばれてた」
ヴァイスが鎌を上げる。
「鍵を回収する」
レイは美琴の前へ。
「触らせない」
「最終通告だ」
「退け」
「断る」
十人の死神。
一斉に。
動く。
その時。
美琴が。
レイの袖を掴んだ。
「お願い」
震えている。
「もう」
「誰も傷ついてほしくない」
蒼。
光。
病室を包む。
死神たちが止まった。
美琴の瞳が。
茶色から。
蒼へ。
「レイさん」
声は。
美琴なのに。
どこか。
遠い。
「私」
涙。
「全部、思い出しました」
第5章
救ったはずの命が、誰かの死を連れてきた
「何を思い出した?」
「夢」
美琴が答える。
「夢じゃなかった」
「記憶だったんです」
「何の?」
「何度も」
蒼い瞳がレイを見る。
「あなたに会った記憶」
「あり得ない」
「何度も助けようとしてくれた」
「何度も失敗した」
そして。
「そのたびに」
美琴の声が震えた。
「世界は最初からやり直された」
黒い手帳。
激しく震える。
焼け落ちた街。
崩れた時計塔。
血の空。
そして。
その中心。
膝をつく。
レイ。
『ごめん』
『また救えなかった』
「やめろ……!」
頭。
痛い。
美琴が。
レイの肩へ触れる。
痛みが消えた。
「思い出さなくていい」
「でも」
「今のあなたは」
微笑む。
「今のレイさんだから」
◇
同じ頃。
死神管理局。
巨大な時計が狂い始めた。
「報告!」
「本来寿命を迎えるはずだった人間が生存しています!」
「何人だ」
「三十二名!」
一人を救った。
そのはずだった。
なのに。
世界中で。
命の流れが狂い始めている。
《世界補正、開始》
病院。
悲鳴。
レイが廊下へ飛び出す。
少年が倒れていた。
《対象者:木崎 蒼》
《余命:二分四十三秒》
「数分前まで元気だったのに……」
美琴が。
後ろで立ち尽くす。
「私が」
「違う!」
「私が生きたから」
「違う!」
強く否定した。
でも。
レイにも。
確信はなかった。
世界は。
美琴の代わりに。
別の命を。
奪おうとしている。
「レイさん」
美琴が。
静かに言った。
「もし」
「私が生きることで」
「誰かが死ぬなら」
笑う。
あの。
最初の病室と。
同じ笑顔。
「その時は」
「私を止めてください」
レイは。
即答した。
「嫌だ」
「レイさん」
「そんな未来にしない」
「君も」
少年も。
「両方助ける」
美琴は。
少しだけ。
泣きそうな顔で。
笑った。
「欲張りですね」
「ああ」
「死神なのに?」
「死神だからだ」
そして。
背後。
黒い羽根。
「だから」
ヴァイスの声。
「お前は愚かだ」
十数人の死神。
最高評議会。
ついに。
世界そのものが。
レイを裁きに来た。
第6章
新人死神に下された、あまりにも残酷な判決
「死神レイ」
最高評議会。
三人の老人。
「前へ」
身体が。
勝手に動く。
膝。
床へ。
「罪状を読み上げる」
第一。
無断救済。
第二。
世界均衡維持法違反。
第三。
観測対象への接触。
第四。
「運命改変罪」
病院が揺れた。
「もし」
レイが顔を上げる。
「誰かを救うことが罪なら」
老人たちを見る。
「その掟は間違っています」
ざわめき。
「お前は」
老人が問う。
「世界より一人を選ぶのか」
「選びます」
「百万の命より?」
レイは。
一瞬。
美琴を見る。
そして。
言った。
「目の前で泣いている一人を見捨てることでしか守れない世界なら」
「僕は」
「そんな世界を守れません」
美琴が。
息を呑む。
「判決」
老人が告げる。
「死神資格永久剥奪」
レイの胸。
紋章が砕ける。
「存在記録抹消」
激痛。
「全死神に対し」
黒い光が。
身体から抜ける。
「処分対象として認定」
「レイ!」
美琴が叫ぶ。
見えない壁。
叩く。
老人。
最後の選択。
「《零の巫女》を引き渡せ」
「そうすれば」
「お前一人の処分で済む」
「拒否すれば」
美琴を見る。
「少女も消滅させる」
レイ。
立ち上がる。
力。
ほとんど。
残っていない。
それでも。
美琴の前へ。
「答えは?」
ヴァイスが。
静かに聞く。
その目は。
答えを知っている。
レイは。
笑った。
「断ります」
老人。
手を上げる。
「執行」
鎌。
十数本。
その瞬間。
美琴。
蒼い光。
世界へ。
天へ。
赤い月を。
染める。
老人たち。
初めて。
恐怖。
空から。
声。
『ようやく』
古く。
懐かしい声。
『目覚めたか』
手帳。
最後の白紙。
《第一の封印、解除》
レイが救ったのは。
一人の少女ではなかった。
千年間。
世界が隠してきた。
真実だった。
第7章
“余命一週間”ではなかった少女
「千年前」
最高評議会の老人が言った。
「世界は一度、滅びかけた」
死と生。
その均衡が崩れた。
命という概念そのものが。
消えようとした。
「それを止めたのが」
美琴を見る。
「《零の巫女》」
「美琴は人間だ!」
レイが叫ぶ。
「笑う」
「泣く」
「怖がる」
「海へ行きたいって言った」
「普通の女の子だ!」
老人は。
静かに頷いた。
「そう願って生きてきた」
「それは事実だ」
「だが」
「それだけではない」
《零の巫女》。
世界の均衡を保つ器。
命の流れを繋ぐ。
最後の楔。
「じゃあ」
レイの声が震える。
「なぜ病気に?」
「病気ではない」
老人が答えた。
「器が」
「限界を迎えた」
レイの身体から。
力が抜ける。
美琴は。
病気で死ぬんじゃない。
世界を。
支え続けたから。
命が尽きようとしていた。
「余命七日というのは」
「彼女自身の寿命ではない」
老人。
「世界を支えられる残り時間だ」
美琴が。
目を開いた。
「……私」
「ずっと眠っていたんですね」
レイは近づく。
「戻ってこい」
「君は美琴だ」
「それだけでいい」
美琴。
涙。
「ありがとう」
「最後まで」
「私を《零の巫女》じゃなく」
「美琴として見てくれた」
レイは手を伸ばす。
あと少し。
その時。
空が。
裂けた。
黒い霧。
巨大な影。
骨の翼。
闇の瞳。
ヴァイスが。
初めて。
レイの隣へ。
「《虚無の喰らい手》」
「ヴァイス?」
「勘違いするな」
鎌。
構える。
「お前を許したわけじゃない」
そして。
ほんの少し。
口元。
「ただ」
「世界がなくなれば処分もできん」
「そこ?」
「そこだ」
美琴が。
こんな時なのに。
小さく笑った。
しかし。
《虚無の喰らい手》を見た瞬間。
その笑顔が消える。
「思い出した」
「私が」
「封印したもの」
そして。
レイを見る。
「違う」
「封印したのは」
一拍。
「あなたです」
「僕が?」
「千年前」
美琴。
「あなたは死神じゃなかった」
断片。
炎。
崩れる大地。
蒼い光。
少女。
『また会えるよ』
レイは。
頭を押さえる。
「思い出せない……」
美琴が言った。
「大丈夫」
「全部思い出さなくていい」
「昔のあなたじゃない」
微笑む。
「今のレイさんが」
「私は好きです」
時間が。
止まった。
「……え?」
美琴。
固まる。
「あ」
顔。
真っ赤。
「今のなしです」
「いや」
「なし!」
「聞いた」
「忘れてください!」
「無理だろ!」
ヴァイス。
「後にしろ」
二人。
同時。
「はい」
《虚無の喰らい手》。
咆哮。
世界を揺らす。
最後の戦いが。
始まった。
第8章
命の天秤は、誰のために存在するのか
死神たちの結界が。
一撃で砕けた。
「散開!」
ヴァイス。
死神たち。
一斉攻撃。
鎌。
黒い閃光。
しかし。
傷一つ。
つかない。
逆に。
死神が吹き飛ばされる。
ヴァイスの腕。
血。
「死神も血が出るんですね」
レイ。
「感想はそれか」
「いや、ちょっと意外で」
「生き残ったら説教だ」
「死神資格剥奪されてますけど」
「なら人間として説教する」
「理不尽!」
その時。
美琴が。
前へ。
「もうやめて」
蒼い光。
《虚無の喰らい手》。
動きを止める。
そして。
鳴いた。
悲しそうに。
「……敵じゃない?」
レイ。
美琴。
首を振る。
「この子は」
「ずっと」
「一人だった」
評議会。
「近づくな!」
美琴は。
止まらない。
「美琴!」
振り返る。
涙。
「信じて」
レイは。
足を止めた。
守ることと。
相手の選択を奪うことは。
違う。
「……分かった」
美琴。
怪物へ。
触れる。
白い光。
記憶。
蒼い花畑。
幼い少女。
青年。
『約束だよ』
『もし私が世界を支えることになっても』
『私を一人にしないで』
青年。
笑う。
『約束する』
『君一人には背負わせない』
レイの頬。
涙。
「……思い出した」
その時。
美琴の身体が。
透け始めた。
「美琴?」
「封印を解くには」
美琴が。
困ったように笑う。
「代わりが必要なの」
「何を言ってる」
「次は」
「私が世界を支える」
「駄目だ!」
「レイさん」
「そんな結末は認めない!」
「だから」
美琴。
手を伸ばす。
「あなたに会いたかった」
手。
重なる。
温かい。
「レイさんなら」
「きっと」
涙。
「この運命も変えてくれるって」
そして。
最後に。
美琴は。
あの日とは逆の言葉を。
言った。
「お願い」
「今度こそ」
「私を」
微笑む。
「助けて」
身体。
蒼い光へ。
「美琴!」
夜空へ。
消えていく。
レイの手には。
何も。
残らなかった。
黒い手帳。
開く。
《最終救済権限、承認》
《世界を救いますか》
《一人を救いますか》
レイは。
その二つを。
見つめた。
そして。
手帳を。
閉じた。
最終章
最後に救われたのは、人間ではなく死神だった
「違う」
老人が。
眉を寄せる。
「何が違う」
「質問が」
レイは言った。
「間違ってる」
世界か。
一人か。
そんな二つしかないから。
千年間。
誰かが。
犠牲になった。
《零の巫女》が。
世界を支え続けた。
美琴も。
自分が犠牲になればいいと。
思った。
「でも」
レイは。
空を見る。
「そんなものは救済じゃない」
「ただ」
「犠牲になる人を変えてるだけだ」
「ならば」
老人。
「どうする」
レイ。
笑った。
「仕組みを変えます」
黒い手帳。
光。
《新たな選択を確認》
《観測不能》
《運命を書き換えますか》
「書き換える」
世界が。
白く染まった。
◇
蒼い花畑。
美琴が。
立っていた。
「遅かったですね」
「美琴!」
駆け寄る。
「ここは?」
「命と命の間」
「難しいな」
「レイさん、こういう話苦手ですもんね」
「死神だったんだけど」
「新人ですから」
「まだ言う!?」
二人。
笑う。
美琴が。
蒼い花を。
一本。
差し出した。
「覚えていますか?」
「千年前」
触れる。
記憶。
少女。
泣いている。
『怖い』
青年。
その手を握る。
『大丈夫』
『君一人には背負わせない』
『世界は』
一拍。
『みんなで支えるものだから』
レイの目から。
涙。
「……思い出した」
「遅いです」
「ごめん」
「千年待ちました」
「本当にごめん」
美琴。
笑った。
「でも」
「もう一度」
「見つけてくれた」
それで。
十分。
レイは。
初めて。
気づいた。
美琴を救おうとして。
自分は。
ずっと。
救われていた。
命を。
見送るだけだった死神。
感情を持つなと言われ。
終わりだけを。
見てきた。
そんな自分に。
一人の少女が。
教えた。
生きるとは。
終わらないことではない。
誰かと。
明日を願うこと。
「帰ろう」
レイ。
手。
差し出す。
「どこへ?」
「海」
美琴。
目。
見開く。
「まだ」
「約束」
「果たしてないだろ」
美琴は。
泣きながら。
笑った。
「はい」
手を。
握る。
世界が。
光に包まれた。
◇
時間。
再び。
動く。
壊れた病院。
元へ。
傷ついた死神。
回復。
《虚無の喰らい手》。
空へ。
静かに溶ける。
そして。
世界中の。
死神手帳。
文字。
変わる。
《命は等価ではない》
《命は、つながっている》
《救済の代償》
その項目が。
消えた。
ヴァイス。
空を見上げる。
「そういうことか」
「知ってたんですか?」
レイ。
「薄々は」
「教えてくださいよ!」
「自分で気づかなければ意味がない」
「クロウ教官みたいなこと言わないでください!」
ヴァイス。
少し笑う。
「我々は」
「命を数で測りすぎた」
一人救えば。
一人失う。
そう思っていた。
でも。
「命は」
ヴァイス。
「奪い合うものではなく」
一拍。
「支え合うものだった」
最高評議会。
誰も。
言い返さなかった。
千年間続いた。
掟。
その日。
終わった。
◇
数か月後。
春。
病院。
桜並木。
「退院、おめでとう」
レイが。
花束。
差し出す。
美琴。
受け取る。
「ありがとうございます」
「……似合わないですね」
「何が?」
「花束」
「返せ」
「嫌です」
笑う。
頬。
健康な赤。
もう。
作った笑顔じゃない。
「レイさん」
「何?」
「約束」
「ああ」
「覚えてます?」
「忘れるわけないだろ」
「千年前の約束は忘れてましたけど」
「それを言うな!」
美琴が。
声を上げて笑う。
「海」
「行こう」
二人。
並んで。
歩き始める。
黒い外套。
ない。
鎌。
ない。
死神手帳も。
ない。
レイは。
もう。
死神ではなかった。
ただ。
一人の青年。
その隣。
余命七日だった少女。
二人とも。
明日へ。
歩いていた。
エピローグ
また、七日後に会いましょう
「……きれい」
美琴が。
呟いた。
青い海。
白い波。
春の潮風。
あの日。
病室で。
海が見たいと言った少女が。
今。
その海の前にいる。
裸足。
砂浜。
波が来る。
「冷たっ!」
美琴が飛び退く。
レイが笑う。
「海なんだから濡れるだろ」
「知ってます!」
「じゃあ何で驚いた」
「思ったより冷たかったんです!」
「百年新人って言った仕返しか」
「根に持ってる!」
美琴が笑う。
レイも笑った。
しばらく。
ただ。
見ていた。
「レイさん」
「何?」
「さっきから」
「私ばっかり見てません?」
「……海を見てる」
「私、海側にいますけど」
「偶然」
「怪しい」
「死神を疑うな」
「もう死神じゃないでしょう?」
「……そうだった」
二人。
また笑う。
美琴の笑顔。
病室で。
母親を安心させるために作っていた笑顔とは。
違う。
生きていることを。
心から。
喜んでいる。
「レイさん」
「ん?」
「ありがとうございます」
「急だな」
美琴は。
海を見たまま。
言った。
「私」
「ずっと」
「生きるのが怖かったんです」
「死ぬのが?」
「違います」
波。
寄せる。
「終わりがあるのに」
「生きる意味ってあるのかなって」
「でも」
レイを見る。
「今は違う」
夕日。
美琴の横顔。
照らす。
「終わるから」
「今日が大事なんですね」
レイ。
笑う。
「それを教えてくれたのは」
「君だよ」
「私?」
「ああ」
「僕はずっと」
海を見る。
「命の終わりしか見てなかった」
死神。
百年。
何人もの。
最後。
見送った。
でも。
美琴は。
その先。
教えてくれた。
「生きる時間を」
美琴は。
何も言わず。
頷いた。
その時。
「お兄ちゃん!」
少年。
走ってくる。
「写真撮ってください!」
「いいよ」
スマートフォン。
受け取る。
家族。
四人。
並ぶ。
レイ。
画面を見る。
その時。
少年の後ろ。
黒い外套。
一人の死神。
レイと。
目が合う。
死神は。
小さく会釈。
少年の頭へ。
そっと。
手を置く。
そして。
消えた。
レイは。
微笑んだ。
もう。
怖くない。
死神は。
命を奪う存在ではない。
命の終わりに。
寄り添う存在。
「撮りますよ」
シャッター。
家族の笑顔。
残る。
「ありがとうございました!」
少年。
走っていく。
美琴。
その後ろ姿を見る。
「世界」
「変わりましたね」
「ああ」
「でも」
レイ。
言う。
「人は変わらない」
泣いて。
笑って。
誰かを好きになって。
そして。
生きていく。
「それでいい」
夕日。
海へ。
沈む。
「また来ましょう」
美琴。
「夏」
「秋も」
「冬も」
「何度でも」
レイ。
「約束だ」
「はい」
小指。
重ねる。
千年前の。
世界を救う約束じゃない。
命を懸ける約束でもない。
ただ。
また。
一緒に景色を見る。
そんな。
普通の約束。
それこそが。
二人が。
千年かけて手に入れた。
一番の奇跡だった。
遠く。
丘。
ヴァイスが。
二人を見ていた。
「らしくない結末だな」
隣。
若い死神。
「監察官」
「新しい救済制度が始まりました」
「そうか」
「もう」
「代償はありません」
ヴァイスは。
空を見る。
「ようやく」
「我々も前へ進める」
踵を返す。
誰かを。
裁くためではなく。
誰かの最期へ。
寄り添うために。
海風。
桜の花びらを。
一枚。
運んできた。
美琴の。
手のひらへ。
「レイさん」
「何?」
「私」
少し。
考える。
そして。
笑った。
「七日後も」
「生きてますよね」
レイは。
笑う。
「たぶん」
「そこは絶対って言ってください!」
「絶対」
「遅いです」
「じゃあ」
レイ。
手を差し出す。
「七日後」
「また会おう」
美琴。
その手を。
握った。
「はい」
そして。
あの日。
余命七日を告げられた少女は。
今度は。
別れではなく。
未来のために。
同じ言葉を口にした。
「また、七日後に会いましょう。」
七日。
それはもう。
彼女に残された命の長さではない。
明日も。
明後日も。
その次の日も。
生きて。
大切な人に。
もう一度会うための。
小さな約束になった。
『死神は、余命一週間の人しか救えない』
死神レイが最後に救ったもの。
それは。
余命七日の少女だけではなかった。
世界だけでもなかった。
命を数字として見送り続けてきた。
一人の死神の心だった。
そして。
二人の物語は。
「あと七日」で終わらない。
ここからは。
何度でも。
次の七日へ。
続いていく。
完
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
『死神は、余命一週間の人しか救えない』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。
この物語が、あなたの心に少しでも残る作品になっていたなら、作者としてこれ以上うれしいことはありません。
私はこれからも、
「読み終えたあと、誰かに勧めたくなる物語」
「最後の一行で、もう一度最初から読み返したくなる物語」
をテーマに、ライトノベルを書き続けていきます。
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