昭和、男もつらかった(番外)軍歴を辿る46 恩師のご尊父(24)
熊本出身の恩師の、戦死されたご尊父の軍歴を探すお手伝いを3カ月ほどかけて行い、先般交付を受けた。想定外のトラブルを含むこれらの経緯はここ「恩師のご尊父」に綴ってきたとおりだ。
最後に、軍歴の交付元の熊本県とご尊父の除籍謄本を発行してくれた(現)K市へお礼のハガキを出し、わたしのお手伝いは終わったと、軽い虚脱状態にあったある日。郵便受けの中に大きめの封筒を発見した。この間受けた健康診断の結果かな、と思いながら取り出したその表書きを見て「あっ」と思った。恩師の筆跡だった。
表書きも差出人部分も、懐かしい筆跡ながら文字のバランスがやや崩れ、筆圧が弱く感じるのはご年齢相応ということだろう。切手に相当する証紙部分にはお住まいの近くの郵便局名、日付は配達の3日前。定形外だからと郵便局まで足を運んでくださったのだろう。近所なら運転なさっていると聞いているが、前の項で触れたように免許を返納されたら、こんな用事も近くに住むお嬢さんたちに頼むことになるのかなぁ、とつい想像を巡らす。
さて。中身が何であるか、はわかっていた。熊本県から交付されたご尊父の軍歴のコピーである。先だってのお電話のとき「(交付された書類は)ちょっとしかないけど、コピーを取って送るよ」と言っていただいたのだ。
封を切るとホチキスで止めた厚手の書類にまず触れた。こっちは、「あれも送る」と言ってくださった、50年ほど前の学園紛争に関する資料のコピーだ。(この紛争については「鹿児島県立高山[こうやま]高校、1974年の紛争」にまとめようとしているが、まだ進んでいない。)生徒側に立った若かりし恩師のコメントも掲載されている。が。
「あれ? 軍歴が入ってないけど?」
と思いながら封筒を逆さにしたところ、2枚のA4用紙をホチキス留めしたものがぱらりと落ちた。
1枚目は、熊本県健康福祉部長寿社会局社会福祉課長名義による送付状。「軍歴事項の照会願に基づき調査したところ、当課保管の軍歴資料に該当がありましたので、写しを送付します」とある(概略)。同封資料は①戦没者原票、②陸軍軍人届とも。
2枚目は両面コピーで、表面がおそらく①の「戦没者原票」、裏面は②の「臨時陸軍軍人(軍屬)屆」(こちらが正式名称)。(軍屬)部分の縦二重線は、元々の提出時に届を集めた陸軍の担当者が引いたのだろう。
「戦没者原票」のほうは(21)に掲載した画像と同じだ。県から送られた書類は1枚ずつで、恩師が2枚を両面コピーされたのだろう。ともかく、軍歴資料はこの2件。
「これだけ?」
というのが正直な感想である。恩師から当初スマホのメッセージで写真を送っていただいたとき、わたしは他にも書類があるのかも、と思っていた。そもそもご尊父は昭和18(1943)年10月に臨時召集され、翌年7月にマリアナ諸島で戦没と、わずか9カ月の「軍歴」なので記載項目が少ないのはやむを得ないとしても……。((25)へ続く)
