庭のスギナ、勝手に光合成しないで欲しいんですけれど。
「やっぱりお部屋にグリーンがあるといいねぇ」
と、
観葉植物に一切興味が無い父を
洗脳すべく言っているわたし。
元々わたしの家にあったものや、
お友達からの株分け、
ホームセンターの園芸コーナーの
すみっこにいた鉢を迎えてきて、
みやち家ジャングル化計画を着々と進めています。
もう観葉植物たちが愛しくってたまりません。
だって、
健気に根を伸ばし、
必死に双葉を出し、
毎日少しずつ成長しているんですもの
その成長にわたしは大騒ぎしながらも、
感動する毎日を過ごしています。
なんだこれ?
優等生か??
約2年前から始まった父との生活。
この生活の先には、
どうしたって「老い」があります。
昨日できたことが、
少しずつできなくなっている現実です。
もちろんそれは、わたしも然り。
斜陽の日々ですが、
そんな毎日のすぐ横で、
観葉植物は、
新しい葉を出し、
根をぐんぐん伸ばします。
大きくなります。
生命のキラメキを目の当たりにしていると、
なんだか家の中も暗くならないのです。
「葉っぱが大きくなってきたよ!
これはわたしたちも元気になれっていうメッセージだわ!」
と、
父に報告する始末。
おかげで、父は、
わたしが出張でいない時に、
水やりをしてくれるようになりました。
好きかどうかは別として、
何か思うところはあるのでしょう。
とまあ、
観葉植物を人生の励みにしているわたしですが、
すべての植物を愛しているわけではありません。
庭には、スギナがいます。
これが曲者で、
一雨降ろうものなら、
ウェイウェイ言いながら領土を拡大するんです。
しかも厄介な地下茎持ち。
むしっても、ほじっても、出てくる。
出てきたら、むしって、ほじって。
この繰り返しです。
今年のわたしは、
『とにかく光合成させない』作戦で、
出てきたスギナの葉っぱを片っ端からむしっています。
家の中では、
「新しい葉っぱ!命のキラメキ!」
庭では、
「新しい葉っぱ、出すんじゃねぇーー!」
残念ながら同一人物なり。
でも、
庭の植物全てが敵ではありません。
ミニトマト、青じそ、ネギ。
こちらには、
毎日大変お世話になっております。
そして今年、
植えた覚えのないカボチャまで生えてきました。
こぼれ種か、
コンポストに残っていたのかは不明。
勝手に生えて、勝手に育っているのは、
スギナと同じなのに…
かぼちゃ「勝手に生えました」
わたし「ラッキー♡」
スギナ「勝手に生えました」
わたし「憎っくきスギナめ、殲滅じゃ!」
かぼちゃはおいしいから仕方がないよね。
それにしてもこの裏表と言ったらない!
観葉植物の生命力には感動!
野菜の生命力には感謝!
かぼちゃの生命力には大きな期待!
なのに、
特にスギナにはめっちゃ腹が立つ…
全部、生きようとするのは同じなのにね。
植物サイドから見たら知ったこっちゃない。
人間が勝手に、
愛でてみたり、
感動してみたり、
育てて食べてみたり、
そして、
邪魔なものに分けているだけ。
そして高校野球を観れば、
公立校が私立の強豪校を相手に頑張っていたりしたもんなら、
「いいね〜〜雑草魂!」
となるわたし。
あれほど雑草を敵視しておきながら、
都合のいいときだけ、
雑草の生命力を称賛しているわ!
庭のスギナが、
真の雑草魂を見せれば、
「マジムカつく!滅!!」
高校球児ならば、
「その粘りだ!負けるな!」
勝手ですね、ホント人間って(わたしか!)。
ひとり盾と矛フェス開催中。
今日もわたしは、
観葉植物の新芽に喜び、
勝手に生えてきたかぼちゃの受粉を心配し、
庭でミニトマトを直接食べます。
そして、
わたしの雑草魂で、
スギナをむしります。
そろそろスギナの雑草魂、捨ててほしいと祈りながら。
そうじゃなきゃ、
我が家、スギナで滅!
悲しみ〜
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