【読書記録】わたしたちが光の速さで進めないなら/キム・チョヨプ
✳︎衣咲(えさき)です


SFというジャンルに対して、どこか「理屈っぽくて難しそう」というイメージを持っている人にこそ、この本を手に取ってみてほしい。 読み終えて心に残ったのは、緻密な科学の知識以上に、人間が誰しも抱えている「優しさ」や「切なさ」だった。
違和感のない、確かな物語の土台
著者のキム・チョヨプさんは生化学の修士号を持っているという。 その経歴が反映されているからか、物語を支える科学的な設定(プロット)が非常にしっかりしていて、読んでいて変な引っかかりがない。
この「筋が通っている」という安心感があるからこそ、私たちは物語の世界へ素直に没入できるのだと思う。確かな地盤があるからこそ、その上で揺れ動く「人の心の一部分」が、より鮮明に、深い実感を伴って伝わってくる。
言葉を超えて伝わるもの
全7編の短編集を貫いているのは、言葉では表現しきれない、あるいは人間同士では伝えきれない「思い」への温かな眼差しだ。
一番好きだったのは「スペクトラム」。 色彩という、言葉とは別の形(スペクトラム)を通して心を通わせる。その美しくも静かな交流は、コミュニケーションの可能性を信じさせてくれるようだった。
また、自分と重なる部分があって、その重みをずっしりと感じたのが「管内紛失」だ。 母と娘。整理しきれない記憶。SFという形を借りてはいるけれど、そこで描かれる感情の揺れは、驚くほど身近で、切実なものとして響いた。
遠く、懐かしい場所へ
私たちは、光の速さで進むことはできない。 けれど、物理的な限界や時間の隔たりがあるからこそ、遠く離れた場所や、二度と戻れない過去に思いを馳せる「切なさ」という感情が生まれる。
科学的な背景を持ちながら、どこまでも情緒的。 SFというフィルターを通すことで、日常の喧騒で見失いがちな「人の純粋な優しさ」を丁寧に掬い上げた、滋味深い一冊だった。
打ち棄てられた宇宙ステーションで、その老人はなぜ家族の星へ行く船を待ち続けているのか…「わたしたちが光の速さで進めないなら」。望まぬ出産を控えたジミンは、記憶を保管する図書館で、疎遠のまま亡くなった母の想いを確かめようとするが…「館内紛失」。新世代作家のデビュー作にしてベストセラー。生きるとは?愛するとは?-優しく、どこか懐かしい、心の片隅に残り続ける短篇7作。
積読中の本
#一九八四年 〔新訳版〕
#ジョージ・オーウェル
2021年共通テストでも出題! 30万部突破の新訳版
“ビッグ・ブラザー"率いる党が支配する全体主義的近未来。ウィンストン・スミスは真理省記録局に勤務する党員で、歴史の改竄が仕事だった。彼は、完璧な屈従を強いる体制に以前より不満を抱いていた。ある時、奔放な美女ジュリアと恋に落ちたことを契機に、彼は伝説的な裏切り者が組織したと噂される反政府地下活動に惹かれるようになるが…。二十世紀世界文学の最高傑作が新訳版で登場。解説/トマス・ピンチョン。
最近購入した本
最新の義手が道路と繫がった男の話(「一筋に伸びる二車線のハイウェイ」)、世代間宇宙船の中で受け継がれる記憶と歴史と音楽(「風はさまよう」)、クジラを運転して旅をするという奇妙な仕事の終わりに待つ予想外の結末(「イッカク」)、並行世界のサラ・ピンスカーたちが集まるサラコンで起きた殺人事件をサラ・ピンスカーのひとりが解決するSFミステリ(「そして(Nマイナス1)人しかいなくなった」)など。
奇想の海に呑まれ、たゆたい、息を継ぎ、泳ぎ続ける。その果てに待つものは――。静かな筆致で描かれる、不思議で愛おしいフィリップ・K・ディック賞を受賞した異色短篇集。
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