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「政党を超えた政党」との闘い

 前回の記事では、小選挙区制の選挙では野党は与党に迎合してはならないことを述べ、「対峙せよ、さもなくば滅びよ」と締めくくりました。

 ぼくは現在の与党に批判的ですから、もちろん野党には与党に対して厳しく臨むことを期待します。しかし「対峙せよ、さもなくば滅びよ」と書いたのは、個人としての希望ではなく選挙制度の要求です。はじめにもう一度このことについて触れさせてください。

 第一に、小選挙区制は一人ずつしか勝者がでない特殊な選挙制度です。いわばそれは唯一の生き残りをかけた生存競争のごときものであり、出馬する以上は他を落とすことが最終目的にあるわけです。

 第二に、小選挙区制では当落線を挟む二候補について、一方のプラスと他のマイナスが対応するようになっています。たとえばA、Bの二候補が競っているとき、Aが批判をおこなってBの勢いを削ぐならば、競っている相手を突き放したぶんAは優位に立つことができるでしょう。

 第三に、小選挙区で投票する有権者は、「あの候補を当選させたい」という引力と、「この候補を落選させたい」という斥力のあいだで投票先を考えます。そして投票用紙に一方の名を書くとき、その票は一方を当選に導くとともに、他を落選に導く効力を帯びます。

 このような制度である以上、選挙戦においても自分や自分が所属する党をアピールするのは闘いの半面でしかなく、もう半面では相手や相手の属する党と対峙して、批判することが必要になるわけです。

 こうしたことがいえるのは小選挙区制のためであり、選挙制度が異なれば以上の話は変化します。たとえば第一の生存競争という点は、同時に複数人が当選できる比例代表についてはあたりません。

 一方のプラスが他方のマイナスに対応するという第二の点も比例代表では異なります。比例の選挙でA党がB党に批判を加え、B党の票を削ったとしましょう。ここで比例では、A党の議席は有効票全体とのかねあいで分配されるので、B党から削れた票が他のどの政党に流れても、A党そのものに来ない限りはA党に利得はありません。ですから比例では批判対象の票を削ることにはそれ自体として意味がなく、批判するときもそれを足掛かりにして「だから我々はこうする」と自らの党をアピールし、支持拡大に繋げることではじめて効果を生むわけです。

 第三の点についても、比例で投票する有権者は「その党の議席を増やしたい」と考えているわけであり、「特定の党を落としたい」と考えて票を入れるのではありません。このように小選挙区制が本質的に引力と斥力の闘いとなるのに対し、比例は引力の闘いとなります。そして衆院の議席の大勢が前者で決まる以上、政権交代を目指すのであれば対峙することは避けては通れません。

 先の衆院選では、与党が小選挙区で引力と斥力の両方を駆使して闘っていた一方、最大野党の中道は合流した支持層をまとめることに手一杯となり、相手への批判が不足していました。それには比例にまわったことで純粋な引力の闘いをすればよかった公明出身の候補者と、小選挙区で引力と斥力の闘いをしなければならなかった立憲出身の候補者のあいだに温度差があったことにも原因があるのかもしれません。

 中道は結果的に負けたけれども政権交代を目指したことはよかったと言う人がいますが、ゲームの勝ち方を勘違いして勝手に退場しただけです。しかし選挙の総括において中道はいまだに「過度な政権批判は奏功しにくく、逆効果となっていた可能性が高い」というようなことを述べており、正しい理解が共有されているようにはみられません。そこで、先の記事では対峙しなければならないということを敗北のデータとともに示したつもりでした。

 けれども、それにはなお若干の欠落があります。小選挙区制が唯一の勝者をめぐる生存競争であるといっても、「批判するのではなく、むしろ自民に近づいていくことで、与党に成り代わることができるのではないか」とか、「掲げる政策を自民に寄せれば保守票が取れるのではないか」といった根強い思惑が野党の中にはあるからです。

 今回は、その思惑には一点の誤解があり、まさにその誤解こそが野党を敗北に導いてきたことを書くことにしましょう。



 みちしるべでは様々なデータの検討を通じて、今の社会はどのように見えるのか、何をすれば変わるのかといったことを模索していきます。今後も様々な成果をお見せできるように頑張っていくので、応援してもらえたらうれしいです。


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