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MVP ARCHIVE HISTORICAL GALLERY | Leonardo da Vinci : Armored Vehicle c.1480s / 装甲戦闘車

Armored Vehicle c.1480s / 装甲戦闘車

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装甲戦闘車

レオナルド・ダ・ヴィンチ が15世紀末に構想した、装甲で兵員を保護しながら敵陣へ進入するための戦闘車両。
円形の車体を巨大な円錐状の装甲で覆い、その周囲に多数の火器を配置するという、極めて特徴的な姿を持つ。

現代ではしばしば「 戦車の原型 」と紹介される。
しかし、現在の戦車をそのまま15世紀へ持ち込んだものではない。
そこにあったのは、「 兵士を守りながら、火力そのものを敵陣へ移動させることはできないか 」という発想だった。

戦場を移動する「盾」

15世紀後半、ヨーロッパの戦場では火薬兵器が急速に存在感を増していた。
大砲や小型火器の発達によって、戦争における攻撃力は大きく変化しつつあったが、火器を扱う兵士自身は、依然として敵の攻撃にさらされる。

ダ・ヴィンチ装甲戦闘車 は、この問題を機械によって解決しようとした構想の一つだった。
兵員と火器を装甲の内部へ収容、その装甲全体を移動させる。
盾を持って進むのではなく、巨大な盾そのものを乗り物にする。

円錐形の装甲

装甲戦闘車 で最も目を引くのが、亀の甲羅にも似た巨大な円錐形の車体る。
傾斜した外殻によって内部の兵員を保護し、その下部には移動用の車輪を配置する。

そして車体の周囲には複数の火器が並ぶ。
一方向だけではなく、周囲へ攻撃できる構想だった。
内部には兵員が入り、火器の操作と車両の移動を行う。
外から見ると、兵士の姿はほとんど見えない。
戦場を進んでくるのは、人間ではなく一つの巨大な武装機械になる。

動力は人間

もちろん、この時代に内燃機関は存在しない。
ダ・ヴィンチ が想定した動力は人力だった。
内部の兵員がクランクなどを操作、力を歯車機構を介して車輪へ伝える。

単なる「 装甲を付けた荷車 」ではなく、人間の運動 → 機械機構 → 車輪の回転 → 車体の移動 という動力伝達まで考えようとしている。

ただし、残された図面には歯車の組み合わせに問題があり、そのままでは車輪が正常に同方向へ駆動しないと指摘されている。
意図的な設計上の細工だったという説も語られてきたが、それを確定できる史料はない。

実際に戦えたのか

図面通りの 装甲戦闘車 が実戦で使用された記録はない。
そして当時の技術で実物を製作した場合、多くの問題が予想される。
大きな装甲構造と火器を搭載すれば、車体は非常に重くなる。

その重量を人力だけで移動させるのは難しい。
平坦な場所ならともかく、泥、坂、穴、石などが存在する実際の戦場では、さらに移動能力が低下する。

内部では多数の火器を使用するため、煙、熱、騒音、換気などの問題も生、構想として成立することと、実戦兵器として成立することの間には大きな距離があった。

「戦車」より前にあった発想

それでも、この 装甲戦闘車 が興味深いのは、後世の戦車といくつかの基本的な考え方を共有していることにある。
兵員を装甲で保護する、火力を車体へ搭載する、その火力を移動可能にする、これらを一つの機械へ統合しようとしている。

近代的な戦車が実際に戦場へ登場するのは、ダ・ヴィンチ の時代から400年以上後、第一次世界大戦 のことである。
もちろん両者の間に直接的な技術継承があったという意味ではない。
重要なのは、人間が戦場で直面する問題から、似た機能を持つ機械という解答へ到達していることである。

Historical Gallery

ダ・ヴィンチ装甲戦闘車 は、実用化された戦車ではない。
それは15世紀の材料、火器、人力、機械技術を組み合わせて、「 兵士を守りながら、火力を敵の中へ運ぶ 」という問題に形を与えた設計だった。

巨大な円錐形の装甲、周囲へ向けられた火器、内部で機械を動かす兵員。
その姿には、画家として知られる レオナルド・ダ・ヴィンチ とは別の顔
戦場そのものを、機械と構造の問題として見ていた技術者の視線 が残されている。

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